3話 遠き日の追想~狂騒曲~
ついつい、忘れてた。三話は一気に投稿しようとしていたのに。
トカゲは走る。
鳥がつぃーと飛んできて、捉えられる。
その先で、彼らはフクロウに掴まった。食べられた。
林の中はしーんとしている。
鳥たちの食物連鎖があろうが、虫たちが草を食もうが、雑音が出る。
だが今は、それすらない。
まるで光を遮られ真っ暗になった部屋の様な静けさが漂っている。地面に、木々に音が吸い込まれたかのような閑さなのだ。
反面、村には大きく灯りがともり、あわただしく騒いでいる。
―――――デウスとシャリアがいなくなったから。
しかし、彼らがありふれたほどの唐突な理不尽に襲われてしまっていることなど誰にも分からない。
―――理不尽を仕掛ける者に罪悪感など、良心などカケラもないということも。
「.........いやぁ、いい実験体が手に入りましたねェ?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
目を、開いた。
部屋の真ん中で寝そべっていた少年。それも背が低い少年の薄い目が開かれた、キモチそんな感じがするぐらいではあるが。
くすんだ金茶色の髪の毛、とても細い狐目。
デウスだ。
デウスが目を覚ましたのだ。
だが、デウスにとってそこに見覚えなどまるでない。
知らない天井という奴だ。
無機質な暗紅色の壁、いや、天井や床まで単一の色だ。
正しく《《暗い》》赤色の壁は目測ではあるが立方体に見える。まるで赤いさいころの中に閉じ込められたかのようだ。
赤色に包まれているせいで絶妙に落ち着かない上になぜか上着がない。
「ここ、どこだぜ・・・?ッへくしっ寒っ!・・・っう、頭が痛いぜ」
後頭部がじんじんとくる痛みだ。転んで頭でも打ったのだろうか?
「ッと!シャリアは何処だぜ?」
そう、シャリアは何処にもいない。本当にただ一人だ。ついさっきまで隣にいたはずなのに。
デウスは狐目を更に細め、眉間にシワを寄せ、飛び上がろうとして失敗する。
鎖だ。
鎖でつながれている。右足に枷がついているせいでまともに起き上がれなかった。
苦労して起き上がりながらも、思考はずっと大切な幼馴染の事でいっぱいだ。
心配だ。
デウスは動かない。
冷静だからというわけではない。とても焦っている。
元来、要領が悪い方のデウスは、考えすぎると動きが止まってしまうのだ。考えなくてもいいことならすぐに動けるが、こうやって頭の中をぐるぐると回ってしまう様な事が起きると、全く使い物にならなくなる。
―――そんなオーバーヒートしそうなデウスの思考に、更なる追い打ちがかかる。
『初めまして、ワタシの実験動物!!』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ぴちゃぴちゃと跳ねる水滴―――血液の上を、未だ汚れることのない白衣で歩く。研究者が歩く。
まさにかがやかんばかりの笑顔で笑う。
輝くような笑顔で、赤に塗れた洞窟をひた歩く。
彼はいつでも楽しんでいる。
だって楽しいから。
この先にモルモットたちが待っている。
さぁ、実験の時間だ。楽しい実験の時間が待っている。楽しい楽しい実験の時間が始まるのだ。
そう思えば、彼には多少の面倒なんて苦にもならなかった。
簡単だった。簡単なことだった。
何故なら、彼は―――
カツン、と踵を合わせて、モルモットたちの前に立つ。
特に名を尋ねる気なんてない。
左からABCDとでもしようか。
ああ、哀れだ。
弱者たちの目が覚める。
―――ゆえに、暴虐の、絶望の、口が開く。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
デウスの目の前に、すぐ目の前に、白衣が唐突に現れた。
「うわッ!?」
驚いてデウスが退けば、それの全体像が目に入る。
そう、白衣ではなかった。
白衣の研究者だった。
「やぁ!ワタシの実験体D!キミの心は、強いかい?」
その真白な服も、青の瞳も、金の髪も。
美しいのに、狂鬼があふれ出てしまっている。狂気しか読み取れないバケモノが、現れている。
そしてすぐさま―――――
「早速なのだがねェ?君は見捨てられたみたいだねェ?」
絶望の唾をつけてきた。
「君がいなくなってから、一日は探そうとしていたみたいだけれどねェ?今日はなーんにもしてないねェ。昨日のどんちゃん騒ぎが嘘みたいに静かだよ?
ん?
嘘ではないさ。本当だよ。だれも、だーれも!キミの事なんて一人だって喋っていやしない!
―――話題に上ることなんてありやしない。
まぁ?君に確かめるすべなんてないから好きに信じていればいいさ。そうだねェ?嫌なのならば、好きなだけ逃避していればいいさ。私はそれを咎めやしないからねェ。
―――まぁ、しかし。現実なんてのは理不尽なものなのさ。
理不尽の塊だから、こうやって君は悪戯に弄ばれる。悪いヤツに利用されてしまうのさ。存分に、生きてくれよ?」
優男―――狂気に魅入られた研究者は美しい真っ白の白衣をはためかせながらデウスに近づいて、耳元で囁くように喋る。
ポンと肩に手を置いてくる。
その瞬間、色が消えた。音が消えた、においが消えた。
―――考えることなどままならない。
「―――――――――――――――――――ッ!?」
ああ、叫んでいるのだろうさ。
デウスは喉が張り裂けんばかりに叫んでいるのだろう。
だが、彼自身には何にも聞こえていやしない。喉を震わせ、唇を痛めつけながら、舌に乗って出ていく自分の声がひとかけらも聞こえるわけがない。
激痛だ。
それが理由だ。
大瀑布の様な、全てを掻き消してなお余りある激痛がデウスに襲い掛かったのだ。
苦しいっ、痛いッ痛い痛い―――――――――――――――――?
?
痛い………
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一日。
それは実際に過ぎた時間だ。
いつの間に過ぎたのか。いや、とうに過ぎていたような気もする。
少なくとも、拷問などに慣れていやしないデウスにとって苦痛の時間は数秒だって数時間の様に感じられる。
デウスにとって数年にも及んだのでは、と思えてしまう時間は過ぎていた。
鎖の軋みが戻って来る。
手がジュクジュク痛む。内出血かと思えばしっかりと血が出ていた。
ビリビリとしたしびれが舌先を駆け巡る。唇が切れている。乾ききった喉は、水を求めている。
普通だ。
だが、違う。
デウスの見た目に変化はない。強いて言うならば、苦痛にもがいてできた小さな傷が増えたぐらいだ。
特段変化は見受けられない。
そのことこそが恐ろしい。
奥底では分かっているのだ、デウスとて。
「わっちは、なんになったんだぜ……?」
そう、何かが違う。劇的な変化だ。だが、たかだか少しとも言える。そう、ほとんど変わらない。しかし、根本的な所で何かが違うのだ。根本、魂の所で。
「んー、呪いが定着したんですか。ようやくでしたねェ?」
するりと、頬が撫でられた。
目の前に、絶望が顕れた。
「そんなに睨まないでいただきたいですねェ」
仇だと心が囁く。よってデウスは睨みつけた。そうすれば、何かが変わるというわけでもないし、子供の睨みつけが大人に効くかと言われればそうでもない。
まぁ、相手が大人ならば。
「 殺したくなりますから」
純粋に朗らかな声で、にこやかな微笑みを絶やさずに―――――デウスの首をもぎ取った。デウスの視界はぐるぐる回る。時計回りに世界が回る。
初めての経験。
―――狂人の瞳に温もりを期待してはいけない。
―――狂人の精神に、大人を期待する程バカなことはない。
残された胴体から、ぶしゅっと血が出た。重力に逆らって到達できる一番上に到る前に、その全てが灰となった。
塵と化した。
睨みつけたままもぎ取られたデウスの頭も。
血がかかるまでにあと一秒ほどだった肉体も。
飛び出た血さえも。
塵になって、集まって。
すぐに生み出された。
―――ついさっきと、まるで変らぬ少年が………
…………
……
…
「アハ、?アハハハハハハハハ!ハハハハハハハハハハッハハッ!!」
口の端に泡吹いてまで、嗤う。
「成功だァァァァァァアアアアアッッ!!!」
貪りつくすモノヨ。
狂気が実を結ぶ。
嗤い狂う怪物は歌う。
まるで凡庸な村の唄を。長閑な歌を。血みどろに彩られた、調子の狂った歓びの唱を。
ほら、犠牲は選ばれた。
研究者の狂騒曲は荒ぶり高ぶる。
ただ――――哀しく悲しく愛しい、この世の摂理は幕開ける。




