ネイピアの思い
第33話です。
五
10分近く経っただろうか。
ようやく気分も落ち着いた。
「なんか、待たせちゃったな」
苦笑しながらネイピアに言うと、彼女はツンと顔を逸らして、
「そうでもないわ」
と淡白に言った。
……見間違いかな、目が潤んでたような。
まさかもらい泣き?
さすがにそんなことを確認することはできなかった。
……正直、ちょっと照れ臭い。
「本題の話を続けましょう」
ネイピアは完全に仕事モードのようだった。
……まぁ、いつの間にやら、あとで写本にサインすることになってたんだけど。
改めて、ネイピアの知っている666年前のことについて、話をしてもらった。
ネイピアは、ルーエルたちとは違って、かなり正確なかたちで六六六年前の状況を把握していた。
さすがに、根源誓約や召喚儀式の情報は曖昧にしか知らなかったけれど、そこを補足すれば、完全に666年前のあの事件のことを把握していると言えるほどだ。
だから俺たちも、隠し事をすることなく666年前のことを話した。
「……なるほど。それで根源誓約を破棄するために、貴方たちは聖霊大祭の優勝を目指している、ということなのね。いろいろと話が繋がったわ」
ネイピアは、情報の整頓も兼ねるように言っていた。
そこで俺は、人間界に来るきっかけになった事件についても質問した。
「2ヶ月前、人間界で召喚儀式が実行されたはずなんだ。心当たりはあるか?」
「無いわね」
「即答かよ」
「言ってるでしょう? 《風》の情報収集を侮らないでと。少なくとも、最近正体不明の儀式を執り行った人は、この人間界には居ないわ。ましてや、次元の壁を刻むほどの召喚の力……私が気付けないとは思えない」
「……そうか」
期待外れと、半信半疑が混ざって、中途半端な声が漏れた。
「私の言葉、疑ってるでしょう?」
ネイピアが挑戦的に微笑んでくる。
「そりゃな。召喚儀式の存在を知っている人間自体が、そもそも限られているんだ。その上、知識があったとしても、儀式を執り行えるほどの力を持つ者は、さらに絞られる。そうして絞っていった候補者の筆頭は、ネイピアだからな」
「あら。私でも力不足だと思ってるくせに」
「う。まぁ、正直言うとな」
「正直でよろしい。実際、今の人間界に、私よりも強力な魔法を使える人間はいない……いえ、貴方しかいないものね」
ネイピアは、正確に言い直しながら断言した。
「それって、ネイピアの方が現皇帝よりも強いってことでいいんだよな?」
正直、今の人間界での実力の序列については、よく解っていなかった。
「幸いにも親子喧嘩をしたことは無いのだけど、恐らくね」
ネイピアは溜息を混じらせながら、
「現皇帝の世代――30代は、『谷間の世代』なんて呼ばれているわ。一人も『ミスリル級』以上の魔法士が存在していないのよ」
「へぇ、なるほど」
「お陰で、コルニスが聖霊大祭の連覇をした頃から、賢者学園の生徒会長の仕事と権限が倍増したくらいなのよ」
「あー、はは……」
微妙な笑いが漏れていた。
さっきナックが言っていた『愚帝ルートボルフ』とかいう蔑称は、それが理由か。
とりあえず、現皇帝を含めたこの世代に『ミスリル級』以上がいないということなら、当然ながら、その世代がごっそり容疑者候補から外れることになる。ただでさえ、現代の『ミスリル級』は弱いっていうのに。
ということで。
最大の容疑者は、やはりネイピアなんだ。
だけど、そのネイピアでも、召喚の儀式を執り行えるとは思えない。
前にも言ったように、ネイピアの魔法には、圧倒的に魔力が足りていないんだ。
……まぁ、今の人間界に君臨するには、圧倒的なほど強いんだけど。
そこで、ふと疑問が出てきた。
「そういや、ネイピアが俺に協力的なのはどうしてなんだ?」
「え?」
ネイピアが固まった。
「……そ、それは、貴方の論文が、好きだからよ。……わ、わざわざ言わせないで!」
視線を逸らして、みるみる顔が赤くなっていく。
それを見たエレナとセラムが、俺を睨み付けてきた。
「ジードくん最低! ファンの女の子の弱みに付け込んで、こんな告白をさせるなんて!」
「鬼畜。魔王。精霊ハーレム王」
ふたりの魔眼が突き刺さってくる。
「ち、違うって! そういう意味じゃないんだよ」
俺は慌てて誤解を解く。
「ネイピアは、あの入試試験の後、俺の力を利用するみたいなことを言ってたじゃないか。その意味が知りたかったんだ」
「……そ、そう、なのね」
ネイピアは、すっと表情を曇らせていた。
「あ、言いたくないなら言わなくていいんだ。それこそ、俺の論文を好きでいてくれるだけで十分嬉しいし、ネイピアの力になりたいとも思ってる」
「いいえ。これは、言っておかないといけないことよ。私は貴方たちの力を利用しているんだから」
そう言って、ネイピアは凛として立ち上がった。
そして、すっと息を整えた。
「私の目的は、単純よ──」
その視線は鋭く、ここに居る全員を刺して。
「私は、この帝国を滅ぼしたい。貴方たちは、そのための力になるはずだから」
彼女は、そう言い切った。
次話の投稿は、明日2月4日の、18時30分を予定しています。




