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69話 紋章談義

 夜が明け、男爵とともに朝食を摂る。

 エルフ麦の粥ではなく、苔を使ったパンでもない。

 ごく普通のパンである。


「恐るべし、普通のパン」


 私は朝食を平らげた後、呟いた。


「ナオ。開拓地や地底世界の食事と比べてどうだったかね?」


「えっと、とっても美味しかったです! ちゃんとしたパンってすごく美味しいんですね! 卵も美味しかったです!」


「ああ。まだまだ我々の土地は、文明社会の料理のレベルには手が届いていないということだ。この辺りは、調理担当のボルボに言っておこう」


 言うべきことを忘れぬうちに、手乗り図書館に記録しておく。

 ビブリオス騎士爵領での料理は持ち回り制である。

 それは領主である私も例外ではない。

 

「調味料の質、量ともに違う。食材も、食べるために品種改良された物が使われている。この辺りは、自然のものを使うだけでは追いつけないところだな」


「鶏や豚さんを飼いましょうか」


「それも手だ」


「ビブリオス騎士爵!」


 私とナオが、今後の開拓地の食糧事情について話し合っていると、痺れを切らしたようでロネス男爵が話しかけてきた。


「家畜や調味料なら、帰りに分けてあげようではないか。だからその話はここまでにしないか?」


「おっと、男爵の前で思わず会話に集中していた。失礼しました」


 料理の皿が下げられる。

 後には茶が出てきた。


「ナオ、これだ! 我が開拓地に足りないのは、この精神的余裕だよ。嗜好品が圧倒的に足りない……!」


「そうですねえ。でも先輩、まだまだうちにはそんな余裕無いのでは?」


「確かに」


「貴君……」


 ロネス男爵が困った声を出した。


「おっと、失敬」


 茶の香りを楽しみながら、男爵と本題の会話に移る。


「紋章のお話でしたな」


「ああ、そうだ。そのために、ここにハーネス紋章官が同席しているのだよ」


「なるほど」


 見慣れぬ人物が、朝の会食に同席していると思ったら。

 彼は、朝だと言うのに王都的な正装に身を固め、髪もしっかりと撫で付け、あの髭には油まで塗って整えてあるのではないか。

 私はラフなシャツにパンツ、そして寝癖の付いた髪だ。


「こんな格好で失礼する」


「いや、構いませんよビブリオス騎士爵。噂に聞いたとおりの方と見えます」


 ハーネス紋章官は、微笑みながら答えた。


「先輩、いくらなんでも、わたしたちがラフ過ぎるのでは! ここよく考えたら男爵のお屋敷なのに、普通に普段着ですよね!」


「ばかな。朝起きてからすぐに正装する者がどこにいる。外出しないときはこういう楽な姿のままでいいのだ」


「先輩は外出しても楽な服装のままじゃないですか」


「気取らない装いでなければ、土いじりや動植物の調査などできないだろう?」


 ロネス男爵が咳払いをした。

 おっと、いかんいかん。

 私は再び、ハーネス紋章官へ注目する。


「騎士爵領の紋章の話だと伺っているが」


「はい。男爵より依頼を賜りまして、こちらに資料を用意してきております」


 ハーネスがこの場に用意したのは、色とりどり、多岐にわたる紋章の数々だった。

 まずは、既存の紋章。

 使用する主に合わせて、主題を選択する。それに、家が成してきた代々の功績や、特産品などを描き込む訳である。


「こちらは、より有名な紋章ですね。ご存知、セントロー王国のものです。初代セントロー王は、海に打ち上げられた伝説の巨大マグロを資本とし、一代にしてこの王国を築き上げたと言われています。ですので、我が国には海をモチーフとした名称、建造物が多いのです。ちなみに、ご存知の通り、五百年前に海辺の旧王都が焦土となったため、内陸に都を移しました」


 セントロー王国の紋章は、剣と盾が交差したものに、周囲を大量の黄金のマグロが舞っているものだ。

 見るたびに、このセンスはどうかと思う。


「次に、こちらはサッカイサモン公爵家の紋章。こちらは、かのマルコシアス事件の後、河を大量の鮭が遡上してくる事があり、これを天の恵みとして勢力を伸ばし、公爵家の力を伸ばしたことから……」


 サッカイサモンの紋章は、剣と盾が交差したものに、周囲を大量の紅鮭が舞っているものだ。

 これもセンスはどうかと思う。

 流石、王家の血筋である。


「ということで、私が騎士爵の紋章を考えてきました。こうです」


 ハーネスは、持ってきていた図面を我々に差し出す。

 それは、剣と盾が交差したものに、周囲を大量の本が舞っているものだった。


「……剣と盾は使うことが決まっているのかね?」


「いえ、ですが、これはセントロー王家への縁を示すものです。縁起物ですので、使用している家が多いですね」


「我が領土は、剣と盾を全く使わないのだが」


「なんと」


 なんと、ではない。


「では、こちらを参考にされますか?」


 差し出されたのは、とても見覚えがある紋章。

 私が十歳になるまで住んでいた、とある伯爵領のものだ。


「バウスフィールド伯爵家の紋章です」


 盾に、赤い十字が刻まれている。四つに区切られたその中に、馬と剣、そして伯爵領内を流れるバウスフォルム大河を現す青の斜線。

 最後に、肥沃な大地を示す緑の波。


「一番普通ですね」


「うむ。改めて見ると、一番普通だ」


 ちなみに、ロネス男爵領は、金貨をモチーフとした紋章を作っている。

 大変品が無いと、王都でも評判である。


「では、バウスフィールド伯爵家のものをアレンジして作りましょうか。よろしいですか?」


 ハーネスが聞いてくる。

 彼も、私の事情は聞いているに違いない。


「ああ、構わない。だが、そうだな。こちらから、モチーフを提示しよう」


 私は手乗り図書館を起動する。


「狼。そして書物。リターン川と……スピーシ大森林。形は図書館。区切る十字は、それぞれの線で、黒と赤、緑、そして白」


「なんとも賑やかな紋章になりそうですね……!」


「我が開拓地は、そういう場所なのだよ。多様な人々、多様な事象を飲み込んで、広がり発展していく」


「黒は先輩、赤はクロクロさんやオブさん、緑はシーアとトーガさんで、白は……?」


 私はナオに目配せし、唇の端を吊り上げてみせた。

 彼女は自分を指差し、口をぽかんと開けたのだった。



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