39話 神降臨と分析
エルフの里に到着すると、既にそこはパニック状態になっていた。
誰もが一方向を指さし、何か叫んでいる。
エルフ語の心得はあるが、気が動転した彼らの乱れた言葉は分かりづらい。
こういう状況の時、自分も彼らと同じ行動を取ってみるのが良いのだ。
「どれどれ」
私はエルフたちに倣い、振り返った。
そこには……生い茂る森の木々があり、決して背が低くはないそれらを超えて、何か巨大なものが出現しようとしているのだった。
ぼんやりとした輪郭が、空を切り取っている。
それは徐々に色づき、実体を持ち始める。
「あれが……人間の神か……!」
「なに、あの精霊力……! おかしいよ……!」
トーガとシーアが震える。
私の目には、魔力を捉える力がない。
そのために、現れた何かはただただ大きい、奇妙な人型としか見えない。
魔力を精霊力として見える、エルフの目には違うのだろう。
「いかにも。あれが神だろう。さあ二人とも、仕事だぞ。エルフの言い伝えや、壁画のこと、そして私の推測が正しければ……あれは、エルフだけを狙って動き出すぞ」
「ジーン、お前、あれを見てなんとも思わないのか……!? 精霊力が見えないとしても、あれだけの大きさの怪物だぞ!」
「壁画にあった通りのサイズだ。岩窟にあった壁画は正確だったのだな。そして、巨大なものを見ると、生物は本能的に恐怖を感じるものだ。別に、君たちの反応はおかしくはない。私だって怖い。だが、これは予測済みだ。シーア、避難勧告を」
「う、うん! みんな! 昨日言った通り、作った置き物を持って逃げて!」
シーアが声を張り上げる。
だが、大声を出しても、パニックになっているエルフたちにはなかなか届かない。
中には、精霊魔法を発動して、風の矢や土の弾丸を、神目掛けて飛ばす者もいるくらいである。
魔法は実体化しつつある神に命中している。
そして、神の肉体に吸収された。
「な、なんてことだ……!」
「精霊魔法が通じない!」
ざわめきが広がる。
「それはそうだろう。あれは、精霊力を吸収して己の力とする神だ。精霊魔法とは、精霊力そのものだろう? ならば、それを神に向けて放つことは、あれに餌をやることに等しい」
私の声が、思った以上に朗々と、辺りに響いた。
横を見ると、トーガが頷く。
彼が精霊魔法を使い、私の声を拡大してくれたようだ。
「おお、あんたは、魔狼を手懐けた者!」
「あれが何なのか分かるのか!」
「落ち着きたまえ」
彼らをなだめているうちに、エルフの長と老婆もやってきた。
「魔狼を手懐けた者よ。あれはまさか……」
「人間の神なのかい?」
さすが、二人の理解は早い。
「その通り。狙いは君たちエルフだ。精霊魔法は通じない。ここは森の外への撤退を進言する」
端的に、私の要請を伝えた。
長は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頷く。
「みんなー! 置き物を持って、通り道を作って!」
シーアの声が響き渡った。
今度は精霊魔法で拡大しているようだ。
そして、長と老婆も、周囲のエルフたちへ声を掛け始める。
「皆、外へ逃げよ!」
「あれは伝承にあった化物だよ! お逃げ!」
ばらばらと、エルフたちが逃走を始める。
だが、納得いかない者もいるのだ。
「里を捨てていけというのか!」
「人間が呼び出したのだろう!? 逃げることは敗北を意味するぞ!」
血気盛んな若いエルフたちである。
若いということは、怖いもの知らずでもあるのだ。
だが、それは今は命取りである。
そら、ほぼ実体化を終えつつある神が、我々を睥睨し始めている。
そのフクロウに似た巨大な顔で、丸い目をこちらに向ける。
「問題ない。何故なら、我々は勝利するからだ。そしてこの戦いに、森を巻き込むわけにはいくまい。この逃走は敗走ではない。森を守るため、戦場を変えるため、転進するのだよ。さあ、行きたまえ」
一息に告げた私の言葉に、若者たちは唖然とし、少し遅れてから頷いた。
「さあ行け! 死にたくなければな! あの怪物は、魔狼を手懐けた者が相手をすると言っている! そしてそれには、我々試練の民の力も必要なのだ!」
トーガが叫びながら、エルフたちを急き立てた。
次々にエルフの通り道が作られ、彼らはそこに逃げ込んでいく。
最後に残ったのは、長と私だ。
「やれるのかね、魔狼を手懐けた者よ。今はもう、伝承にある大精霊使いはいない。あれと戦える妖精など生み出せはしないのだぞ」
「個人の超人的努力による勝利に意味はない。我々は、集団の力で、必然としてあの障害を取り除かねばならないのさ。大丈夫だ。既に、備えは終わっている」
私はそう告げながら、神を見据えた。
彼の目が、私と合った気がする。
神は、私のいる場所に向かってゆっくりと歩き始めた。
その口が、カッと開かれる。
放たれるのは炎だ。
「ゴーレム、汝に命を与える」
私がポケットから取り出したストーンゴーレムは、巨大化して炎を遮る。
その表面が、黒く煤けていく。
「通常の炎程度の温度か。長、見たまえ。森はほとんど燃えていない」
「おお……」
エルフの長が目を見開く。
「伝承では、人間の神は森を焼いたと言われていたが……」
「森を構成する木々には、多くの水分が含まれている。乾燥した森ならいざ知らず、スピーシ大森林は豊かな水をたたえた森だ。ただの炎で、容易に焼かれることはない。だが、伝承が真実だったとするならば、その時に使われた炎は今の炎よりも、より強力なものだったと言えよう。つまり」
私は神の挙動を、手乗り図書館に記録する。
そうしながら、エルフの通り道に向けて後退した。
「あの神は本来の能力を発揮できていないということだ。実に好都合だ」




