始まりの涙
夕暮れのキャンパス。
誰もいないベンチに千紗がぽつんと座っていた。
「……また、失敗した」
彼女の手には、小さなペンダントが握られている。
それはループ世界を構築する鍵——もともとは神が使うべき力だった。
でも、彼女は人間だった。
それでも、手にしてしまったのだ。
セイタを……みんなを救うために。
「千紗」
俺はゆっくりと近づき、隣に腰を下ろす。
「……また、セイタに気づかれた?」
「うん。でも今回はちょっと違う。俺、少しずつだけど思い出してる気がする」
千紗の肩が、わずかに震えた。
彼女は涙を堪えるように俯いて、唇を噛んでいる。
「セイタが……思い出すと……全部、終わっちゃうかもしれない」
「終わっていいよ、千紗。俺はこのまま、何度も同じ一週間を繰り返すのは嫌だ」
「でも……私がこの世界を作ったのは、セイタが苦しんでたからだよ? 真央も、莉子も、沙耶も……誰も救われてなかった」
その言葉に、俺の胸が締め付けられる。
「知ってたんだな。全部」
千紗は静かに頷いた。
彼女だけが、すべてのルートを見ていた。
俺が真央を救い、莉子を救い、沙耶を救ったことを。
そして、その裏で誰かが傷ついていったことを。
「セイタが誰かを選ぶたびに、選ばれなかった子が泣いてた。だから……私、もうそんなの見たくなかった」
「千紗……」
「みんな、救ってほしかった。だから、全部なかったことにして、やり直す世界を作った。でも……でも……っ」
千紗の頬を、涙が伝った。
「私が一番……救われたかったんだと思う。誰にも選ばれなかった私は、自分で世界を作るしかなかった……!」
叫びのような声だった。
千紗の、ずっと押し殺していた想いが、ようやく言葉になった。
「千紗。俺は、お前を選ぶことができなかった。でも——」
「ううん、それは違うよ、セイタ。選ばなかったんじゃない。私が、選ばれる世界を作らなかったんだ」
夕焼けの空の下、千紗の横顔はあまりにも悲しく、そして美しかった。
——物語の核心が、ゆっくりと明かされていく。




