エピローグ 999年前の魔王と、666年前の――
2巻の31話・最終話です。
エピローグ
朝。
チラッと開けた目蓋の先が眩しすぎて、俺はふたたび目を閉じた。
目蓋の向こうは赤みを帯びていて、窓から入り込む陽射しが俺の顔に当たっているんだと解る。
顔を覆いながら起きようか……と思っても、手は全く動かない。
がっちりと固められていて、まったく動かない。
エレナと、セラムが、俺を離してくれないんだ。
これにはネイピアの束縛魔法だって及ばないだろう。
少しずつ、眩しさに慣れてきた。
俺は、ゆっくり目蓋を上げていく。
見覚えのある天井。見覚えのある壁。見覚えのある、ふたりの『寝顔』
「んふふ……」
エレナが、口をムニムニ動かしながら笑っていた。
これもう寝たフリする気ないよな。
「……すぅ……すぅ」
セラムが、寝息みたいな音を口で言っていた。
こっちはもう寝たフリですらないでしょ。
そんなふたりの『寝顔』を、俺はゆっくりと眺めていた。
……今日は、夜中に目を覚まさなかった。
だから、ふたりが歌を歌っていたのを聞いてはいない。
だけど、朝になってふたりが俺のことを待ってくれているのを見ると、ふたりの幸せの日課は欠かさずやられているんだろうと思う。
だから、俺も幸せの日課を返すんだ。
エレナと、セラムと、ずっと幸せ同士でいたいから。
俺は、ゆっくりと顔を近づけていって……
ドンドンッ!
「うぉっ⁉」
最悪のタイミングだ。
……本当に、いつものように最悪のタイミングだ。
そんなことを思って、思わず笑いが漏れた。
騒がしい隣人との生活も、新しい日常になっていくんだ。
帝都グランマギアは、今日も穏やかな朝を迎えていた。
街の人は、ここ数日、帝都の地下で何が起こっていたのか知らなかった。
そしてこれからも、知ることはないだろう。
『教導士団長のガルビデが殉死した』と報じられても、一般市民には馴染みがなかった。
『教導士団副団長のプリメラが辞職した』という情報も、同様に。
だからもちろん、プリメラが賢者学園の一教師になったことなんて、一般市民の耳に入るわけもなかった。
一般市民が、危機に気付くことなく、平和に暮らしている。
それは、ある意味で一番平和で、一番幸せなのかもしれない。
999年前の魔王・ゼグドゥは、間違いなく、またこの世界を襲ってくるだろう。
そして俺たちは、今度もまた、絶対に勝たなくちゃいけない。
勝たなくちゃいけないんだ。
俺が、あのときとどめを刺せなかったせいで。
そのせいで、みんなに迷惑をかけるわけにはいかないんだ。
「とどめを刺せなかったのは残念だけど、こちらも、次の機会を狙って勝てるように、対策はしっかりとしておきたいわね」
ネイピアが、決意も新たに引き締めている。
「あぁ……そうだな」
俺は、つい考え込みながら、生返事になってしまっていた。
俺は、ネイピアにも言えない秘密を持っている。
俺は、ゼグドゥにとどめを刺せなかった――それはネイピアも知っていること。。
ネイピアは、ゼグドゥが上手く逃げたからだと思っているようだけど。
実際は、違う。
俺は、彼を殺せなかった。
霊装エレナで容赦なく身体を斬ってから――
正面に回り込んで、霊装セラムで斬り掛かった。
あのとき、俺は、ゼグドゥの首を狙っていた。
首を横薙ぎにして、斬り捨てるつもりでいたんだ。
なのに、それができなかった。
正面に回り込んでしまったせいで――
ゼグドゥと目が合ってしまったせいで――
奴の顔を見てしまったせいで――
あの、俺にそっくりな、男の顔を。
似ている、と思った。
目、鼻、口、すべて俺にそっくりだと思った。
ただ、相手の年齢は30代に見えた。少なくとも10代には見えなかった。
999年前の魔王・ゼグドゥと――
666年前の魔王・ジードと――
それらは、ただ単に別称と境遇が似ているだけなんだと思っていた。
だが、まさか、顔まで似ているなんて思いもしなかった。
あの顔を見たのは、俺と、エレナと、セラムだけ。
だが――
次にゼグドゥが姿を現したとき、俺は、どうしたらいいんだろう。
アイツは、いったい何者なんだ?
……俺は、いったい何者なんだ?
これにて、2巻最終話となります。
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