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魔物の群れを前にして

新章4話です

 前方で、俺たちの行く手を阻むように現れた、魔物の群れ。

 もはやお馴染みになりつつあるゴーレムの群れが、大地から湧き起こってきた。


 土や岩のゴーレム、そしてそれらを従えるように立つのは、鉄の(アイアン)ゴーレムだ。

 さらに、獣の骨に魔力が宿って暴れ出すスカルビーストの群れが、俺たちを威嚇するように歯軋りしている。

 その後ろには、この辺りで最強格のモンスターであるサーベリオンタイガーまで姿を現していた。サーベルのように鋭く長い二本の牙が、陽光にきらめいている。


 それらモンスターの総数は、ざっと30ほど。

 こちらも30人程度だから、ある意味ちょうどいい。


 俺はエレナとセラムに目配せをして、いつでも戦闘を始められるよう構えながら前に進んだ。

 一方、そんな俺たちと入れ替わるみたいに、後ろに下がってきた者たちが居た。


「モンスターが、あんなにたくさん……」

「サ、サーベリオンタイガーなんて、軍じゃなくちゃ倒せないよ」


 クラスメイトたちが、男女問わずみんな後ずさってきていたのだ。そしてみんな、俺たちの後ろに逃げ込むように身を縮こまらせてしまっていた。

 それに気を良くしたかのように、モンスターの群れがジリジリと俺たちに詰め寄って来ている。

 すかさず俺とネイピアが魔力を強めて牽制するが、あまり怖気づく様子もなく、モンスターの群れは俺たちを取り囲むように展開していた。


 まるで狩りだ――

 あるいはいっそ、軍隊のようにも思えた。


「あらら?」

 とプリメラも困ったように声を漏らす。

「もしかしてと思うのだけど、この中で、モンスターを相手に戦った経験のある人は?」


 その問いに手を上げたのは、4人ほど。

 俺とエレナとセラムと、ネイピア。


 そしてそれ以外に、手を上げているのか上げていないのか良く判らない微妙なポーズをしているのが、数名だけ。

 彼らが言うには、

「い、家の畑を荒らしていた、獣型のモンスターを追い払ったことなら……主に父が」

「昔、故郷の村の結界を突き破ってきたモンスターと戦ったことはあるけど……倒せはしませんでした」

 といった感じで、いかにも自身なさげだった。


 するとネイピアが溜息交じりに、

「街の中に居れば安全。魔法を使う機会なんて、人間同士の序列を決めるときだけ。それこそ軍人にでもならなければ、モンスターと戦う必要すらない世の中だものね」

「なるほど。平和ではあるんだな」


 俺は素直に言ったつもりだけれど、思わず少し皮肉っぽくなっていた。

 対モンスターでは安全だとしても、肝心の、人間同士の戦いが酷いのだから。

 むしろ、モンスターのような共通の敵を相手にした戦いに明け暮れていた方が、人間同士は仲良くなれるのかもしれない、なんてことまで考えてしまう。


「そもそもの話――」

 と、ネイピアは少し怪訝そうに眉根をひそめながら、

「こういった街から離れた野外実習は、二回生に入ってから本格的に始めるのが通例なのよ。だけど、今年は皇帝の指示によって、基礎も教え終わっていないような一回生を駆り出している」

「……やっぱり、魔王復活の影響か」

「でしょうね。今後は学徒出陣なんてこともあり得るかもしれないわ」


 皇帝が何のために指示を出して、これから何をしようとしているのか、注視しておく必要がありそうだ。場合によっては、ネイピアを介して口出ししたり、あるいは制止するようなこともあり得るかもしれない。

 ともあれ、ここでいきなりクラスメイトのみんなが戦わずに逃げるのは、よろしくない。

 俺としては、この程度のモンスターを相手にして、クラスメイトのみんなまで保護しながら戦わないといけなくなるのは、途轍もなく厄介だ。

 それに何より……。


「みんな、逃げる必要なんてないぞ――」

 俺はクラスメイトたちを振り返りながら――特に女子生徒たちに目配せをしながら、

「俺の教えた通りに魔法を使えば、あの程度のモンスターに負けるわけがないんだからな」


「え? ……あ」

 女子生徒たちが、何かに気付いたように声を上げていた。その表情からは、さっきまでの怯えが薄まっていて、むしろどこか嬉しそうに頬を緩めている者まで居た。

 俺は最後の一押しとして声を掛ける。


「まぁ、危なくなったら俺たちが護ってみせるから、まずは思い切り、自分たちの力を試してみたくないか?」

 そう呼び掛けると、クラスメイトたちは互いに見つめ合ってから、意を決したように大きく頷いた。

「やってみます! やってみたいです!」

「確かに、友達相手だと手加減してたこともあるし、ここで本気を出してみたい」


 そんな前向きな意見もあれば、

「何言ってんの、あんたはアレが本気だったんじゃないの?」

「そう言うあなたこそ、演習後に魔力が尽きて気絶したことがあったくせに」

 そんな煽り合いをしながら、「あんたには負けない」「それはこちらのセリフよ」と燃え上がっていたりもした。


 理由はどうあれ、みんな向上心がたくましい。

 魔法の威力は、心の持ちようで増減してしまうことがある。精神的にも怯えが無くなった分、今の彼女たちは安定して良い魔法が使えるようになっているはずだ。

 そんなクラスメイトたちの様子を見て、ネイピアも少し安堵したように微笑んでいた。


「貴方って、いい先生になれそうよね。理論にも詳しくて、モチベーション管理までこなすなんて」

「まぁ、先生になる気は無いんだけどな。でもそう言ってもらえると、教えている甲斐があるってもんだ」


 思わず照れて頭を掻いていると、プリメラも話に入ってきた。

「私も、ジードさんにはいろいろと教えていただきましたよー。深夜の秘密の特訓でも、実技を交えて、とても良くしていただきましたし」

「……深夜の、秘密の特訓?」

 ネイピアの視線が鋭く刺してくる。

 俺は慌てて弁明した。

「ち、違うぞ! あれは、ネイピアが想像しているようなものじゃなくてだな……」

「私が、何を想像していると思ったの? 私はただ、どんな魔法理論が語られたのか気になっているだけなのに」

「……え? あ、いや」

 サッと血の気が引いた。

「ねぇ。私が、どんなことを想像していると思ったのかしら?」

 ネイピアが、笑顔で聞いてくる。

 でも目は笑っていないし、声は震えているし、何より、ネイピアのフワフワの髪の毛がゾワッと逆立つように盛り上がって、そこかしこから『糸』が舞い出していた。


「ち、違うんだ。その……」

 俺は助けを求めるように周囲を見渡した。

 だけど、エレナとセラムまで「そう言えば、最近のジードくんはプリメラちゃんと仲良すぎる気がするよ」とか「私たちとの添い寝よりも、若い女との密会の方が楽しいようで」とか言って嫉妬モード。

 当のプリメラは相変わらずのマイペースぶりで、「それでは私も、いい先生になるために、生徒たちの頑張りを見守ってきますねー」と言って駆けて行ってしまった。


「じゃ、じゃあ俺も、いい先生として生徒たちを見守らないとな!」

 そう爽やかに言って駆けて行こうとした……その首にネイピアの『糸』が絡まってきて、

「後で、じっくり話をしましょうね。どんなことを想像していたのか、事細かに、ね?」

「は、はい!」

 俺は震える声を絞り出しながら、何度も何度も頷いた。

次話の投稿は、明日(10/8)の19時を予定しています

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