40話 準備万端
「さあ諸君、仕事だ。任せておいたものの用意はできているかな?」
エルフの通り道をくぐり、開拓地まで戻ってきた。
私はそれと同時に、声を張り上げた。
避難を終えていたワイルドエルフが、一斉に振り返る。
「せんぱーい!! 無事だったんですねえ!」
ナオがジャンプして手を振ってきた。
私も手を振り返す。
背後からは、巨大なものが森を進んでくる足音がする。
木々を掻き分け、一直線にスピーシ大森林を走破する。
恐るべき速度の、神。
「諸君! 既にこの戦いは決している。あれは、諸君の祖先が戦い、多大な犠牲を払って倒した、人間の神だ。強大な敵だ。かつてはワイルドエルフの偉大なる精霊使いが、身を挺してそれを倒した。残念ながら、その精霊使いはもういない」
私は語りながら、開拓地を抜けていく。
そして、ワイルドエルフの一行を先導するのだ。
この辺り、特定の道以外は私とビートルが掘り返し、天然の落とし穴のようになっている。
危険である。
「今こうして、神は復活した! しかし、かつて精霊使いがあれを倒した記録は残されていた。どこにか? それは、諸君の伝承にだ。そして、諸君の祖先は森奥の寺院に、その時の戦いを壁画として残していた。これら全てが、今繋がる」
私に続いて歩き出す、エルフたち。
彼らは既に、パニック状態ではなかった。
神妙な顔をして、私の言葉を聞いている。
その手には、めいめい、自由な造形で作られた置き物の数々。
頼んだ通り、不完全な印がそこ、ここに施されていた。
「先輩、儀式は全部終わったみたいです。刺客らしき人たちが、マスタングさんたちと戦ってたんですけど、みんな落とし穴に落っこちました」
ナオが合流し、報告してくる。
それに合わせて、マスタングたち冒険者一行も合流だ。
「素晴らしい。で、儀式を行なっていた魔術師たちは?」
「あいつら、距離を取って観察しているみたいだ。高みの見物のつもりなんだろうぜ、くそっ」
感情的なマスタングの言葉を受けて、遠くを見る。
なるほど、魔術師たちは辛うじて視認できる所に陣取っている。
あの距離なら、彼らが呼び出した神が無差別に暴れたとしても、巻き込まれまい。
神が我々を蹂躙した記録でも取って帰るつもりなのだろう。
遺失魔法の継承者、ガーシュインとやらの所にだ。
「いや、彼らは気の毒だよ。何の成果も持ち帰ることはできないのだからな」
トーガが頷いた。
「見せてくれ、ジーン。お前が何を調べ、そして何を企んできたのか」
「企むとは人聞きが悪い。これは情報と、分析と、そして周到な準備が生み出した必然だよ」
私のその言葉と同時に、森を引き裂きながら神が姿を現した。
ふくろうのような頭部、丸く輝く目。
吐き出す炎は、森の葉を焦がしている。
長時間一箇所に吐けば森を炎上させるであろうが、かの神は移動している。
今のところ、森にさほどの被害はない。
「来たぞ、魔狼を手懐けた者よ!」
長が、緊迫した声で叫ぶ。
私は、すっと息を大きく吸い込んだ。
そして、叫ぶ。
「全員、私に続いて逃げろ!!」
私は駆け出した。
「ゴンドワナ!」
ナオが呼ぶと、荷馬たちがやってくる。
ゴンドワナがナオを乗せ、乗用馬たちは冒険者を乗せる。
ローラシアに乗るには、私は少々体が大きすぎるため、並走することになる。
「うわわわ!! あいつ、追いかけてくるよ!!」
シーアに言われるまでもない。
壁画では、あの神はエルフのみを凝視していたのだ。
つまり、あの寺院に設けられた何らかの術式は、エルフを標的として定めるようになっていたと考えられる。
となれば、標的であるエルフを一斉に逃がせばいい。
神は勝手に、こちらについてくる。
そして……。
森を越えた神が、開拓地を出た。
一歩、二歩。
大股で歩んだその時である。
神の片足が、柔らかくほぐされた地面に沈み込んだ。
『────!!』
神が初めて、声らしきものを上げる。
巨体が傾ぐ。
「あの大きさでは、落とし穴は避けられまい。諸君、停止だ。ここで迎え撃つぞ!!」
私は声を張り上げた。
幸い、息は切れていない。
開拓地に来てから、毎日がフィールドワークである。
体が鈍っている暇など無いのだ。
私の声に合わせ、エルフたちが立ち止まる。
たくさんの視線が私に注がれた。
「置き物を地面に。そして、印に魔力を……精霊力を注ぎ込むんだ。印を活性化させるぞ!」
里にいた、老若男女全てのワイルドエルフが、めいめいに持った置き物。
これに刻まれた印が、精霊力を浴びて輝き出す。
それらは、サニーが神像に彫った、出来損ないの印と同じ効果を発揮するようにしてある。
即ち、手当たり次第、周囲の魔力を吸い込むのだ。
『────!!』
落とし穴からようやく抜け出した神。
こちらに向けてまた進もうというところで、また落とし穴に嵌まる。
憎々しげにこちらを睨み、神は大きく口を開いた。
「先輩、あれって!」
「炎を吐くのだろう。だが、あの炎も、魔力を使って放たれている物に過ぎない」
激しく吐き散らされた炎は、瞬く間に私たちまで到達した。
だが、それは我々を焼き焦がすことなど無く……。
ばらばらの魔力へと分解され、置き物へと吸収されていったのである。
「ワイルドエルフの人数分作られた、魔力をデタラメに吸い上げる神像もどきだ。それを前に、無駄に魔力を使うのは愚策だぞ」
『────!!』
神が咆哮を上げる。
それは、既に己を取り繕う余裕を失っている。
その腕を地面につけ、まるで四足の獣のようになった。
そして、力ずくで落とし穴地帯を抜ける。
震動が、辺りに響き渡る。
巨体が猛烈な勢いで迫ってくるのだ。
エルフたちから悲鳴が上がる。
「問題ない。かの神が、偉大なる精霊使いが召喚した大妖精と戦った時、周辺の魔力を吸い上げられなくなり弱っていったそうだ。つまりあれは、こちらが先に魔力を吸い尽くしてしまえば……」
神の動きが、突如鈍くなった。
猛烈な勢いがついていた巨体だが、手足がついてこない。
神がつんのめり、転倒した。
地面を滑りながら、その巨体がこちらにやってくる。
慌てて距離を取るエルフたち。
私は動かない。
「先輩!!」
「問題ない。こんなこともあろうかと、用意しておいたのさ。神像よ、汝に命を与える」
私が取り出したのは、自ら作った神像だ。
既に、印は活性化している。
そしてさらに、神像は巨大化した。
出現する、ウッドゴーレム……いや、神像ゴーレム。
それは、迫り来る神から猛烈な勢いで魔力を吸い上げながら、敵の巨体を全身で受け止めた。
神が停止する。
その位置は、私の目と鼻の先。
「情報は、記録は嘘をつかない。情報が集まれば、次に起こることは自明の理。後は、起こりうる事象に備えればいい。既知の出来事に対しては、これで全て対応ができる。さあナオ、実学の時間だ」




