41話 あんたの嫁
◆
サラシを解いたら、呼吸がラクになった。
ドレスなんて何年ぶりに着ただろう。真っ黒のドレスだ。だけど肌に張り巡らされていく黄金の文様がまるでアクセサリーのようで気分が高揚する。
――あぁ、これが本当のわたしの姿なんだ……!
四肢を魔力の楔で縛られていようとも、今までの窮屈な姿より百倍はマシ。
だってもう少しわたしの魔力が満ちれば、こんな楔を解くことも簡単なのだから。
「僕が陛下の意思を継ぐと宣言したら、皆が喜んでいましたよ」
そんなわたしを見上げて、ヨハン=フォン=マイヤーが歓喜する。
わたしと直接視線を合わせるとは、なんて不敬な男だろう。
「驚きました。おまえから僕のもとへ帰ってくるとは」
ただ、少しだけ我慢してやる。
『わたし』が本当の姿を手に入れられたのは、この男のおかげなのだから。
この男がずっと地下に用意していた魔法陣。
『わたし』がノア姫を守るための条件として提示されたのが、この魔法陣に身を捧げること。
そして、悪魔になること。
あぁ、なんて気持ちいいのだろう。
こわばっていた緊張がすべてほぐれていく。
身も心も軽くなって、今なら空も飛べそうだ。
だからこそ、想像してしまう。
恍惚とわたしを撫でてくる男の首を刎ねたら、どんなに気持ちいいだろう。
「美しいですよ、僕のエーデルガルド」
あぁ、想像するだけでゾクゾクする。
このメガネが割れて、いけ好かない澄ました顔が絶望に歪む。
自分こそが正義だと信じて疑わなかった声が、恐怖で言葉なき悲鳴をあげるのだ。
「やはりおまえはドレスがよく似合う……初めから間違っていたのですよ。こんな華奢なおまえが皇帝になるなんて……」
人間の身体など、しょせんは魔力の器にすぎないのかと実感する。
その身に、いかに濃厚で、芳醇な魔力を溜めているか――それが人間の価値だったのだろう。
その点『わたし』の身体は最高だった。
こんなにも甘く、香しい魔力をいっぱい秘めていたのだから。
「初めから、貴女は僕のモノなんだ」
だから、『わたし』はわたしのモノ。
この『エーデルガルド』という少女は、すべてわたしのモノだ!
「それなのに、なぜ父たちはエーデルガルドを皇帝にしたんだ。代わりがいないとか、知ったことか。おまえは僕のモノだ! おまえは僕の花嫁で、おまえは僕が皇帝になるための布石! 僕こそが皇帝になるに相応しい男なんだ! それなのに、無能な父やアイク団長たちのせいで長い遠回りをしてしまった。だが父や団長は死に、おまえの幼馴染も追放した。できればニーチェ皇子も他国に飛ばしたかったが……まあいい。あんなガキなど、あとからどうとでもなる」
そして長い自己陶酔ののち、男が不躾にわたしの両頬に手を添える。
「さあ、永遠の愛を誓おう――エーデルガルド」
いい加減、羽虫の囀る音も耳障りだ。
さぁ、そろそろ我慢をやめよう。
わたしが振り上げた魔力を下ろし、近づく醜い顔を両断しようとしたときだった。
「これで、僕は正真正銘の王に――」
「させないよ、ばーーーーーーかっ!」
男のメガネが落ち、三回転半してから倒れる。
伸びた顔が、ひどく間抜けでつまらなかった。
わたしがゆっくりと視線をあげると、そこにひとりの少女が仁王立つ。
銀色の長い髪を掻き上げ、その片手には少女が持つには似つかわしくない大剣を肩に担ぐ。軍服ながらも女らしさを忘れない、そんな勝気な少女。
そんな彼女の名を『わたし』は知っている。
『わたし』のせいか。それとも、少女の持つ独特な魔力のせいか。
彼女が何かを話しているが、耳に入らなかった。
それなのに、わたしは彼女から目が離せない。
「そなたは……一体、何者だ……?」
すると、少女が薔薇色の目を細める。
「私はノア=シャルル。あんたの嫁になりにきた女だよ」
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