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51話 地下世界の根

 地下世界。

 天井は、どこまであるのか分からないほど高い。

 少なくとも、先日戦った神の背丈でも、頭がつかえることは無いだろう。


 あちこちに、天井と地面を結ぶ柱が立っている。

 柱というよりは、天地を繋ぐ巨大な鍾乳石のような。

 そして、地下だというのに、この世界は思ったよりも明るい。


「明るくて驚いているじゃろ。ここはな、地下世界レイアス。地の精霊を束ねるという、精霊の女王レイアが作った世界じゃ。お主ら魔族や、エルフどもが住む地上世界を、わしらは風の世界ゼフィロシアと呼んでおる」


「地下世界レイアス……」


 我々人間側の記録には残されていない名前だ。

 ひょっとすると、この地下世界に至るのは、私が人類で初めてなのかも知れない。


「先輩、なんか壁が、キラキラ光ってるんですけど」


 ナオが言いながら、魔狼の上で膝立ちになった。

 手をいっぱいに伸ばして、壁に触る。

 彼女の指先に、何か光るものが付着した。


「……苔?」


「光を放つ苔ということか。これが地下世界の光源となっているのか? だとすると、この広大な世界全体を照らすほどの苔とは、いったいどれだけ生えているというのだ……? いや、それ以前に、本来光が存在しないのが地下世界ならば、どうして苔は光を放つようになったというのか。興味深い……!!」


 私はナオの手を取ると、指先についた苔を凝視した。


「ああしてると、いい雰囲気に見えないこともないんだけどねえ」


 カレラのため息が聞こえる。


「ウソ、スキンシップ結構してんのに、仲が進展してないの?」


「あの二人、そういう関係じゃないのよ」


「ヒエーッ」


 先程から、賑やかな二人である。


「カレラさんとアマーリアさんが仲良しですねー」


「うむ。仲がいいなら、問題は無いか」


 気にしないことにした。


「ついてこい。この世界の問題になっている所を見せてやるからの」


 オブはもう、歩き出している。

 光る苔……仮に、アカリゴケとしておこう。

 それについては、なんの説明もない。

 彼にとっては当たり前の事過ぎて、説明するという発想が出てこないのかも知れない。

 これは私が調査せねばな。

 苔のサンプルを少しだけ削り取り、瓶に詰め込んでおく。


 しばらく、地底世界を歩くことになった。

 地底は、思ったよりも賑やかな場所である。

 聞こえてくるのは、かすかな地面の鳴動だ。

 その他、あちらこちらから、鈴のような音色が聞こえる。


「オブ、あの鈴に似た音はなんだろう」


「おう、あれはな、ツチガネムシが鳴いておるのよ。ああやって音を立ててメスにアピールしておるのだ」


「なるほど、地上と変わらないものだな」


 そう言いながら、私は音色が聞こえる方へと足音を忍ばせていた。


「お、おいジーン、どこに行く!?」


「サンプルを一匹捕まえておこうと思って」


「待て待て! ツチガネムシなら、わしの里にもたくさんおる! 後回しにして大丈夫じゃから!!」


「そうなのか。ではそうしよう」


 見たことも聞いたこともない、地底世界の虫。

 オブの話では、どこにでもいるようだな。

 私は湧き上がる好奇心を全力で抑え込み、本来の目的に注力することにした。


「おおっ、先輩が我慢してる……! 珍しいです!」


「いつもは我慢してないんだ……」


「一地方の領主がそんなんでいいのかねえ」


 後ろから聞こえてくる女子たちの会話は、実に人聞きが悪い。

 私だって、我慢くらいできるのだ。


 こうして、禁欲を誓いつつしばらく歩いた。

 到着したのは、アカリゴケとは違う種類のもので苔むした、大きな壁の前である。


「ここじゃ」


「ふむ、この壁の向こうかね?」


「何を言っておる」


 オブが、壁を強く叩いた。


「これが、レイアスを混乱に叩き落とした原因、そのものじゃよ!」


「なんと……?」


 私は壁を見上げていく。

 それは、かなり高い部分に天辺があるようだ。

 左右を見渡すと、どこまでもどこまでも続いている。


「先輩、先輩」


 ナオが私の袖を引っ張った。


「なんだね?」


「これ、上の方で丸くなってます。で、見た感じなんですけど、こっちからこっちに向かって魔力が流れてる感じで……」


 ナオが指差す先から、逆方向を見る。

 ふむ、ふむ。


「君たちは何か感じないか?」


 アマーリアとカレラにも尋ねてみる。

 カレラは前に出てきて、壁に手を当てた。


「この感触……多分、これは樹だよ。巨大な樹の根が、どこからかこの世界に飛び出してきてるみたい」


「木の根!? このサイズがか……!」


 私も近寄って、触れてみる。

 手のひらでさすり、表面をナイフで削ってみる。

 なるほど、かなりの硬度で、なかなか刃が通らないが……確かに樹だ。


「これは、根だけで我が開拓地のログハウスがすっぽりと収まってしまうほどの大きさだ。オブ、聞きたいのだが……これは、いつ頃から存在するんだ?」


「十年前」


 オブは、異変が起こった時期を口にした。


「十年前に、この馬鹿でかい根っこはいきなり出現したんじゃ。それも、こいつ一本じゃない。何本も何本も、一度に現れた。このでかさじゃ。地下世界は一気に狭くなってしまった」


「だろうな」


 どこまで続いているかも分からない、太くて長い根。

 そして、十年前というキーワード。


「マルコシアスが出現したのは確か……」


『それは質問か?』


「十年前だったはずだ」


『質問ではないのか』


 今、魔狼ががっかりした気配がしたな。

 ナオが、よしよし言いながらマルコシアスを撫で回している。


「マルコシアスの出現と機を同じくして、地下世界レイアスに出現した巨大な樹の根。偶然と片付けることは容易いが……」


 私は削り取った、根の表面を手のひらの上で転がす。


「先輩、それ……ぼんやり光ってます。欠片にも魔力が宿ってますね……!」


「やはりそうか。これはただの巨大な樹の根ではなく、マルコシアスと親しい、魔なる存在だ。魔狼と、巨木の根。これがなんの関わりも無いわけがあるまい。いや、無くては困る。関わりがあった方が、断然面白いではないか……!」


「あっ、先輩の好奇心に、今火が付きました! やっぱり我慢とかしない方が先輩らしいですね!」

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