6:それは努力しないと迎えられないハッピーエンド
大変遅くなりました。ようやく最終話です。
妊娠に関してのセンシティブな内容がありますのでご了承下さい。
ミーティア嬢……いや、ノア(ミドルネームは2人っきりでなら呼んで良いわけだからな)と想いを告げ合って両想いとなった。これで婚約発表は問題無い。この時の私はそう、浮かれていた。婚約を発表してしまえば後は婚姻するだけ。互いが互いを支え合い、慈しみ合い、信じ合い、愛し合う。そうすれば私が王位の座に着いた時も変わらぬ愛をノアと育んでいけるはず。国王と王妃が仲睦まじいならば臣下も国民も喜んでくれるだろう。そうすれば、皆の精神状態が安定して国が豊かになっていく。良いことづくめだとそう思っていた。
後1年で婚約発表だけど前倒しをして皆に祝ってもらいたい。そう思っていたが、規定は規定。前倒しは出来ない。それが何故なのか。私はこの日、それをノアから知らされる事になる。今日もノアの妃教育が終わったら私とお茶をしよう、と約束していて。時刻通りにやって来たノアの顔は……何故か貼り付けた笑みのような微笑みを浮かべていた。何故。妃教育では、妃の座に着くもの(当然王妃・王太子妃・王子妃だ)は皆、微笑みを絶やしてはならないと教え込まれる。
それは正直なところ、自分の親が亡くなろうとも兄弟が亡くなろうとも、人前では微笑みを絶やしてはならないという酷いものだ。物の喩えではあるだろうがそれくらい、他人に表情を変える所を、心を見せる事をするな、というもの。それは王子である私も同じだ。無論王太子でも国王でも。だからノアの微笑みは間違っていない。だが、私と2人っきり(護衛と侍女は居るが彼らは余程の事が無い限りは会話が聞こえない範囲の壁際に下がる。つまり見えてはいても聞こえないので2人っきりと言ってもいい)の時は、心からの笑顔を向けていた。
それなのに。今日は一体何が有ったのだろう。
「ノア? 何が有った?」
「ドレイド様。私、本日は2つのお願いがございますの」
貼り付けた笑みが少し崩れてなんだか泣きそうな目で私を見て来るので、相向かいではなくノアの隣へと移動してそっとその手を取った。ノアが嫌がらないので、両手で彼女の手を包み込むようにする。これくらいなら侍女も護衛も咎め立てはして来ないので、そのままノアの目を覗き込むように、ノアを安心させられるように、笑った。
「お願い? ノアのお願いなら聞いて叶えたいな。私に出来る事?」
「はい。アーサー・ドレイド・カエリス様で無ければ叶えられないお願いです」
ノアが私のミドルネームを含めたフルネームを呼んだ。これは何か相当なお願いと見るべきだ。フルネームを呼ぶのは我が国では重大な話をする、とか、重大な事柄が起こった、とか、そういった意味合いが有るのだから。私は笑顔から真顔に表情を変えて、強く彼女に頷いた。彼女もつられて強く頷いている。
「なんだろう?」
「はい。……私、ミーティア・ノア・ユグノーは、アーサー・ドレイド・カエリス様にお願いがございます」
彼女はフルネームを名乗り、私をフルネームで呼びかける。相当な決意表明。重い願いなのか?
「許そう」
「有り難うございます。私、ミーティア・ノア・ユグノーは、アーサー・ドレイド・カエリス様の正妃に迎えられるのであれば、他の妃よりも私を最優先して頂きたく存じます。また。貴方様のミドルネームを呼べるのは私のみにして頂きたい、と願います。それさえ守って頂けますなら私は生涯貴方様のお側を離れない事を誓います」
その願いは、衝撃だった。
ノアを最優先して欲しい? それも他の妃とはなんだ? 私がこの前、ノア以外を妻に迎える事は無いと言ったのを忘れたのか⁉︎
「ノア……。私のミドルネームは君と両陛下と私の兄弟以外は呼ばせない事を誓う。だがっ!」
他の妃よりも最優先というのは……私はそれほど信じられないか? 声を荒げてしまいそうで一旦口を閉じて目も閉じる。ゆっくり深呼吸してからノアを見れば、その目は今すぐにでも泣きそうで。……一体何を言われたのか、と焦る。
「ノア?」
「お約束頂けませんか?」
か細い声に、包んだ両手を更に強く握ってから応えた。
「あなたを他の誰よりも最優先する。私の正妃はあなただ。あなたは私の唯一の妃……」
そう言いかけた私にノアが首を振る。強い否定を表すその振り方に、そんなに私が信じられないのかっ! とまた感情的に言葉を発しそうになって握っている手を更に強くしてしまう。彼女が「痛いっ」と小さく悲鳴を上げて冷静になった。
「すまない」
「いいえ。ドレイド様が謝る事は何も。私はドレイド様を信じています。心からお慕いしております。でも。それだけではどうしようもない事が有る事も知りました。ですからドレイド様が私の願いを叶えて下さるなら、私はドレイド様の隣に生涯立ち続けます。貴方様の側から離れません」
目を潤ませながら言い切るノア。その目も表情も私を信じてやまない、と現れている。ならば。おそらく妃教育において何かを聞かされたのだろう。
「何を……聞いた?」
「ドレイド様が王太子として立太子される暁には陛下かドレイド様に近しいどなたかがお話される事でしょう」
「私はノアから聞きたい」
「分かりました」
私が立太子されるのは、おそらく1年後の婚約発表の後。そんな先まで待っていられない、とノアに尋ねたら少しだけ悲しむように笑って話してくれた。
「私はこのまま行けばドレイド様の婚約者として1年後には発表されます。その後、ドレイド様は王太子に立太子され、ドレイド様と婚姻すれば私は王太子妃。そう説明を受けました」
それは解る。私も予想していたからだ。
「そして婚姻したのならば、先ずは子を産む事が一番の務めだと聞かされました」
「王家の血を繋ぐ必要があるからな」
「はい。……但し、女性は必ずしも子が産めるわけでは無い、とも聞かされました」
「そうなのか⁉︎」
「はい。子を産めない身体の女性もいるそうです。また子を作れない身体の男性もいるそうです。ですからどちらが原因で子が出来ないのか知るために、3年経っても2人に子が出来ないのならば、側妃を迎えるそうです。側妃にも3年経っても子が出来ないならば、子を作れない身体だと判明しますが」
「側妃に子が出来れば正妃が子を産めない身体だ、と……」
「はい。そういった可能性もある、と私は教えられました。側妃を迎える理由はまた他にあって」
「まだ何かあるのか?」
「ええ。情勢を見極める事、だそうです」
「情勢を見極める……?」
「ドレイド様。現国王陛下が第二側妃様をお迎えになられているのは何故かご存知ですか?」
「それは、第二側妃様のご実家がある某国が飢饉に陥り、その援助のために輿入れされ……」
そこで私はハッとした。そういう事か、と。
「お気づきになられましたね?」
「っ。うん、済まない。ごめん、ノア。君だけを妻にしたいのに……」
「いいんです。ドレイド様。私は貴方様が願いを叶えてくれるなら、死ぬまで貴方から離れませんから」
私は浮かれていた。愚かでしかない。父上に第二側妃様がおられるのは、第二側妃様のご実家がある某国で飢饉が有ったからだ。食糧支援のほかに金銭的な支援も必要だった。そして、その支援を受けるあちらの国が差し出せるものが自国の王女殿下の嫁入りしか無かった。支援と言っても我が国も何の見返りも無しには支援出来ない。それをすれば、他国も見返り無しで支援を受けたい、と言ってくる。そうなれば我が国の国力が下がってしまう。
けれども第二側妃様のご実家がある某国は、食糧だけでなく金銭も余裕が無くて、かと言って地続きの国ならば領地の一部をもらう、とか、鉱山の権利をもらう、とか、そういった対応も出来たが、かの国と我が国は間に一国挟んでいる。その国にも支援を願い出ていて、その国に既に手持ちの鉱山を渡す契約をしていた。それでもかの国の危機は去らず。我が国にも支援を願い出たのだ。そしてかの国が差し出せるのが自国の王女との婚姻しか無かった。
第二側妃様には婚約者がおられたが、病で亡くなられたそうで。その悲しみも癒えぬうちに我が国に……父上の元に側妃として輿入れされたそうだ。つまり私が国王の座に着くのなら、そういった情勢も見極める必要がある。ちなみに第一側妃様の場合は、第一側妃様のご実家が我が国の侯爵家だったからだ。正妃である私の母は、私と同じように茶会で父上に見初められたが、家格が伯爵位と少し低く、父上の後ろ盾にはやや弱い。
それを憂いた正妃である母上が側妃を迎えるよう強く進言して、父上は渋々ながらも侯爵家の令嬢を第一側妃に迎えられた。普通ならば第一側妃様が家格から見れば正妃の位に着く方が良いのだが、第一側妃様は正妃として公務や執務に追われるよりも、正妃を助ける側妃としてそこそこに公務や執務に携わるくらいで良い、と側妃に納得されたらしい。
それ故に爵位は母上より上で有りながら、第一側妃様は母上を正妃として立ててくれている。第二側妃様は正妃である母上と第一側妃である侯爵家の令嬢様よりも当然位は上で有ったが、既に母上が正妃として確立しており第一側妃様もその地位を確立していたので、第二側妃の立場を甘んじて受け入れられたそうだ。その事に何の不満も無いとも耳にしている。
婚約者を病で失い、飢饉だというのに国民に何も出来ないという失意の中、婚姻せずに修道院に行くしか道が無いか、と危ぶんでいた所に王女として国のために出来る事が有ったのだから、そして婚姻する事も子を持つ事も出来たのだから、現状に不満などあるわけがない、と常々仰っておられるらしい。
その言葉通りに正妃である母上と第一側妃様を立てて、第一側妃様と共に時には母上のサポートまでしてくれている。母上もお二人をとても大切にしている。母上の内心も第一側妃様・第二側妃様の内心も私には計り知れない。けれど、波風立てずに関係は良好で皆が父上……国王陛下を立ててくれている。
結果、我が国がこれだけ平和である。
それはきっと母上達のおかげなのだろう。正妃・第一側妃・第二側妃が父上の寵愛を得ようと躍起になって争っていれば、王城内は荒れるし政にも支障を来たし、国民にも悪影響を与えていたはず。
私はようやく、妃の大変さを知ったと思う。そしてノアはそういった争いになったら嫌だから婚約したくなかったのだろう。更に言えば、自惚れでなければ愛する私を他の女性と共有しなくてはならない可能性も辛い、と思った事だろう。
だが、ノアは私の妃になる事を望んでくれた。だから代わりに側妃を迎えても正妃として迎えた自分を最優先して欲しい、側妃にミドルネームを呼ばせないで欲しい、と願い出た。ノアは聡明だから側妃よりも最優先とはいっても、時と場合を考えての事だろう。例えば夜会でのエスコートなんかは、自分を優先して欲しいという事なのだろう。
私は……愛する人を妻にする事ばかりに気を取られて現実を見ていなかった。
だが、もうノアを手放せない。だから。
「あなたを必ず正妃に迎える。時と場合があるけれど、あなたを最優先しよう。私のミドルネームはノア以外に呼ばせない。そして、ノア。君が幸せだと思える努力をしていくから、どうか私の側に居て欲しい」
「もちろんですわ、ドレイド様」
私の精一杯の愛を、ノアは心の底から嬉しそうに笑って受け入れてくれた。
誓うよ。あなたのこの笑顔を生涯守る、と。
あれから1年。私とノアの婚約発表と同時に私の立太子式の時期も発表された。半年後だ。立太子式を経て私は王太子の座に着く。ノアは私の婚約者としてその傍らに居てくれる事になっている。私とノアの婚姻は、立太子式から更に半年後。つまり今から1年後。ノアを正妃に迎えるのは陛下との約束でもある。
我が国より国力が上の国から横槍が入ってその国の王女を迎えろ、とか無茶を言われない限りは、ミーティア・ノア・ユグノーが私の正妃だ。私は1年後の婚姻式まで情勢を見極めていかなくてはならない。幸いな事に、あの失礼極まりない男爵令嬢が参加していた茶会で側近候補に選んでいた侯爵令息を、そのまま側近に任じられた。
彼は本当に私の事を思ってくれているようで、諫言は耳に痛いが、だからこそ重宝している。彼もなるべく、私が一夫一妻……つまりノアだけを妃として……生涯を終えたい、という願いを知っているから、その願いを叶えるために、共に情勢を見極めてくれている。心強い事だ。
「殿下の初恋は、ミーティア嬢だったんですね」
ある日彼がそう言うので、私はそうか、そうなるな、と頷く。一目惚れをした、あれが、多分、初恋。そして私はその初恋を叶えるために今日も頑張る。
視点を誰にするか。
アーサーに戻すかミーティアのままにするかで悩んで遅くなりました。
またリアルがバタバタしていて執筆時間が取れず、ほぼ2ヶ月執筆時間が取れずにすみませんでした。毎日更新している作品を執筆するので精一杯だったもので。
なんとか完結を迎えられました。ありがとうございました。ハッピーエンドですし、アーサーの初恋も実りましたが、実った後も彼の人生は続いていく、という事でこういった形にさせて頂きました。
最後までご愛読ありがとうございました。




