初めての喧嘩
「……で、さ。莉子がさ、俺にチョコくれたんだよ」
「あっそ」
その日、屋上に吹く風は冷たかったけど、真央の視線のほうが冷たかった。
「いや、義理だって。ほら、全員に配ってたやつ」
「別に怒ってないけど?」
「え、怒ってるだろ。顔めちゃくちゃ怒ってるじゃん」
「怒ってないって言ってるじゃん!」
「いや、その言い方がもう怒ってるんだって……」
俺が苦笑しながら返すと、真央はバンッと弁当箱のふたを閉じた。
「もういい。食欲なくなった。あげる」
「お、おい! それはさすがに……」
「……あたしがどんな気持ちで作ってきたと思ってんの?」
「ちょ、待て、真央。マジで誤解だって! 莉子のは“全員に配る”やつだし、俺は本命なんて――」
「“俺は”って、誰目線で喋ってるのよ!」
真央の目に、うっすらと涙がにじんでいた。
(ああ……やっちまった)
「ごめん、真央……。俺、無神経だったな」
「ううん、私こそ……八つ当たりみたいなことして。
セイタが誰と話そうが自由なのに……私、独占欲強すぎるよね」
「強くていいよ。むしろ、そういうとこが……可愛いし、嬉しい」
「……やめて。そういうこと言われたら……許しちゃうじゃん」
真央はふっと微笑んだ。
でも、その笑顔の中に、ちゃんと“反省してるよ”って気持ちが見えた。
「私さ、あんたと一緒にいられることが夢みたいで……
ちょっとでも崩れるんじゃないかって、不安で不安で」
「俺もだよ。真央が俺を見てくれること、奇跡みたいなもんだから。
でも、俺はもう逃げない。ちゃんと真央を見て、ちゃんと気持ちに応える」
「……なら、弁当食べてくれる?」
「もちろん」
「おいしくなかったら、覚悟してね」
「大丈夫。真央の作ったものは、何でも世界一うまいから」
その日の弁当は、少し冷めてたけど――
一口食べたら、胸があったかくなる味がした。
それが、俺たちにとっての“初めての喧嘩”だった。
だけどそれは、ふたりの関係が“ちゃんと始まった”証でもあった。




