朝に歌えば
2巻の21話です。
俺はプリメラに、魔法陣をもっと活用できるようになれる理論を説明していく。
「大きな魔法陣のメリットは、何と言っても、魔力の注ぎやすさだ。魔法陣っていうのは、簡単に言えば『魔力の注ぎ口』だ。魔力回路に穴を開けて、そこから魔力を注ぐことで、魔法を使えるようになるわけだから、その注ぎ口がしっかりしていないと、話にならない」
それこそ、昔の俺は、精霊との相性のいい魔力を持っていたことから、人間界の術式で作った魔法陣では耐えきれずに、いつも魔法陣を破裂させてしまっていた。
魔力の量だけでなく、性質も重要なんだ。
ここまでの話でプリメラが頷くのを確認して、話を進める。
「大型魔法陣だからこそやりやすいことがあるんだけど、それは、魔法陣を書き換えることで、一つの魔法陣を大人数で使えるようにすることができるようになるんだ」
「へぇ……ん? あの、『魔法陣を書き換える』って、どういうことです? 魔法陣の形って、基本的には魔法の種類によって固定して決まってるものだと思うんですけど」
「ああ、確かに、魔法の種類によってどんな魔法陣になるかは、基本的に一定の形に決まっている。だけど、単純な構造の魔法陣とか、大きすぎて大雑把になってる魔法陣の模様なんかは、けっこう適当に書き直しても魔法が発動するようになってるんだよ」
と言っても、その書き換えをするには、霊装クラスの魔力が必要になるんだけど。
霊装は、魔力生命体である精霊の、本来の姿だ。
それは言い換えると、霊装という存在自体が、魔法と同じ性質を持っている、ということでもある。どちらも、純粋な魔力と魔力回路のみで構成されている存在なのだ。
それゆえ、霊装の一撃は、魔法の構成そのものにも干渉することができる。
すなわち、魔力回路や魔法そのものを切ったり凍らせたりして、無効化したり、書き換えたりすることもできる。
それと同様に、魔法陣を切ったり張ったりすることもできるのだ。
もっとも、相手が霊装と同等の力を持つような存在だと、さすがに自由に切ったり書き換えたりはできないけれど。
現状の人間界の魔法なら、例外なく書き換えることはできるだろう。もちろん人間界最強の魔法士であるネイピアの魔法でもだ。
「百聞は一見にしかず。せっかくだし、ちょっとやってみるか?」
「わ、いいんですか? お願いします」
言うが早いか、プリメラが飛び跳ねるように闘技場の舞台に上がっていた。まったく、こういうところは従姉妹でそっくりだな。
そんなことを思いながら、後を追うように俺とセラムが舞台に上がった。
体調を様子見中のエレナは、舞台の下で応援だ。
「じゃあ、まずプリメラが巨大魔法陣を展開してみてくれ。魔法は何でもいいから」
「解りましたよー。では」
プリメラが呪文を唱える。
「母なる大地より作り出されしヒトガタよ、我が忠実なる僕となりて、我が意のままに付き従え」
途端、辺り一面の地面が、光の絨毯に覆われていた。
プリメラの展開する『土人形』の魔法陣だ。
「この魔法は、魔法陣の巨大さのわりには、魔法のレベル自体は高くない。だから、魔法陣の模様もけっこうスカスカに見えている」
「確かに」
「そこで、たとえば……」
そう話をしながら、セラムが霊装となった。
「この辺りの魔法陣を、あえて壊してみるとか――」
そう言って、何ヶ所かに霊装セラムの《氷》を撃って、魔法陣の一部の魔力の流れを止めた。
「いま壊したのは、術者以外の魔力が入って来ないようにしているストッパーみたいなものだ。本来なら、このストッパーがあるお陰で、他人からの魔力干渉ができないようになっている。で、今そこを壊したことで、俺やセラムなんかの魔力を注ぎ込むことができるようになってるんだ。こんな感じで」
そう言いながら、俺は自分の魔力と霊装セラムの魔力を魔法陣の中に注ぎ込んだ。
それから、プリメラに『土人形』を生成してもらった。
そこに出てきたのは……。
「おー。なんか、普通の土のゴーレムとアイスゴーレムの子供って感じですね」
とても素直な感想だった。
セラムの《氷》とプリメラの《土》が混ざり合うようなゴーレムが、プリメラの横に立っていた。
大きさは10mもないくらいで、以前プリメラが屋外で作った《土》のゴーレムよりも数段小柄になっている。
だがその分、《土》の部分は濃密に圧縮されている状態になっている。この圧縮を解けば、以前と同様の――いやそれ以上に強大な――土砂の滝のような攻撃をすることもできるはずだ。
……にしても。
正直、こんなに綺麗に魔力が混ざったような結果になるとは思わなかった。
大概は、やっぱり術者自身の魔力の方が強いため、術者の属性が大半を占めるようになったり、形ももっと歪な感じのモノができてしまうはずだった。
だから今回も、最初は失敗するだろうと思って、ちょっと適当に霊装セラムで魔法陣を凍らせてたくらいなんだけど……。
それでも、ここまで親和的な結果になるなんて。
……もしかしたら、プリメラの魔力の性質は、他人との親和性が途轍もなく高いのかもしれないな。
しかも、巨大な魔法陣は改造のしがいがある。
魔法陣をいじって、協力魔法とかやったら面白そうだ。
思わず研究者としての血が騒いで、そんなことを考えていた。
朝早くから魔法の特別授業みたいなことをしてしまったせいか、この日の夜、俺は早めに眠りについていた。
だからだろう。
夜半過ぎになって、俺はゆっくりとした感じで、目を覚ましていた。
夢なのか、現実なのか曖昧なまま、うつろうつろとしている時間。
ふと、歌が聞こえてきた。
外には漏れ聞こえないほどに小さな、だけど元気で、優しい歌。
エレナの歌声だった。
……懐かしいな。
それは、俺たちが精霊界で暮らすようになった最初の頃に、よく聞いていた歌だった。
過酷な精霊界の自然に囲まれて、俺は毎日のようにボロボロになっていて、何度も何度も死の直前にまで陥ったりして……
俺が眠るたび、エレナは「ジードくんが死んじゃわないようにしないと!」って不安になっていろいろやってくれてたんだ。
精霊界の自然を和らげると言われている伝承とかおまじないとか、とにかくいろんなものをやってくれていた。
あれはあれで楽しかった。
次はどんな変な踊りを見せてくれるんだろう、とか。
次はどこに連れてってくれるんだろう、とか。
次は、何を食べさせられてしまうんだろう、とか……。
どれも効果があったとは思えない。
だけど、どれも、俺たちにとってかけがえのない思い出になっていた。
そんな思い出があったからこそ、俺は、精霊界での過酷な生活にも耐えてこられたんだ。
これからずっと、エレナとセラムと一緒に、楽しい思い出を増やしていこうって。
そう思えたから、耐えられたんだ。
そして、この歌だ。
いろいろそういうおまじないとかジンクスとかをやってたときに、エレナが毎晩歌ってくれていたのが、この歌だったんだ。
あれは、そう、始めて、俺が何の怪我もせずに一晩を越えて、朝を迎えられたときに歌ってくれていたんだ。
だからエレナは、この歌をいつも歌ってくれていた。
『この歌を歌っていれば、ジードは無事に朝を迎えられる』
そんな新しいジンクスを、彼女自身が生み出していたんだ。
そして、俺が精霊界の朝を無事に迎える度に、エレナはその幸せに感謝していた。
今日も一日が、幸せで始まりますように。
そんな思いが込められた、歌。
……俺が精霊界での生活に慣れてから、何百年も経ってるのに。
……みんなで人間界に来てからは、むしろエレナたち精霊の方が身体に負担があって大変のはずなのに。
ずっと、こうして、幸せを願ってくれてたんだな。
目頭がジンと熱くなる。頬が勝手に緩みそうになる。だけど、寝たフリをしていないとダメだ。
この幸せな時間が終わってしまう。
この歌をまだ聞いていたい。
するとそこに、セラムの歌声も重なってきた。
昔は、エレナが不安がっていたり迷信に傾倒していることに呆れていた感じだったのに。
もっと合理的に、理論的に、どうすれば俺が精霊界の自然に負けないかを考えてくれていたセラム。
そのお陰があったから、俺は早くに精霊界に慣れることができた。
そんなセラムが、今、エレナと一緒におまじないの歌を歌っている。
彼女も、想いは一緒なんだ。
……ありがとう。
俺は心の中でだけ呟いた。
そのまま、心地良い眠りに落ちていくことにした。
夜半過ぎ。
日付が変わった頃に行われている、ふたりの密かなおまじない。
新しい一日の始まりを告げる歌が、今日も歌われている。
みんな、想いは一緒。
今日もまた、みんな、幸せな朝を迎えられますように。
本日の投稿はこれで終了です。
次話の投稿は、明日(6/13)の、『18:00』を予定しています。




