神様の孤独
「それじゃ、また明日ね〜!」
キャンパスの通路。
講義終わりの学生たちが楽しげに笑い合い、帰路につく。
その喧騒のなかで、ひとりぽつんと取り残されたような影があった。
千紗――銀の髪に透き通るような肌。
どこかこの世のものではないような、浮世離れした空気をまとう少女。
彼女は目を閉じ、風にそよぐ桜の花びらに手を伸ばす。
(……綺麗だな。でも、どうしてこんなにも、寂しいんだろう)
彼女は“神様”だった。
少なくとも、自分ではそう認識していた。
過去に何度も、人の願いを叶えてきた。
ただし、それは“本当に叶えた”のではない。
ほんの少しだけ、可能性を変えただけだ。
人はそれを“奇跡”と呼んだ。
千紗は、ひとつの願いに心を奪われていた。
――セイタの願いだ。
「誰かひとりを選ぶことなんてできない。
誰かを選ぶってことは、誰かを捨てるってことだ。
そんなの、俺には無理だ」
あのときのセイタの言葉。
苦悩をにじませながら、誰かを救う道を模索しようとする、その姿。
(……優しい人。……ずるい人。……でも、だからこそ)
千紗は、彼のために世界を“ループ”させた。
彼が選ばなかった未来を、やり直せるように。
彼がどんなに道を間違えても、何度でも“選び直せるように”。
けれど――
(それは、わたしの願いでもあった)
人間の時間は有限だ。
恋も、青春も、後悔も、やがて終わる。
だけど千紗は、終わらない時間の中で、それを何度も見てきた。
セイタが真央を選ぶたび、
莉子が涙をこらえて笑う。
莉子と手を繋げば、沙耶が夜の校舎で一人立ち尽くす。
そんな世界を、何度も。何度も。
それを“観測”するだけの存在として、彼女は見続けてきた。
でも、気づいてしまった。
(わたし、見てるだけじゃもう、耐えられない)
彼が選ばないたびに、胸が痛む。
誰かの涙だけじゃない。
彼自身が、自分を責めて、誰かを救えなかったと苦しむその姿。
(セイタ……どうして、君はそんなに、優しいの)
本当は、自分も選ばれたかった。
でも、神様である自分は、選ばれる資格がない。
そのことに、気づきたくなかった。
「……だから、わたしがループを終わらせる」
そう、決意したのだった。
でも――
(セイタが、わたしを“選ぼうとした”あの瞬間だけは、信じていいよね)
孤独な神様が、ひとりの青年を信じようとした瞬間。
それが、千紗の世界に“色”を与えた、最初の物語だった。




