表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TOKYO異世界不動産 3軒め  作者: すずきあきら
第四章 サラマンドラは火を噴かない
19/26

1

ここから新章です。こんどのお客様はどんな亜人?

「……なぁ、不動産屋より儲かる仕事、思いついたぞ」


 けだるい午後の空気がただよう、いつもの夷やの店内。


 もうキアはとうに学校から帰って来ていて、制服を着替え、自分の机についている。ラウネアも同じように、パソコンで不動産情報の整理をしていた。


 そして源大朗の問いともつかないつぶやきに、返答はない。


「なぁ、聞いてるか。不動産屋より儲かる仕事だぞ。いまこうしている間にも、もっと稼げるスキームがなぁ」


「スキームって、なに」


 飛んでくるキアのひと言。


「ぁ? そりゃおまえ、んー、……雪が降ると、だな」


「スキーは関係ないよ」


「むっ」


「源大朗さん、オヤジギャグの最中、申しわけないのですけれど、今月の売上、まだ三千円しかないのですけれど、明日、お家賃の支払い日でしたよね、大家さんのお時さんに」


 こんどはラウネアが。夷やの経理も担当なので、こうした会計チェックや支払い確認もあるのだ。


「なんだ三千円か。三千……、三十万円の間違いじゃないだろうな」


「なんで二ケタも、間違えるの」


「無理か。しかしこうやって毎日営業していて、月の売上がたった三千円とか、逆にすごいな」


「なんで、感心するの」


「管理しているアパートの鍵の交換代です。鍵屋さんからの、指名料の謝礼ですね」


「そうか。謝礼なら三十万くらい……、ところでここ、夷やの賃料っていくらだ」


「いまそこ、なの」


「毎月十五万円ですよ。これでも格安だと思いますけれど」


「けどなぁ。うちは不動産屋だぞ。なのになんでうちが家賃払わないとならないんだ。むしろもらいたいくらいでな」


「別に不動産屋、関係ないと思う」


「ないか? ないことないだろう。なくもない、いや……」


 とまぁ、まったく生産性のない会話が続き、こんな時間があるなら、


「チラシの一枚でも、撒いて来ればいいのに」


 と思うのもキアだけではないだろう。


「おまえなぁ、ひとに言うまえにまず自分がだな」


「登下校のときに、毎日ポスティングしてる。平均一日五十枚くらい」


「なんだって。おまえそれ、マジで働いてるじゃないか。そんな優秀な社員がウチに……、なんてこった。うむ。今後も頼むぞ」


「なにそれ」


「源大朗さんの分のチラシもプリントしてありますよ」


「バカ言うな。こんなに優秀な社員のキアが毎日撒いて売り上げ三千円だぞ。いまさらオレが……むっ!?」


 源大朗、不意に言葉を切る。そしてその雰囲気をキアも、ラウネアも感じて、表戸に目をやる。


 びっしり張られた物件チラシの隙間から見える人影。


「来たか」


「こればっかり」


「ですね。うふふ」


「それで、不動産屋より儲かる仕事って、なに?」


「ああ? なんだっけかな、忘れた。それより客、客! お客さまのおなり~、だぞ、っと」


 しかし人影は映っているものの、いっこうに入って来ない。


 焦れた源大朗、珍しくソファーから置き上げると表戸へ歩き、


「いらっしゃいま、せ……! とぅわちちっ!」


 声が途中で裏返った。反射的に引き手を離す。その手が赤く熱を持っていた。


「……!」


 キアが近寄り、身構える。と、時を同じくして、


「開いてる? 入るよ」


 声とともに表戸が勢いよく開いた。


 そこに立っていたのは、制服の女子学生。なのだが、


「ヤンキーか」


「ギャル」


「あら、かわいらしいっ! うふっ」


 三様の反応は、当の彼女のさらに強い反応を呼ぶ。


「うっせ、ヤンキーじゃねえ! 誰がギャルだっつーの! あたしがかわいーとか、なめてんのか!」


 その姿。


 褐色の肌に、赤みがかかったブロンドの長い髪が燃えるようにあちこち逆巻いている。


 瞳も真紅。眼光鋭く源大朗たちを刺す。


 ブレザーの制服を着崩し、ブラウスの襟元は大きくはだけて、中のふたつの膨らみが飛び出しそうにはみ出していた。


 極限まで短いチェックのスカート。その裾からは、やはり褐色に張りきった太腿がむっちりと覗いている。


 少女は、ちっ! と舌打ちして、


「らぁ! なに勝手にジロジロ見てやがんだ!」


「ヤンキーだろ」


「ギャル」


「まぁー、かわいいっ!」


 やはり同じ反応のようだ。


 とはいえ、


「お客さまですね! お入りください、どうぞこちらへ」


 ラウネアが率先して招き入れる。が、その間にも、


「むっ」


「ぁ」


 源大朗とキアが反応する。


「暑いな。いや、熱いぞ」


 そう言って自分の指を見る源大朗。とっさに離したからヤケドには至らなかったが、感触は残っている。少女に、


「おまえ」


「まぁっ! お客さまに、いけませんよ、源大朗さん」


「お……、お客、さん、あんた、じゃない、あなたは……」


「サラマンドラ」


 その先はキアが引き取った。そしてその言葉のとおり、


「ああそうさ。あたしはサラマンドラのザッラ。文句あるのかい」


 少女=ザッラが明かした。


 サラマンドラ、火を司る精霊。


 絵画ではよく大きなトカゲの姿で描かれる。その絵のとおりとも言えるのが、その瞳。瞳孔が、トカゲと同じく縦一本のスリットだ。だがその程度でもある。


 それよりももっと顕著な証拠? が、ザッラの周りの熱い空気。


 長い髪が逆巻いて熱を発しているのか、熱のせいで髪が舞い揺れているのか、わからないほどだ。


「体温、何度」


 ついキアが尋ねると、


「そんなに高くねーよ。せいぜい四十度くらいだっつの。けど、その数十倍に熱した空気を操れる」


 源大朗がヤケドしそうになるほど表戸の引き手が熱されていたのもそのせいなのか。


「マレーヤが言ってた、サラマンドラのコって」


「ぁ? 誰そのマレーヤって。あー、ニーナの知り合いのスピンクスのやつな。そうそう、それでここのこと知ったんだったわ」


 これで繋がった。


 やはりザッラは、雪女のレイカと同居したら? とマレーヤが提案して来た、そのサラマンドラの娘なのだ。


「けどなんでウチに来たんだ。レイカはもう部屋と仕事も決まったし、その話なら残念だが……、熱っ!」


 すでに店のカウンター席についているザッラ。ラウネアがさっそく希望物件シートと筆記具を並べているのだが、その紙を手に取ったザッラが、源大朗に向けた、と思うと、ボッ! 炎が上がったのだ。


 熱風にのけ反る源大朗。飛び退くキア。


 ケットシー族は炎を本能的に避ける。幸い、というか、焼けた紙はザッラの手の中で炭になって握りつぶされた。


「ごめん。もう一枚くれる?」


「はい、どうぞ」


 笑って差し出すラウネア。しかしその足元には消火器が。素早く持って来ている点はさすがだ。


「おい、何しやがる。危ないだろ。ひげが燃えたぞ」


「思い出したんだよ。不動産屋ってすけべな店長が多くて、女と見ればすぐ手を出して来るー、とかさ」


「すけべ店長か。そりゃうらやましい……、じゃない、とんでもないヤツだな。あっ? まさかオレのことか!」


「だってスケベそうな顔してるし」


「あのなー」


「源大朗さんは違います! 源大朗さんは、女と見ればすぐに手を出したりしません! そんな甲斐性ありません! ただちょっとずぼらで大雑把でお金儲けが下手なだけですっ!」


 突然の大声はラウネア。全員が振り返る。ラウネアがトレーを胸に押し付けながら、わなわな震えていた。


「ラウネア、あのなぁ」


「ずぼらで大雑把……、うん」


 源大朗とキアにそれぞれ微妙な反応が流れる中、


「おいおい、あたしを放っておくなっての。まぁ、こんなおっさん、どう見たってモテるわけないし、好きになる女なんか……」


「い、います! ちゃんと、いますから!」


 と、またもラウネア。こんどは頬を赤らめながら、拳を握りしめている。


「あー、あの、な」


「……」


 店内の空気が、にわかには説明し難いほどねじれていた。




 仕切り直して。


「それじゃあ、ほんとに部屋を探してるってことか」


「そーだよ。ここ不動産屋じゃなく? ほかになにしに来るっつーの」


 どうやらマレーヤ経由でレイカと同居の話が、ザッラにとっても必要な部屋探しに繋がったらしい。


「いまの部屋は」


「学校の寮だよ。あー、あたしはこっちの方じゃなくて、葛西の亜人学校に通ってんの。そこの寮に入ってんだけど」


「おおかた、部屋が暑すぎて追い出されるところ、か」


「そーだよ。悪かったな。けど体質なんだし、仕方ないじゃん」


 レイカとは反対に、部屋が暑すぎて苦情が来るのだ。


 寮はふたり部屋なので、まずルームメイトが参ってしまう。いまのルームメイトは、


「ホフゴブリンのコでさ、ゴブリンだけど、ふつうのゴブリンと違って、うんと上級で賢いんだって」


「地中に住む種族だから」


「暑さには、弱いわな」


 納得するキアと源大朗。


「そーなの! すっごいいいコなんだけどさー。ぜんぜん大丈夫って言ってくれてんの。けどどんどん衰弱してっちゃうし、あたしのほうから部屋代わってもらったんだけど」


さらに夜、更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ