旅立ち
そして、レンと〈木の塔〉の四人は、シャナイゼへと帰っていった。
ユーディアも、アリシエウスの城で忙しい日々を送っている。
そしてラスティは、故郷を囲む城壁を見上げていた。頬を撫でる風は、すっかり秋の色を着けていた。気の早い木の葉がひらひらと落ちていく。
背には荷物があった。腰には二本の剣。うち一つは、柄が朱い。
『一人で行くのか』
隣に立つフェンリルが溢す。あれほどアリシエウスで大暴れをした紫紺の狼は、羊の皮でも被っているのかと思ってしまうほどに、大人しく忠実になっていた。今はラスティの腰のあたりまでの体長。まるで大型犬だ。双子によれば、身体の大きさはフェンリル自ら調整しているのだとか。神を喰らう狼は、今もこの世界で存在を維持するために、ラスティの魔力を齧り続けている。
「……ああ」
時間を空けて、ようやくラスティは返事をした。
ユーディアやグラムたちが奔走する間、よもや何処にも所属しておらず時間を持て余していたラスティは、この破壊神の剣をどうするかを考えていた。壊すこともできず、手放すこともできないこれをどうするべきか。仲間たちにも相談をした。
意見を聞き、議論し、ときに頼ってくれとも言われ。
そうして最終的にラスティが下した決断は、〝密かにアリシエウスを離れること〟だった。無論、神剣も一緒に。
剣を巡る争いが再び世界に戦乱を招くというのなら、密かに隠してしまうのが一番だ、と最終的な結論に至ったのだ。何処にあるのか分からなければ、少なくとも国同士の争いにはなるまい。そしていずれ、昔のように、その存在も希薄となって――伝説に過ぎなかったのだと忘れ去られてしまえば良い。
家族には、きちんと旅立ちを告げた。ようやく邸に戻ってきた父は別れを惜しみ、母は文句を言いながら涙ぐんでいた。妹には追い縋られた。振り払うのは、春の旅立ちのときよりもつらかった。
その一方で、あれだけ気にかけてくれた仲間たちには、何も言わなかった。言えばきっと、あれこれ気を回してくれたことだろう。それは嬉しくもあるのだが、彼らには彼らの生活がある。それを壊すようなことはしたくない。
特に、レンは。
重荷を下ろし自由になったあの少年は、きっとどれだけ突き放しても、ラスティに同行しようとしたに違いない。だが、ラスティのこれは果てのない旅だ。終わりもしれない。果たせるかも分からない。
そんなことに付き合うよりも、彼には自身の可能性を拡げていって欲しい。彼には今、最高の教育を得られる伝手があるのだから。だからラスティは、レンがシャナイゼへと旅立つそのときまで、行動するのを待っていた。彼を出し抜くのは、ほぼ不可能だから。
――まあ、まず叱られるだろうが。
だからこそ安心して旅立てるのだ、とは彼らも思うまい。
『難儀なものだな』
ぼそりと狼が呟く。全くだ、とラスティも思う。
大切な故郷だ。ここには家族もいる。友人もいる。使えた主の墓もある。この先どうなるか分からないのだから、できれば自分の手でアリシエウスを守りたかった。かつてのような安穏とした毎日を送りたかった。
けれど、それは叶わない。ここに留まれば、剣を担い破壊の力を担うラスティ自身が災厄と化す。だから、今は出ていく。
「でも、いつかは、きっと」
破壊神の剣の存在が人々の記憶から薄れるか、存在しないものだと広まるか。あるいは、自分がこの剣をどうにかすれば、きっと。
破壊神のいない世界が当たり前になった、その時には。
城門に背を向ける。しばらくこの森ともお別れだ。
『付き合おう。お前の力が尽き果てるまで』
忠実な僕のようにも、自分をただの糧としか見ていないようにも思えることを言う狼に、ラスティは苦笑いを浮かべた。
何であっても、独りではないというのは、心強いものだ。




