紗耶の隣にいる資格
「遅かったですね。……いえ、来てくれて嬉しいです」
優しい笑みを浮かべて迎えてくれたのは、
同じ学部でゼミも一緒の【紗耶】。
真央と分かれたあと、ダッシュで向かった中庭。
そこには、あの日と変わらない桜と、
変わらないようで何度も泣いてきた彼女がいた。
「これ、資料のコピーです。遅れないように、ちゃんと用意しておきました」
「ありがとう。助かるよ、紗耶」
「……ほんと、何回言われても慣れませんね、その言い方」
そう言いながらも、口元はほころんでる。
──紗耶は、優等生で努力家で、
誰にでも丁寧で気配りができる“完璧な子”に見える。
でも、俺は知っている。
彼女が“誰にも頼れないまま、自分をすり減らしてきた”ことを。
だからこそ、言わなきゃいけない。
「紗耶ってさ──俺の前では、もっと頼っていいんだぜ?」
「……え?」
「完璧でいようとしなくていい。失敗したら俺が支えるし、泣きたくなったら俺の前で泣いていい」
「だって俺は──紗耶の隣にいたいって、思ってるから」
しばらく沈黙が流れる。
そして。
「……それって、反則です」
紗耶は、膝の上に乗せていた手をぎゅっと握った。
そして小さく、でもしっかりとつぶやいた。
「先輩が、そうやって優しいから……
また、好きになってしまうじゃないですか……」
言葉の終わりは風に溶けたけど、
その目は確かに潤んでいて、
俺の胸に何かを静かに刻んでいった。
「じゃあ、もう少しだけ……隣にいさせてください」
もちろん、と俺は頷いた。
この席は、紗耶のために空けてあるって決めたんだ。