23話 男装皇帝の涙①
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「ポチ~、今日も散々な一日だったねぇ……」
「わん……」
その日の夜も、私はポチにマッサージしてもらっていた。
ニーチェ皇子の相手で、やっぱり腰が痛くなってしまったのだ。
半日相手しただけでも、これなのだ。世の母親というのはきっともっと大変なのだろう。
でも、私が憂鬱なのはそれだけではない。
セベク=ヘイムダルが国外追放を言い渡されてしまった。
そのときの彼の絶望した顔が、脳裏から離れない。
「私は気にしてない……ってだけじゃ、ダメなのかなぁ?」
「わん……」
「だって、自国のメイドの腕が吹っ飛んで倒れてたんだよ? セべクが勘違いしても仕方ないよね。私は敗戦国の姫だもの。恨みつらみを晴らすためにって……私を疑うのが普通だと思うんだ。むしろ、頑なに私を大事にしてくれる皇帝が奇特なんだよ」
私の言葉に、ポチはとうとう「わん」も返してくれなくなった。
さっきから、まるで「はいはい」とおざなりだったポチの「わん」。
私は軽く振り向きながら、少しむくれてみせる。
「なんかポチは、どうでもいい感じ?」
まぁ、ポチとしては、元敵国で数回顔を合わせただけの男のことなんか、どうでもいいのだろう。しかも、ポチは彼に捕まりそうになったくらいだし。いい感情を抱いているほうがおかしいのかもしれない。
「でも私、けっこうあいつ気に入っていたんだよね。猪突猛進な感じで、お国のために一生懸命なんだなって……」
ああいう単純なバカはきらいではない。というか、好きなほうだ。
一番たちが悪いやつは、仲間のふりして背中から刺してくるようなやつだから。そんな卑怯な真似を、彼は絶対しないタイプだと確信していた。
だからこれからもケンカをしながら、慣れない国で楽しくやっていけるかと思ったのに。
「皇帝も、あいつのこと友達って言ってたんだよね……」
国外追放を言い渡したとき、彼女はどんな気持ちだったのだろう。
あのときは、毅然と『皇帝』の顔をしていた少女。その心のうちをはかることは、まだ短い付き合いの私がしていいことではないのかもしれないけれど。
私がため息を吐こうとしたとき、気がついた。
いつのまにか、ポチの手が止まっている。
「ポチ?」
すると、ポチが私の手を引いてきた。どこか連れて行きたい場所があるらしい。
手を引かれるまま部屋を出ると、見知らぬ部屋の前にたどり着く。
「おかあ……さん……」
耳を澄ませば、中から少女のすすり泣く声が聞こえた。
「ここ……もしかしてエーデルガルドの……」
確認する前に、ポチは私に鍵を渡してから、背を向けてスタスタと歩いてしまっている。
えっ、連れてくるだけ?
しかも、鍵。どこで拾ってきたの?
この部屋の鍵? まさか盗んできていないよね?
ポチがあくびをしている。眠いんだ? なら仕方ないね?
「仕方ないのかなぁ?」
こんな気まぐれも、ペットのかわいいところ。
気を取り直して、私が扉をノックする。
すると中から、思いのほか低い声が返ってきた。
「用件はあとにしてくれ」
「だが断ーる!」
当然だが、扉には鍵がかかっている。ポチからもらった鍵を挿せば、案の定すんなりと開いた。私は問答無用で扉を開く。
すると、ベッドの上の塊がぬすっと動いた。
「ノア姫。わたしは入るなと言ったはずだ……」
「いやあ、ポチがこの部屋の鍵を拾ってきちゃったみたいでね?」
部屋がとても暗かった。
私は鍵をくるくると手で弄びながら、ベッドのそばのランプに火を灯す。
ベッドの上の塊は、毛布に包まった男装皇帝だった。毛布の隙間からラベンダー色の瞳だけ覗かせている。
鼻を啜る音がする。
「ポチは……どこで部屋の鍵を……拾ったのでしょうか……」
「さあ? お庭に埋まってたんじゃない?」
「もう少しペットの管理は……きちんと、お願いします……処罰を下すのって、けっこう疲れるんですよ……」
エーデルガルド皇帝の声は、やはり弱々しい。
私はベッドに腰をかけ、彼女の頭があるであろう部分を毛布越しに撫でる。
「今からでも取り消せないの?」




