24話 男装皇帝の涙②
尋ねたのは、もちろんセベク=ヘイムダルの国外追放の件である。
しかもエーデルガルドは明朝には発てと命じていた。
これでは別れを惜しむ暇すらないではないか。
「大事な……幼馴染だったんでしょ?」
「それでも、彼はわたしの妻に剣を向けたんです。本来なら、処刑してもいいくらいの罪です……あなたのご厚意で、これでも甘くしたくらいなんですよ」
「でも、あいつはあいつなりに職務を全うしただけじゃない。決闘でも申し出ない限り……何人の兵でかかってこようと、私の拘束はできないんだから。被害を少なくするには誰かが決闘を申し込むくらいしか――」
「わかってますよっ!」
毛布から跳ね出た彼女は、幼馴染のような声量で。
目からポロポロと涙を零しながら、悲痛に訴えてくる。
「あなたは強い。あなたを無傷で拘束できるのは、この国ではわたしくらいなものです。だから、わたしの到着を待てばよかった。昨日も、今日も……ただ一介の兵がひとりで対処できるような相手ではないのに!」
彼女は気が付かないけれど、私は苦笑するしかない。
無意識に、私よりも自分のほうが強いと言われてしまった。普段なら、思っていても本人の前で口に出すような人物ではないだろう。
それでも、彼女は悔しそうに顔をしかめて、吐き捨てる。
「だけど、セべクはわたしを頼ろうとはしないんです……」
詳しい経緯は知らないけど、無力な姫をわざわざ男装させてまで皇帝に押し上げることはないだろう。それだけのことをしてもおつりが出るほどの『強さ』を、彼女が持ち合わせている。それを知っている者たちがいたからこそ、彼女は皇帝になったのだ。
彼女の言葉から、頼られたいという願望が伝わってくる。
同時に、頼られないことが嬉しかったという感情も伝わってくる。
やはりアニス帝国の皇帝は、ただの十七歳の少女だった。
「わたしの『おにいちゃん』であろうと……わたしを守ろうと……してくれちゃうんです。彼は、とても優しい人だから……」
そして、彼女は決壊する。
「どうしてみんな、わたしの前からいなくなっちゃうの!? おかあさんも、アイクおじさまも、セべクも……なんで、なんでわたしの大切な人たちは……」
アイクおじさまって誰だっけ……たしかセべクが『アイク=ヘイムダルの息子!』と自己紹介していたから、セべクのお父さんかな?
とにかく、わあわあと嗚咽を始めた彼女を、私はそっと抱きしめる。
「今日、お母さんの部屋に行ったよ。きれいな部屋だったね」
「……たまに、ゆっくりしたいときに……使うんです。未練がましいですよね……お母さんが帰ってくるはずもないのに……」
それでも、彼女は途切れ途切れに言葉を返してくれて。
背中をとんとんと叩きながら、私は極力明るい声で会話を続けることしかできない。
「どんなお母さんだったの? やっぱりあんたに似て美人?」
「わたしはどうかわかりませんが……母は、とても美しい人でした。元は旅芸人の踊り子で、父が一目惚れして、妾となって……女ひとりで旅をしていただけあって、なかなかの魔法の使い手だったようです……」
「へぇ、それじゃあ魔法もお母さんから教わった――」
ここで、せっかく落ち着いてきた彼女の肩が震えはじめる。
「でも……お母さん出ていっちゃった……きっとここでの生活が窮屈で、だから、わたしを置いて……」
……あ、そういうオチなのね。
それはこれ以上聞いちゃダメなやつである。正直、苦手なんだよね。人を慰めるとか。なんせ、こちらは血花のノア。『引かないなら、ごちゃごちゃ言ってないで決闘だ!』をひたすら繰り返してきた女である。
だけど、ここで逃げたら、心の中のお兄ちゃんに『人でなし!』と泣かれそうで。
私は即座に話を逸らすことにした。
「そういやさ、皇子を誘拐しようとしたメイドから依頼主とか聞き出せなかったの? どうせ誰かからの命令なんだから、大元を叩けば、セべクの追放も誤魔化せるかも――」
しかし、彼女はさらにとんでもないオチをつけてしまう。
「彼女は……自害しました……」




