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74話 ワイルドエルフへの挑戦

 私から国への報告は、日を待って行われることとなる。

 これは前回のそれと同様だ。

 辺境を開拓し、その報告にやって来る私は、セントロー王国にとってよいイベントなのである。

 貴族たちは、私の仕事の進捗を賭けの対象に使い、大いに楽しんでいるようだ。


 王国は広大な領土を有し、自らの手では治めきれない。

 故に、各地に力ある貴族を置き、間接的に国家を統治している。

 貴族は王に頭が上がらないが、王国もまた、領土支配に不可欠な手足である貴族を大事にせねばならないのだ。

 そのための娯楽の一つが、私の報告だ。

 これを見聞きしに、わざわざ遠方の領地から貴族が集まってくる。


「本当につまらん連中だな、人間というものは」


 憮然とした顔で、トーガが城の庭を歩いている。

 すぐ後ろには、クロクロが悠然と続く。

 ずっと屋内にいては息が詰まってしまうというので、彼らをつれて散歩をしているところだ。

 ナオとシーアとアマーリアは、トラボー殿の研究室に遊びに行っている。

 部外者が入っても良いとは、賢者の塔も緩くなったものだ。


「ジーン、お前はそれでいいのか? 神をも殺した男が、下らん人間の国に縛られているのか」


「あれはあくまで、良くない出来事に対処しただけだよ。我が開拓地はまだまだ、村とも呼べない規模だ。国の手助けは必要なのさ」


「人間どもの関係は面倒なものだ」


「そうだ、面倒だ。だが、我々人間は、エルフやドワーフやリザードマンと違い、種族としての力を持っていない。つまり弱いのだ。だからこそ繋がりを重要視し、集団の力で繁栄を勝ち取ることにした」


「人間、多イ。外の世界は天井が無イ。果てが無いのに、人間は幾らでもいル」


 クロクロが舌を出し入れしながら感想を述べる。

 ずっと地下世界で生きてきたオブなど、長いこと外にいると気が遠くなるからと、部屋に閉じこもっている。


「そう、人間の力とは、その数だ。数の力で押しつぶす。どんな傑物も、一人では数には勝てない。だから、一番数が多い種族であった人間が、この大陸を治めているんだ」


「半分は人間じゃないジーンがそれに縛られてるってのは、俺は納得がいかんな」


 トーガは何を怒っているのか。

 憤然と地面を蹴り上げながら、ワイルドエルフは歩いていく。

 すると、前方から身なりのいい一団がやって来た。

 あの衣服に縫われた紋章は……。


 手乗り図書館を展開し、確認する。


「サッカイサモン公爵家の手の者か」


 恐らくは、かの家に仕える騎士であろう。

 騎士には、貴族に直接仕える者がいて、これをただ、騎士と呼ぶ。領土を持たず、仕える貴族の家臣で有る存在だ。

 もう一つは、王に仕える騎士。こちらは騎士爵と呼ぶ。つまり、私だ。


 前者は武芸や魔法などを使える事が条件である。

 有用な人材として雇われているわけだ。

 対して、騎士爵は最下級の貴族としての呼び名に過ぎない。

 かつては同じものだったらしいのだが。


「やや、そこに見えるは、噂のビブリオス騎士爵ではありませんかな」


 騎士たちの先頭にいる男が、我々に声をかけてきた。

 ニヤニヤ笑いを浮かべた、長身の男である。

 顔立ちがサッカイサモン公爵と似ている。

 血縁者であろうか。


「その通り。私はビブリオス騎士爵だ。サッカイサモン公爵の騎士の方々と見受けるが」


「いかにも。その中でも、俺は公爵家の傍流に当たる正騎士、ホイルだ。なあ、騎士爵殿よ。噂によれば、そなた、なかなかやるらしいではないか。魔狼を従えて、さらにはバウスフィールド伯爵の追っ手も退けたとか」


「ホイル殿、後半のそれは確定している話ではないが?」


「はは、誰でも知っている話だ! どこぞの伯爵が、かつて同じ家にいた腹違いの兄を憎く思い、母の入れ知恵のまま刺客を送りつけているなど、な」


 この男、少々危険である。

 ここは王城。そんな場所で、口にしていい話題とそうでない話題の区別がついていないような。

 公爵の血筋という家柄に驕っているのだろうか。


「ホイル殿、何か用件があるのでは?」


 私は彼の話を切り上げるよう促した。

 するとホイルは面白くなさそうな顔をした後、すぐにまたニヤニヤ笑いに戻った。


「俺はな、そなたがそこまで強いとは思えんのだ。体つきは良いが、身のこなしは素人そのものだ。見たところ、剣だこも無い。そなたが成して来た武勇の噂は、本物か? 王に取り入るために流した嘘なのではないか?」


 また、ここで口にするべきではない話をし始めた。

 少々人格的に問題があるのでは?

 私は彼への対処をどうしたものか、思考を巡らせる。

 だが、その間に痺れを切らした者がいた。


「おい人間。お前、阿呆だな?」


 トーガである。


「な、なにっ!? エルフ、この俺に向かって今、何と言った!」


「この俺だと? 人間などどれも同じよ。てめえが阿呆だってことは、人間の見分けがつかん俺にだってすぐ分かる。で、お前は何か? この神を倒した男を相手に、本物か、嘘か、だと? お前、舐めた口を利くのも大概にしろよ?」


「な、な、なっ! 騎士爵! そなたの部下はなんだ! しつけができてない! これは然るべく方法で抗議を」


「トーガは私の友人だよ。部下ではない。ああ、こちらのクロクロもだ」


「初めましテ」


 クロクロが礼儀正しく、会釈した。

 どうやら、ホイルにとってこれも挑発に映ったようだ。


「ええい、許さん、許さんぞ! 俺を誰だと思ってる! サッカイサモン公爵の甥に当たるホイル様だぞ! 例え騎士爵の友人だろうが、無礼者はここで無礼討ちにしてやる!」


 ホイルは剣を抜く。

 ここは王城である。彼の行為は大変危ない。

 ホイルの取り巻きらしき騎士たちも、この行為には目を見開いて驚愕している。


「お前ら、何をしている! こいつらを袋叩きだ! 公爵の名が汚されたんだぞ!」


「ホイル殿、公爵について、我が友トーガは何も言っていないのでは? こういった、名誉に関する議論が発生した場合、歴史上最も効果的な解決方法は決まっている」


 私は彼に告げた。


「決闘だ」




 ……ということで、今、王城の中庭にて、大量の野次馬に囲まれる我々。

 私の報告会の前に、新たな娯楽がやって来たと、王都に来ていた貴族とその家族がみんな集まってきたのである。

 クレイグのやつは……いないな。


 向かい合うのは、ワイルドエルフのトーガ。そして、公爵の甥ホイル。

 サッカイサモン公爵本人は、楽しそうにこの光景を眺めているではないか。


「ビブリオス騎士爵、うちの馬鹿が失礼したな! だが、君の友人は乗りがいいなあ。面白い見世物になるといいな!」


 公爵はこのような事を言う。

 彼も、器が大きいのか、頭がおかしいのか。

 そして決闘が始まった。


 ホイルは腰に佩いた剣を、びっくりするくらいゆっくり抜いた。

 明らかに戦い慣れしていない。

 このセントロー王国は、百年近く、戦争をしていないのだ。

 無理もあるまい。


 対するトーガは臨戦態勢である。

 無言で腕組みをして立ち、与えられた決闘用の剣には手を掛けてもいない。

 その代わり、歌うように精霊への呼びかけを行う。

 足元で軽くステップを踏む。

 すると、トーガの周囲に小石が浮かび上がった。


「勝負ありだな」


「えっ、もうかね!?」


 私の言に、公爵が目を剥いた。

 そして次の瞬間には、私が言ったとおりの光景になる。

 放たれた小石が、走り出したホイルの手を打ち、脛を打ち、額を打った。

 数箇所を一度に攻められたホイルは、「ぎゃあ」と悲鳴を上げ、転がった。

 剣が手を離れ、転がる。


 誰がどう見ても勝負ありである。


「ひ、ひ、卑怯だぞ!」


「決闘とやらは精霊魔法を使ってはいかんのか? 俺は何も言われていないぞ」


 ホイルに対するトーガの反論で、周囲の観客はそうだ、そうだ、と沸いた。

 実際、騎士の条件には魔法を使えることもある。

 魔法使いである騎士は、魔法で決闘するのである。

 なので、この決着は正しい。

 どこも卑怯なことなど無いのである。


「これがワイルドエルフか!」


「エルフの魔法よりも動きが小さくて、しかも正確だった!」


「ビブリオス騎士爵の幕僚は凄いのが揃っているな!」


「あのリザードマンも強そうだぞ!」


 あちこちから歓声が聞こえる。

 どうやら、貴族のお歴々の無聊を慰める糧となったようだ。

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