33話 ペットと飼い主②
ポチの詠唱に大きく飛び退きながら、わたしは前方に張った防護壁で跳ね返そうとする。
だが、手応えがない。手首を返すポチの挙動に違和感を覚えれば、背後にバチバチとした衝撃が生じた。嵌めていた腕輪が一つ、ぼとりと落ちて朽ちる。
それは、わたしが個人的に作った魔法道具だ。まだ実験段階だが、一度だけ使用者の意思に関わらず、命の危険が生じたときに防護壁が発動するように設計したもの。
どうやら、針に繋がった糸を通じて、魔力で針の挙動を操作、威力の底上げをするのが彼女の魔法らしい。その威力は、わたしが致命するほど。
愛玩動物とは思えぬ攻撃に、わたしは失笑を隠せない。
「ごめんね。立場上、防犯具を常に身につけているんだ。外すのを忘れていたよ」
「イイヨ。そのぐらいじゃないと殺りがいないから」
とっても優しいけど、「キャハ」と針を舌なめずりしながら言わないでほしい。
本当に怖い。
「すべて外すから待て」
だけど、それはそれ。こうして決闘のかたちをとっている以上、正々堂々としないと観衆が満足しない。それでは、わざわざこんなことしている意味がない。
だから身につけていた魔法道具を外して、近くの兵士に渡していたときだった。
「オマエ、自分を殺そうとした相手をペットとして飼えるか?」
その質問は、今のわたしの胸に刺さる。
だって、ずっと信じていた側役に、わたしは裏切られようとしているのだ。
本当に彼がわたしの敵に回るかは、わたしの立ち回り次第なのだろうが……。
チラリと客席のヨハンを見やれば、彼はつまらなそうに肩を落としている。魔法道具の存在を明かさず、そのまま倒してしまえとでも言いたいのか。
ポチはわたしの返事を待たず、ひとり話し始める。
「ポチは昔、ノア姫を殺そうとしたことがある。戦争のせいで、ポチの両親や兄弟も死んじゃって、故郷も燃えて、村のみんなも、全部戦争が悪いって、だから仕方ないって泣いてた……」
戦争孤児――その存在は、ずっと見て見ぬふりをされてきたもの。
たとえば父親を徴兵され、母親を殺され、残された幼子がどうやって生きていくのか。
心優しい親戚や、身寄りのなくなった子を代わりに育ててくれる大人が、都合よく見つかるわけがない。
皆、苦しいのだから。
たとえ誰かが一人で泣き叫ぶ子どもを無視しようと、誰が責められるだろう。
それでも、観客は一向に戦わないわたしたちに野次を飛ばし始める。
しかしポチは、ただわたしに向かって叫んでいた。
「でも、仕方ないはずないじゃん! 戦争なんてするヤツが悪いんだから! ポチたちが我慢する必要なんてないじゃん!」
そう――戦争を始めるのは貴族、権力者だ。
それ以外は。みんな被害者。
皇帝や王族なんて一番の権力者は、恨まれて当然の存在なのだろう。
「だから、ポチは近くに遠征に来ていたお姫様に復讐しようとした。休憩中の屯所に忍び込んで、食事中のノア姫に一矢報いようとした」
さらりと流されるが、特に訓練も受けていない少女が屯所に忍び込めただけで、元から才能が高さが窺える。
同時に、ポチがわざわざこんな話をしてくる意味も。
「今ならわかる。誰であろうと、姫を殺そうとしたヤツなんか直刑だ。裁判なんかにかけられるまでもなく、その場で首を落とされる。当時はそんな時代だった」
防犯具のすべてを渡し終え、わたしは兵士を下がらせる。
わたしが手だけで静まるように合図をしても、観客たちの野次は完全には止まらない。それが、わたしの今の皇帝としての立場。
「でもノア姫は、アタシを足蹴にしながら、食べかけのパンを落としたんだ――『私はじゃれてきた野良犬に餌をあげていただけだけど?』って」




