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65話 地底世界解放へ

「凄い……。私の目にも、精霊力が溢れているのが見えるよ」


 根があった所を見つめて、カレラが呟く。

 ハーフエルフとしては例外的に、精霊魔法を行使できる彼女。

 それでも、精霊を視認する力はワイルドエルフよりもずっと弱い。

 そんな彼女がはっきりと見えるほど、根から放たれた魔力は地底世界を満たしつつあるというわけだ。


「なんじゃ? なんか、体が軽くなってきたのう」


「体にキレが戻ってきタ」


 オブとクロクロが、飛び跳ねたり尻尾を振り回したりしている。

 彼らは、ドワーフとリザードマンの原種に近い存在だ。

 それだけ魔法的な生物と言い換えることもできるだろう。だからこそ、世界に満ち始めた魔力を、体感で知ることができるのだ。


「たった一本の根でこれか。クークー嬢、他の根のことは知っているかね?」


 彼らの通訳を得ながら私が尋ねると、美しい鱗の彼女は、何度か小刻みに頷いた。


「案内してくれるって」


「ありがたい。では頼むぞ、クークー嬢」


 名前を呼ばれたことは分かるようだ。

 彼女は私の目を見て、何か言った。

 表情はよく分からないが、纏う雰囲気がとても柔らかい。

 種族を問わず、穏やかな人というのはいるのだな。


「クークーさん、わたしも一緒に行きます!」


 人懐こいナオが、クークー嬢の手を握る。

 これにシーアが加わり、三人横隊で歩いていく。


「なんだあれ……」


「ナオが関わると、種族の壁は容易く乗り越えられることが多いな」


 私の評に、アマーリアが目を白黒させた。


「は? そんなことあるわけ……」


「彼女は、世界に一人きりしかいない魂を持ったホムンクルスだ。ナオにとって、世界の全ては異種族なのだよ。だからこそ、誰に触れるでも体当たりでぶつかる」


「む、むう……」


 アマーリアが呻いた。何か、思う所があったのであろうか。


「ジーンさん、リザードマンとドワーフもついてくるって。みんなで手を貸してくれるそうよ」


「それはありがたい。ドワーフには、弩弓や投擲できる武器を供出してくれるよう言ってくれないか? リザードマンの腕力で使えば、高い威力を発揮するものも多いだろう」


「分かったわ」


 カレラの通訳で、ドワーフたちの動きが活発になる。

 世界を隔てる根が一つ消え、ダークドワーフ最大の里である、我々が滞在していたあの村との行き来が楽になったのだ。

 それに、化石の里にいたドワーフを連れていく必要もある。


 化石の里では、ドワーフとリザードマンたちが別れを惜しんでいる。

 抱き合ったりしているな。

 私が思うに、彼らはドワーフとリザードマンの間の確執をなくしていくために、大きな役割を果たすようになるだろう。

 生き残るためとは言え、十年の間共存してきたのだ。

 二つの種族は、共に生きていくことができる証明だ。


「別に、奴らの助けなどいらん。俺が一人でやれる」


 鼻息を荒くするトーガ。


「うむ。それは客観的に正しい事実だ。だがトーガ、君がやってしまってはいけないのだよ」


「なぜだ!」


「全部あいつ一人でいいんじゃないかな、と言われるようになってしまうからだ。他人に頼りっぱなしになることを覚えてしまった者は、あっという間に堕落するぞ」


「むむっ……。確かに、何かある度いちいち頼られるのは面倒でかなわないな」


「現状、君はこの地底世界で、頭一つ抜けた実力を持っている。あの暴れる牙すら、必中の矢を使う君には敵うまい。だが、だからこそ力ある者は自重せねばならない時があると、私は思っている。助けを請われた時だけ、そっと手を貸してやってほしい」


「……お前に褒められると、なんだか気持ちが悪いな」


「ひどいことを言うな君は!」





 一本の根は、トーガの力半分、仲間たちの力半分で切除する。

 その合間に襲ってきた暴れる牙は、無駄に殺すこと無くポーションシューターによるアロマ射撃で無力化する。

 どうやら、暴れる牙自体も個体数が減ってきているようだ。

 限られた空間で、食料となる生物が少ないのだ。

 飢えて死に、あるいは共食いをし、彼らも数を減じていっていたようだ。


「凶暴な肉食動物とは言え、地底世界レイアスの自然を形作る生物の一つだ。これを絶滅させるわけにはいかないからな」


 私の言葉は、オブやクロクロには今ひとつ理解できないようだ。

 危険は排除すれば良い、という考えなのだろう。

 だが、それぞれの生物は、別の生物と関わり合い、絶妙なバランスで自然環境を形作っている。

 このバランスが変化してしまった場合、たとえ人にとって脅威となる生物が減じたのだとしても、最終的には人への悪影響として返ってくることが多い。

 手乗り図書館に記録された、過去の情報からもそれは明らかである。


 さて、切除された根の向こうには、奇妙な動物がいた。

 大きさは、暴れる牙よりも小さいが、横幅が広い。

 尻尾のあるカエルのような外見で、口から舌を出して地面の苔を剥ぎ取り、食べている。

 それは、我々を見て、動きを止めた。


「オブ、あれはなんだね……!?」


「苔喰らいじゃ。まだ生きておったのか! ありゃな、肉が美味いんじゃ!」


「大人しい生物なのかね?」


「あまり近づくと、あの舌で殴られるがの。あやつらがいれば、暴れる牙もむやみにわしらを襲うことは無いと思うぞい。わしらよりも、苔喰らいの方が食いでがあるし、それに数もすぐ増えるからのう」


「ほう……! つまり、あれが地底世界の生態系を支える生物の一つというわけか」


 根が消えた後に見える、新たな地底世界。

 そこは、ほとんど苔の残っていない空間だった。

 こちらには、苔喰らいが隔離されてしまったのだろう。

 天敵がおらず、数を増やした彼らは、苔を食べ尽くしてしまったようだ。


『グロロ』


 苔喰らいは喉を鳴らし、ゆっくりと動き出した。

 我々の側にである。


「ひゃー、こっちに来ます!」


「ええい、私の精霊魔法が迎え撃つよ!!」


 ナオとシーアが叫んでいる。


「落ち着くんだ二人とも。クークー嬢は静かなものだろう」


「あっ、そう言えば確かに」


 クークー嬢は、ナオとシーアに頷き掛けると、二人の手を引いて、そっと横に動いた。

 彼女たちの脇を、苔喰らいがのしのし歩いていく。

 この大蛙は、我々がいた側の世界までやってくると、せっせと舌を出して苔を食べ始めた。


「そうか、暴れる牙しかいなかったこちらの世界は、苔喰らいにとっては食べ物が多くある環境なのだな。そして、暴れる牙は、求めてやまなかった食いでのある餌を得ることになる」


 遠くから、暴れる牙の吠える声が聞こえる。

 十年ぶりの、苔喰らいのにおいを感じ取ったのだろうか。

 すぐにここへやってくるだろう。

 地底世界の自然環境が、再生されようとしている。


「我々は、ドワーフたちの合流を待ってから先に進むぞ。あと何本根を切除すればいいのか分からないが、片端からやっていこう!」


「先輩、かっこいい号令を上げながら、なんで大きなカエルさんに瓶を持って近づいてるんですか?」


「ちょっとくらいサンプルを手に入れてもだね……」


 少しくらいの役得があってもよかろう。

 我々には、時間ができたのだから。

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