50話 ついて来たマルコシアス
「むっ、ちょいと待て! 何者かがついてきておる!」
オブがそう言うなり、通り道の途中で立ち止まった。
鋭い目つきで、我々の背後を見据えようとする。
だが、下り階段で、しかも彼は背の低いドワーフである。
見えるわけがない。
「ええい! お主ら、背が高すぎるんじゃー!!」
「君に比べれば、ナオだって背が高いことになる。どれ、私が背後を確認しよう」
カレラとアマーリアに、前に進むよう促す。
しんがりになった私は、ナオを腕にぶら下げたまま、降りてきた通り道を確認した。
「何かいるのかな?」
『それは質問か?』
向こうから、返答があった。
「なーんだ。マルコシアスじゃないですか」
「うむ」
我々はどっと脱力した。
物陰から、翼を生やした大型の狼が姿を現す。
後をつけてきていたのは、魔狼マルコシアスだったのだ。
「どうしてついてきたんだね?」
『その質問に答えよう。毎日昼寝ばかりしていると、体が鈍ってしまうからだ。我も時々は運動をしたいし、お前がどこか変わった所に行くならば、そこについていかねばならぬ理由もある。我に質問をする者がいなくなってしまうからだ』
「なるほど、分かりやすい」
マルコシアスは、満足げに鼻息を吹き出した。
「よーしよし、マルちゃんは寂しくてきたんですよねー」
ナオが魔狼をおかしな略称で呼びながら、毛皮をもふもふと撫でた。
そして、私の腕から離れてマルコシアスの上に乗る。
「これで大丈夫です!」
「よし、行くか」
「……なんと言うか、噂に聞いていたよりも、随分大人しいのう、魔狼とやらは」
オブが呆れた様子で呟いた。
□□□
我々がオブから受けた依頼。
それは、ダークドワーフを助けることだ。
具体的には……。
「バカでかい木の根っこがな。わしらの地下世界にいきなり飛び出して来たのよ。地下には、わしらダークドワーフの他に、リザードマンの一族が住んでおる。今まではどうにか棲み分けておったのだが、根っこがあまりにでかいもんで、わしらの住処が減ってしまった。ということで、土地を巡って争いが起きておるのよ」
「限られた空間しか無い地下世界で、土地を巡ってか。それは血で血を洗う争いになりそうだ」
オブは渋い顔をして頷いた。
既に、地下に住む者たちでは解決できない状況まで来ているのだろう。
だからこそ、ワイルドエルフに見つかる危険を押してまで、我々に助けを求めに来たのだ。
「っていうか、先輩を名指しで来ましたもんね。どこからそんな噂が伝わったんですか?」
「森の噂というやつじゃ。地上で起きたことは、精霊を伝ってわしらにも聞こえてくる事がある。その中でもジーン、お主がやったことは、とんでもなくでかい事だからの。それで、ダークドワーフの中でも一番若いわしが決死の覚悟でやって来たと言うわけじゃ!」
オブが胸を叩いてみせた。
なるほど、森の噂か。
人間側にある、どのような記録にも記されていない。
スピーシ大森林には、まだ我々が知らない現象が幾つも存在しているのであろう。
感心する私と、魔狼の上のナオ。
だが、他二人は、別の部分に反応したのであった。
「ウッソ! 一番若い!?」
「本当に!? ボルボと全然変わらなくない? いや、あいつの年も分かんないけど」
アマーリアとカレラが驚愕している。
ちょうどドワーフの通り道が終わるところだったこともあり、出口あたりで二人はオブに駆け寄った。
「やだ、確かにお肌がピチピチしてる! ドワーフなのに!」
「本当だ……。ボルボよりもしっとりしてるわ。あいつより年下なのね」
「うわーっ、や、やめろお主らー! 嫁入り前の娘が、独身の男に触れるなどー!」
「二人ともー。オブさんが真っ赤になってますー」
意外と純情なオブなのである。
そんなうぶな反応を見せると、アマーリアやカレラは面白がりそうなものだが。
「やだ、このドワーフ可愛い!」
「へえ、種族が違っても照れるのね。ボルボなんか、『痩せっぽちのエルフ混じりには興味など無いわい!』なんて言うんだけど」
「うわーっ、や、や、やめろーっ」
オブがピンチである。
依頼人の危機には、立ち上がらねばなるまい。
「諸君、やめたまえ。男心とは繊細なものなのだよ」
私は二人の間に割って入り、オブを持ち上げて確保した。
「きゃっ! 兄貴、急に割り込んでこないでよー」
「緊急事態だ。やむをえまい。無事だったかい、オブ」
「危ないところだったぞい……」
おお、持ち上げているオブがとても熱くなっている。
これは、若い男性、それも女性慣れしていない男性特有の照れから生ずる反応であろう。
彼は間違いなく若いのだな。
ドワーフの通り道が終わり、そこは広大な地下世界になっている。
私はオブを下ろした。
「助かったわい」
白い肌を、照れや焦りで真っ赤にして、大量の汗をかいているオブ。
ドワーフとは、火の精霊に親しい種族であると聞く。
熱には強く、汗をあまりかかないと思ったが。
「照れるとめっちゃくちゃ汗をかくんじゃ、わし」
「なるほど!」
オブの個人的な特徴なのか、それともダークドワーフ全体を通しての特徴なのか。
興味深い。
手乗り図書館に記録しておこう。
立ち止まって作業を始めた私のお尻に、マルコシアスの鼻先がぶつかった。
「せんぱーい! 立ち止まらないでくださいよう」
魔狼の上で、ナオが抗議する。
次いで降りてきた、アマーリアとカレラ。
二人は地下世界に到着するや否や、何か相談を始めた。
「オブは照れるのが面白いけど、兄貴は全然顔色変えないよねー。なんで? 若くないの?」
「さあ……。ジーンさんの年齢は私も知らないから。っていうか、いつもナオと一緒にいるから女の子に免疫ができてるんじゃない?」
「あれは免疫と言うか……。平然とあたしらの間に入ってきて押しのけたのに、顔色一つ変わってなかったでしょ」
「ただの朴念仁かもしれない」
「それだあ」
何を失礼なことを言っているんだ。
「二人とも、変なこと言うのやめてください! 先輩は先輩ですよ! わたしが知る限り、ずーっと先輩はこうですから!」
「うむ。私は何もおかしくはない」
「ですよね、先輩は普通ですよねー」
私とナオを見て、女子二名は半笑いになった。
「ナオ、その人を男の基準にするのはどうかと思うなあ……」




