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ドロマミレの英雄《シカバネ》  作者: 青条 柊
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5話 遠き日の追想~終幕曲~

 ()()()()()()、303年。

 

 天の獣が―――獣天が一席増やされた。

 軍国ジャメニの南部辺境にて、『〝呪いに呑まれた獣〟を喰い殺すモノ』が発見された。その姿は見た者によって異なる。とはいえ、ただ見づらいだけであり、分かりにくいものだったからである。

 それは超大型の狼ともいえる。四足になるよう手をついた隈にも見える。あるいは腰を浮かせた虎にも見えれば、雄大なる獅子の様にも思えるし、牙を剥いた狸の様にも見受けられる。黒く濃く、それでありながら薄くぼやけるように靄がかかる姿はまるで不定形の様にも感じるが、揺れる霧の様な靄を除けば大まかな輪郭は変化しなかったため、定形の化け物である。

 瞳に、金が、否、まるで金塊の様な重厚感を感じる金色の光が宿っている。まるで、幽霊の様な不気味さを感じるが、その存在は発見者である冒険者に対し一切の興味を向けず、〝呪いに呑まれた獣〟を執拗に虐殺して食い殺した後、「あイたい……AiたくNAイ」と呟き去っていったとされる。

 ひどく聞き取り辛いものだったが、会いたい、会いたくないと言っていたように思うという冒険者の言葉により、それは、【狂慕の獣】と綽名されることになる。

 

 のち、様々な土地で()()()()を行っているところが発見されたため、C.L.D.―――『cursed lives destroyer』となづけられ、ソレは〝狂慕の獣〟C.L.D.と呼ばれることとなる―――――………

 

 故に、天の八獣が天の九獣となったそんな年の春。

 商業都市ネフタでは一つの小さな話題が上がっていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 北端の寒村からのいも、有り体に言えば、ルイム村の特産品が二年間も市場に出回っていないのだ。

 昨年は猛吹雪がこの辺を襲った。だから来なかったというのは理解できる。だがしかし、そこまで酷い雪でもなかった今年も来ないというのは甚だおかしい。

 一年分の備蓄は在った。というか、今馬車の用意をしているトロムという男が用意し、売りつけた記録がある。その記録、数年にわたる商業の記憶から言っても、彼らの作っている芋を彼ら自身で食いつくしたとしても、二年はもたないだろう。

 そう、トロムには分かっている。

 村人たちが生きてはいないだろうということを。

 ありふれたことだ。

 気候による飢饉、獣による襲撃、盗賊に攻められたか。

 此度のルイム村の例で言えば、吹雪で村が埋まったのか。もしくは狂暴な獣でも出て来たか。はたまた別の理由なのか。

 それでも、おそらく村人の命はないのだろう。

 

 トロムは、極めて善良な類いの人間だ。かなり貧乏な商人だ。商人としてはうだつが上がらない男といってもいい。

 その理由は簡単だ。辺境の村にまで、行商を行うことに尽きる。

 普通の街にはすでにお抱えの商人がいるからだとは言うものの、完全に赤字になってしまう様な貧村にまで向かう理由にはならない。誰に対しても物腰柔らかく、飄々とした様子で商品を持ってくる姿を見たならば誰もが口を揃えて言うだろう。

 トロムは偽善者を騙る善人だと。

 

 理不尽のありふれた世界には珍しい男だった。

 だからこそ、ルイム村の者たちに墓を作りに行こうなどと考えつくし、行動に移そうとするのだ。

 それなりの冒険者をそれなりの金で雇い、それなりの準備をして、馬車は走り出した。

 たまに出ていく馬車の一つとして、北門からトロムは出ていった。

 

 花開き始める立春のころの事だった。

 


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 「おお、寒い寒い。ここいらはまだ冬みたいだなぁ」

 手綱をもったままトロムは手をすり合わせる。口の端から漏れ出る白い息が如実にその冷え込みを表している。

 本当にまだ冬の様な寒さだ。

 もしこの場所にトロム一人なのだとしたら、何故か馬に話しかける頭の可哀想な奴ということになるが、そこにはもう一人いる。

 トロムが雇える護衛の中ではいい方で、だが大手とは言えない冒険者団体の中堅冒険者が馬車の荷台に座っているのだ。

 屋根付きの幌馬車なのだが、その後ろ側の出っ張りに腰かけている。後方の警戒を続けているらしい。

 「いや、トロムさん、雪残ってんのに春になったっちゃあ気が早くないすかね」

 はっきりとした声で赤くなった鼻をこすりながら男は喋る。

 後方にいるから、トロムにはその男がどんな顔をしているのかなど分からないのだが。

 同様に、トロムも馬の手綱を持っているためか、振り返って語りかけるようなことはしないが、それでも、会話を続ける。肩を竦めてふと目についたものを知らせるぐらいの浅い会話を楽しむ。


 「なに、バングザン殿。右を、ああ、いや、貴方から見れば左か。そちらを向いてみてごらんよ。雪の下からは、もうユキヨケの花が出てきている」


 赤くかじかんだ指の先には、雪の少し避けられた穴から、ちょこんと顔をのぞかせる小さな黄色い花。

 「ユキヨケ、ですかい?」

 ちらりと見て、知らない花だとバングザンは首を傾げる。

 それを分かっていたかのように、トロムは口を開く。


 「ユキヨケはね、春の訪れとともに顔を出すんだ。深く積もっていても、ひとたび雪の下からユキヨケが顔を出せたなら、まるで神様がそうあるよう命じたかのようにさぁーっと雪解けが始まっていくのさ。カッコいい王様みたいだと言われてね。春の王様と呼ばれることもある」


 前を見るトロムは目を細めた。

 ふっと笑うと、手綱を引いた。


 「でもね、私は思うんだ。必死にあがいて、雪の下から花開いて、雪をかき分けて出てくるなんて、……なんて、なんて、努力家なんだろうかってね。真っ暗闇の中を、光を求めて天井を破って出てくるなんて、すごいじゃあないか。私は、その頑張りをカッコいいと思う」

 

 馬が踏んでしまわないように、と避けたユキヨケの花につく露がきらりと輝く。


 「多分、私と同じ考えの先人もいたんだろうね。あの花の花ことばはそういう言葉だ」

 白い息が立ち上る。

 「〝隠れた努力〟〝美しい春〟〝絶望からの脱出〟………。まさしく、不作の冬から暖かい春になるのを告げるのにふさわしい花だとは思わないかい?」


 ザックザックと蹄を鳴らし、更なる雪へと進んでいく。馬車は雪に線をを付けて。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ()()は廃墟だった。

 ―――言葉で表そうと思えば、そう言うほかない。

 つい、トロムが御者台で立ち上がってしまう位の惨状だった。

 

 「こりゃひでぇ…」

 馬車から降りてきたバングザンもしみじみと呟いている。

 

 一面に広がっていたはずのジャガイモ畑は雪の下だ。

 それはいい。

 普通の光景なのだから。

 何があったというのだろうか。まるで全部が雪の下に眠っているかのようだ。だが、いくつか雪から突き出している()()がその考えを否定する。

 

 ―――すべて、軒並み、あらゆる。どう形容したモノだろうか。

 まるで無事なものなどあってはならないと告げられた気分だ。

 

 砕けた家が、砕けた柱が、砕け散った屋根が、壁が、木々が……。

 

 目につくもの全てが壊れている。

 

 ―――三角屋根の家があったはずの場所には一本の柱が立っているだけだ。

 

 ―――村長の家があったあたりは、ああ、焼けて隅になった骨組みに雪が積もっている。


 ―――木々を切っていた東の林は、巨大な何かに轢き潰されたかのように倒木の枝と、折れた切り株の雪だるまがのこるだけ。

 

 

 「………あの、羽の」

 震える指先が一つの残骸を示した。

 バングザンは恐る恐るそちらに目をやった。

 「あの、羽の折れた風車。あの、風車があった家には、頑固な爺さんが住んでいたんだ。―――足を悪くしてね。狩人を止めたっていうのに、何でもできるって意地はって一人暮らしをしていたんだ。何度も自分で屋根の修理をしようとして煉瓦を売ってくれって言ってくる人だった……。いっつも孫娘夫婦に渡してたなぁ。孫娘に会うと頬を緩めて機嫌よくなる典型的な爺さんだった」

 唇を震わせて語る。

 

 海と林の間にある欠けて倒れた風車を指さして、ポツリポツリと。

 

 ―――こういう時は、男の情けってやつなんだろうな。

 

 バングザンは、決して指差された方から目を逸らすことはしなかった。

 

 「あっちの焦げた屋根。あの家には三人兄弟が住んでいたよ。両親が病気で倒れてるから結婚もしていない、しないような若いうちから協力して頑張ってたいい子たちだったんだよ……」

 

 目元と口の端をゆがめて、唇は噛み千切らん勢いだ。声がこもって聞き取り辛いなんてもんじゃない。

 震える声が空を見上げる。

 その震えはけして、寒さだけではあるまい。

 

 「ああ、寒いね。寒い。……ここら辺はまだ冬だろうか。ユキヨケの花が見えないや」

 バングザンの足下にしっかりと、黄色い可愛いのが顔を出していた。

 

 「鼻水まで出てきてしまったよ」

 

 誰に言うでもない。

 少し歩き出したバングザンに聞こえる声ではない。

 

 そうしてトロムは、少しの間、村を見渡せる丘の上で佇んでいた―――。


 ―――降りしきる雪は、解け始めてはくれないだろうか。私の涙を隠してはくれないだろうか……ッ。





 ―――――()()は唐突に気づかれることになる。

 

 この時、バングザンの視界の端に、あるものが捕らえられていた。



 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 


 赤色しか見えない少年は、うつむいたまま、しっかりと目を開く。

 「―――――シャリア」


 独り言ちる。

 

 そろそろ、孤独の地獄(オンリー・アローン)を映し出す歌劇(オーケストラ)終幕曲(エンドロール)が鳴り響く。

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