75話 やっぱり裏切り者
ようやく、王と謁見する日がやって来た。
その朝のことである。
トーガが私に目配せした。何か話があるのであろう。
「どうした?」
「ジーン、お前のことだから気付いてはいないと思うが、シャドウの女のことだ」
「アマーリアが何か?」
「あれは裏切っているぞ。いや、最初からお前の下にやって来て、お前のことを雇い主に流す予定だったのだろう……が」
「が? アマーリアにはそんな気配、全く無かった。それはトーガの思い違いではないのか?」
「俺の目は誤魔化せんさ。あの女は、常にお前と行動を共にしようとしただろう。ここに来たばかりのあいつの胸元に、見慣れぬ精霊力があった。妙なことをしたら殺そうかと思ったが……どうやら報告の機会が無かったようだな」
私は、アマーリアのこれまでを思い出してみる。
入植して、ノータイムでナオの手伝いに駆り出され、一週間もの間を建材の乾燥作業に従事した。
スピーシ大森林に滞在しての作業が主であったため、まともに外に出ることもできなかっただろう。
その直後、地下世界へと突入し、地上とは全く連絡が取れない状態になる。
そして、トーガたちを迎え入れての、地下の根伐採作業。
「あの伐採の時に、見慣れぬ精霊力は消えてしまったな。根が放出する膨大な精霊力にやられてしまったようだ」
「では、結局彼女は何もできていないではないのかね?」
「そうなる……。敵ながら哀れだ。今まで黙っていたのはな、お前、この事を話したら絶対あのシャドウに直接聞くだろう?」
トーガが同情している。珍しい。
そして彼の推察は正しい。
「うむ。それで君は彼女を泳がせていたという訳か。この事は他にも気付いている者がいたのかね?」
「ナオがなんとなく気付いていたのではないか? 常にあの女を監視する位置にいただろう」
「なんと!!」
ナオがそんな高度なことを……!
驚きである。
そうこうしているうちに、仲間たちが起き出してきた。
身支度を整え、城へ向かわねばならないのである。
「先輩! どうですか? どうですか?」
ナオが、このためにあつらえられたドレスのようなものに身を包んでいる。
「ほう、なかなかいいじゃないか。よく似合っている」
「えへへ!」
「でも、前のナオって普段着で来たでしょ? なんでこんかい、そんなひらひらしたの着てるの? それって人間の衣装で言うドレスってやつじゃ……」
シーアが不思議がるのも無理はない。
確かに不思議だ。なぜだろう。
彼女たちの横で、アマーリアは心なしか緊張した顔をしている。
以前なら、王との謁見だから緊張しているのだろうと思っていたが。
「アマーリア、その顔は何かを知って」
「おい!」
トーガが私の脇腹を肘で小突いた。
「いたい!」
「お前なあ! やっぱりやらかそうとしやがった!」
「いや待て。今この機会で聞くのがちょうどいいのではないか? 恐らく、向こうは手段を選ばずに来る。確実に私を仕留めようと思ったら、謁見の間が一番だ。私には、何も備えをすることができないのだからね」
私の言葉を聞いて、アマーリアは理解したようだ。
「い、いつから気付いてたんだい!?」
後退るアマーリア。その背中が、回り込んでいたクロクロにぶつかった。
彼女の黒い顔が青ざめて、紫色に見える。
「さっきトーガから聞いた……。つまり気付いていなかったのだよ」
アマーリアとナオとシーアが、間の抜けた顔になった。
「状況から考えるに、クレイグが私への嫌がらせとして君を派遣したのではないかな? ああ、警戒しなくていい。君はろくに、あの男へ連絡できなかっただろう。クレイグはとても恨み深くてね。既に君はあいつにとって、裏切り者扱いのはずだ。ははは、思いがけず、二重での裏切りとなってしまったね」
「先輩、そこは笑うところでは……!?」
「うわーっ! もうだめだあー! あたし殺されるー!!」
頭を抱えてへたりこむアマーリア。
「うむ、君は殺されてしまうだろう。そうならない手段は、私の庇護下に入ることだ。ところでアマーリア。君は私の妹ではなかったということで良いのかね?」
「あ、ああ。そうだよ。シャドウの数は少ないけど、そんなホイホイ肉親が出てきてたまるかよ」
「そうだったのか」
「あ、先輩がちょっとがっかりしてます」
「ジーンにも心があったのね!」
ナオとシーアがなかなか失敬な話をしている。
だが、今はそれどころではない。
「アマーリア。ガーシュインという男を知っているだろう?」
頷くアマーリア。
「クレイグとその男が組み、私を狙っている。謁見の間で仕掛けてくると私は睨んでいるのだが……」
「ああ。詳しくは分かんないけど、あいつら何か仕込んでたのは確かだと思う。頼むぜ……あたしを守ってくれよ……? 兄……じゃなくて、えーと」
「兄貴で構わない。なるほど、確証は無いか。では、こちらで対策を講じておかねばな。クロクロ、いいだろうか」
「なんダ」
「武器を持ち込めないであろうから、尻尾と拳の鱗の間に魔狼粉をまぶしていいかね?」
「おかしな事をする男ダ……」
「オブ、君の髭も拝借する」
「ウワーッ、何をするんじゃー!!」
持ち込めるものが限られている以上、取れる対策は限られよう。
だが、できる限りのことはしておくのだ。
「兄貴、兄貴」
「どうしたねアマーリア」
「あれだろ? シャドウストーカーとかいうやつを警戒してるんだろ?」
「そうだ。謁見の間で私を暗殺するとしたら、持ち込める武器はあの魔法生物くらいであろうからな」
「だったらさ、あたしの肌にもその粉をつけといてよ。そうしたらあたしも戦えるから」
この言葉を聞いて、驚愕するナオとシーア。
「アマーリア! それってマルコシアスのフンですよ!」
「フンを身体に……ぷぷぷーっ!」
「いいんだよ! 裏切り者としてけじめはつけないとだろ!?」
けじめ云々は良く分からないが、アマーリアの申し出はありがたい。
純血のシャドウは肌色が魔狼粉に似ている。
肌に擦り付けるだけではすぐに落ちてしまうかもしれないが……。
「こことか、ここにだな」
「ほう、髪や唇、胸の谷間に?」
「先輩がアマーリアの胸を!?」
「ナオ、人聞きが悪いぞ。魔狼粉を長時間保持して置ける場所に乗せておくのだよ。君では色が違いすぎ、目立って仕方がないからな」
「あのー、わしの髭、白いんじゃけど」
「誰もダークドワーフを見たことが無いから大丈夫だ。少しくらい黒くてもいい」
「わしの扱い……!」
シーアが自分の胸元を見て悲しそうな顔をしているが、どうしたのだろうか。
ともかく、準備は終わった。
これで謁見に望むとしよう。




