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《風》のうわさ――『英雄ジード』

2巻第3話です。



 魔法理論の説明を終えて、クラスメイトたちがさっそく実践していく。

 ふと辺りを見渡すと、いつの間にやら、屋外闘技場に備え付けられた観覧席に人が集まっていた。


 賢者学園の制服を着ている人たちは、他学年の生徒だろう。その横には、教官らしい大人たちもいる。

 みんな揃って普段の授業を放り出してまで、ここに来ているようだった。

 さらには、帝国軍人の姿もちらほら見える。


 無数の視線が、俺に集まっている。

 好意的なものもあれば、敵意を隠さないものも。

 学ぼうとしている視線もあれば、一挙手一投足を警戒して監視しているような視線も。


 ふと、そのとき、軍人の中に知ってる顔を見つけた。

 ウーリルとルーエルだ。


 知り合いが来てくれている。それが何だか嬉しくなって、俺は小さく手を振っていた。

 ウーリルは、少し戸惑ったようにしながら小さく振り返してくれた。けれどルーエルは、ベーッと舌を出してから顔を逸らしていた。二人とも、相変わらずの様子でなによりだ。


 ふと、《風》が耳をくすぐってきた。

 ちょっと荒れた《風》に乗って、声が届く。

「ジードくん、今の『後で密会しよう』のサインじゃないよね?」

「なんでそうなる⁉ 断じて違うぞ」

 俺は苦笑しながら、

「なんか、授業中に知り合いを見つけるっていう感覚が新鮮で舞い上がっちゃって、気付いたら手を振ってたんだよ」

「あっ……」

 エレナが何かを察したように、声を詰まらせていた。


 エレナとセラムは顔を見合わせて、そしてセラムが、頷きながら呟いてきた。

「ジードは、これまで孤独で虚しく静かで哀しい学園生活しか送ってこられなかった。そのせいで、ちょっと話しただけの知り合いに会っただけではしゃいでしまうのも仕方ない」

「いやまぁ間違ってはいないけど、言い方がさ……」

 続けてエレナが、

「ごめんねジードくん……」

「なぜ謝る?」

「私、ジードくんの寂しさを過小評価しちゃってたみたい。まだまだ、ちゃんと理解できてなかったんだ」

「いや過小評価とかそういうんじゃないし、そんなものは理解しなくていいし、むしろ謝らないでほしいんだが……」


「大丈夫、解ったよジードくん――」

 何も解ってなさそうにエレナが言った。

「……ちょっとぐらいなら密会しても、いいよ」

「いや密会しないっての!」


 そんなやり取りをしていると、周囲のクラスメイトたちがクスクス笑っていた。

 もはやクラス内では、俺たちがこんなやり取りをしているのもお馴染みになっている。


 ……良くも悪くも、馴染んでるんだよな。

 685歳の俺も、精霊のエレナとセラムも、クラスに馴染めているんだと思う。


 不思議な感覚だ。

 本来なら、絶対に出会うことのなかった時代と、次元の差。

 それが、同じ時代の、同じ人間界の、同じ学園の、同じクラスで、同じ話題で楽しんでいる。

 それは、俺たちが666年前に目指していた、人間と精霊とが仲良くなれる世界の一歩になっているんじゃないか、なんてことも思ったり。


 ……ただ、まぁ、男子生徒との間には、コルニス絡みでいろいろあったから、微妙な距離が開いちゃったままなんだけど。

 それでも、いろんな人たちが俺の魔法理論に興味を持ってくれているし、こうして授業を見に来てくれている。それは凄く嬉しかった。


 666年前の自分からは、想像もできなかったこと。

 ……ホント、人気者になったもんだな。

 皮肉を込めて苦笑する。

 あの一件以降、賢者学園一回生の魔法演習授業は、いつも満員御礼だ。



 オリハルコンゴーレムの襲撃――キルス家666年の怨霊を打ち倒してから、10日が経っていた。


 オリハルコンゴーレムの力によって、ミスリル鉱山の聖山シュテイムは崩壊した。

 住民たちを避難させる暇すらなく、急激に大量の土砂が帝都グランマギアを襲ってきた。そのとき俺たちは、魔法の力を合わせて帝都を浮上させ、土砂を回避することに成功した。

 その結果、帝都の地下は土砂に埋め尽くされてしまったけれど、それでも、街の内部の被害はほとんど無かった。

 ただ、物理的なダメージは防ぐことができたんだが……。


 世界最硬であるはずのミスリル鉱山、そして文字通りの聖山でもあった聖山シュテイムが崩壊してしまったことで、精神的なダメージを受ける人が多かった。

 それに、帝国図書館の地下書庫が埋もれてしまったせいで、本好きのセラムが特にショックを受けてしまっていた。


 ただ、そんな中、

『ジードという異例の新入生と、聖霊大祭の覇者であるネイピアたちが、聖山崩壊という未曽有の危機に対して、ものすごい魔法を使って街を護った』

 みたいな噂が、軍や学園だけでなく一般の住民たちにも広まっていて、俺たちが街を歩いているとお礼を言われたりすることもあった。


 そのお陰もあって、落ち込んでいたセラムも嬉しそうにしていた。彼女は昔から、誰かの役に立つことを嬉しく感じる性格だから。

 ちなみに、この噂は文字通り《風》の噂として、この帝都だけじゃなく世界中に広まっているらしい。


 というのも……

 ネイピアが、得意の《風》魔法を使って積極的に宣伝しているのだ。


「賢者学園に特例で入学したジードという男が、圧倒的な魔法の力で、帝国軍でも対応できなかった危機に際して、帝都をすくってくれた」


 そんな風に言ってくれてたものだから、つい照れてこそばゆくなっていた。

 だから、以前ネイピアに、

「なんかそこまで褒められると、恥ずかしいんだけど……」

 と言ったんだけど、

「ふん――」

 いきなり鼻で笑われてしまった。

「勘違いしないでほしいわね。私はただ、私の目指す革命のためには、既存秩序の帝国軍や賢者学園などを貶めることができれば好都合なのよ。そのために、この世界にとって規格外である貴方たちの活躍が、利用できるというだけのこと。……だから、別に貴方を褒めているつもりなんて微塵もないわ。まったく、妙な勘違いをしないでほしいわね!」

 と、早口になって耳まで真っ赤になりながら顔を逸らすほどに怒られてしまった。


 確かにそうだ。

 いっそ、自惚れていた自分が恥ずかしくなった。

 真面目な話、まさにこれは、彼女が目指している革命の一歩でもあるんだ。


『賢者』だとか『賢帝』だとかに囚われない社会を作りたい――

 そのために、腐った人間界の秩序を破壊し、作り変えたい。

 だからこそ、懲役666年を精霊界で過ごしてきたという規格外の俺や、精霊であるエレナとセラムが活躍していくことが、ありがたいのだと。


 それに、俺たちとしても、この賢者学園で成り上がっていくことが必要だった。

 賢者学園で成り上がり、そして、年に一度に開催させる魔法士の大会:『聖霊大祭』を制覇して、人間界の代表に上りつめる。


 そして、《根源誓約》を破棄するんだ。

 精霊界の代表と人間界の代表とが締結した、不平等契約――

 精霊を奴隷にしてしまうような理不尽で不平等な契約を、ぶち壊してみせる。

次話の投稿は、本日(6/10)19:30を予定しています。

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