8話 遠き日の追想~応援歌~
投稿時間を変えました。
一人、墓前にて座り込み瞑目する少年。
その姿は小さいものだった。
少し茶色の混ざった雪がズボンを濡らすが、それでも静かに座り込んでいる。
トロムが提案し、デウスが作った小さなお墓。墓碑に刻まれているのは「ルイム村」。
生きることにしがみつくことが出来てしまった少年が、失われた平穏に向けた餞。自分が今、助かったからこそ苦しくなった。
デウスは思う。
もっと生きてほしかった。もっと一緒に居たかった。もっと、もっと―――――
「―――遊んでたかったんだぜ……」
目に浮かべるのは赤毛の少年。目の前で涙を流していなくなった彼のことが瞼の裏に映り込む。どれだけの時間を共に過ごしただろうか。
心に残るのは亜麻色の髪の少女。
最後の言葉が苦しく痛む。
「近づかないで……か」
自嘲気味に笑う。何も出来なかった自分には相応しい有様かも、と思って笑う。もう疲れているんだ。二年も、まともに眠っていないのだから。
見上げた空、白い雲、またひとひらと雪の花が落ちてきた。
頬に止まった花びらはすぐに溶けて流れていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ふいに、ポンと肩を叩かれた。
デウスがそちらを向けば、そこには助けてくれた優し気な商人―――トロムがしゃがんでいた。
白い息に赤くなった手、馬車の中でご飯を作って来てくれた時にも思ったことだが、しきりにこすりでもしたのか真っ赤になってしまっている鼻。
トロムは左手にスープを持っていた。
「もうお昼だよ。食べないかい?」
ああ、朝食を食べてからもうそんな時間が経ってたのか、と思い直す。
デウスにとってこの四、五時間はたった三十分にもみたいな様な有様だった。未だ、救われたという気分にもなれなければ、自分が何をすればよかったのかという疑問だけが頭の中を渦巻いている。
デウスが悪いんじゃない。
それは絶対の事実である。悪いのはあの研究者だけである。
だがしかし、それでもデウスは悔やむ。
少なくとも、シャリアだけでも救える可能性はあったのに。何が出来たのかという耳に痛い事実を理解していても、最も大切な少女を何故救えなかったのだろうかという悔恨がデウスの心を苛み続ける。
動かない、動けない。
どちらなのかは分からない。ただ、デウスが腰を上げそうにないのは事実である。デウスの目はもう一度墓を見る。
たった一人で作った不格好なお墓。
そこに何が眠っているというわけでもない。
この雪の下に倒れている人たちの魂がそこに収められているわけでもない。
それでも、過去の時間を思い出させる。
デウスの細い目に涙を呼び起こすことは出来る。
赤い部屋が開かれて、何か良く分からない部屋に出て来た時不意に泣いてしまった。あの時はデウス自身が助かったことに対する安堵で涙腺が緩んだ。
だが、今は違う。
デウスだけが助かっていることに対する絶望で涙がにじんでくる。
生きていてほしかった。
どうしようもなく寂しいのだ。掌で何度涙を拭っても追いつかない。
ごめん、ごめんと泣いてしまう。
だからデウスは問い掛ける。
「―――トロムさん……なんで、わっちだったんかなぁ・・・!?」
「………」
「わっち、なんか出来たのかなぁ……ッ。みんなが、シャリアが生き残るには、どうすれば、どうすればよかったんだぜ…?」
トロムは答えを持たない。
何故ならば、デウスは自分が悪くないことを知って尚、自分にしか矛先を向けることが出来ないだけだからだ。
トロムは答えを知らない。
デウスに出来たことは何もなかっただろうことは分かっても、何をすれば多少ましになったのかなど、当事者でないとロムからすれば何も分からない。
だが、トロムは一つ答えられることがある。
それは、デウスへの答えではないが、ある種の導きだ。
トロムはす、と立ち上がる。そのまま、デウスの頭をぽんぽんと叩くと遠くを見ながら言った。
「その答えは私は知らない。
―――だけれど、私は一つ君に言ってあげられることはある」
誰が咎めるというのだろうか。
「存分に泣きなさい。涙で苦しみを押し流せばいい。泣くことは誰にも咎める余地のないことだ。キミの成長を齎すものだ。悲しみも喜びも怒りも楽しかったことも、全部経験して感情に出して全力で取り組むことはキミの人生を鮮やかにするだろう。だから、今キミは泣いていいんだ」
その涙に押し流されていく苦しみは、悲しみはもうデウスの糧となっている。
「―――悲しみ、忘れたらこの後悔も消えないんだぜ?それなら、泣かない方がいいんだぜ……」
だが、その絶望は、諦念はよろしくない。
「少なくとも私なら、墓の前で立ち止まられる方が腹が立つね」
きっぱり、はっきりと、人生の後輩に告げる。たとえトロムが経験したことのない様な苦しみを負った可哀想な運命の持ち主だとしても、トロムの培った人生経験がデウスの二年やそこらに負けるはずがない。
「もし、私が死んだとき、不慮の事故だろうと老衰だろうと何だろうと、私はまだ生きたいと思いながら死ぬだろう。多分、家族がいたとしたら、家族は泣いて惜しんでくれるだろう。まぁ、甲斐性のない男だから結婚は出来ないだろうけどね。
―――そんな時、幽霊になった私が聞いていたとしたら、不謹慎にも喜ぶかもしれない。
家族にこんなにも思われていたのか、とね。
……だけど、それが何日も続けば違ってくる。
墓の前で、私の死を理由にして立ち止まられたら腹が立ってくるさ。私の死を理由にして動くのをやめるな、絶望などするな、とね。
『私が手に入れることのできなくなった時間を無駄に過ごすな!』と怒りたくもなる。キミは何度死んでも生き返れるのかもしれない。そうなってしまったのだろう。それは呪いなのかもしれない。
だけどね、こう思ったらいいじゃないか」
泣きじゃくるデウスの肩を叩く。
デウスは泣きたくないと思おうと泣いてしまう。まだ少年なのだ。大人になれない年齢だ。大人にならんとする時期を変えられたのだ。
罪はない。これから成長すればいいのだ。
「キミの人生は、ルイム村全員分の大切な人生だ、とね」
泣きながら、ぐしゃぐしゃの顔を上げるデウスに一言。
―――それは救いの手となる応援歌。
―――悲しみに囚われた少年の解放。
―――巡り巡ってともに一人を救った二人の共鳴。
―――孤独へ落ちた少年の転がり落ちる呪いの終幕。
―――あるいは、浮かばれぬモノたちへの哀悼。
―――涙と喜びをかきまぜた狂騒の唱。
―――もしくは、彼の覚悟と決意の輪舞。
さすれば、英雄譚への前奏。
「私と共に来ないかい?手を伸ばせる限りにいる小さな不幸から救いたい人を救おうじゃないか、デウス・〝ルイム〟君」
今なお心の芯となる恩人が語った言葉。
遠き日の追想は彼を断じて折らせない。




