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36話 岩窟の壁画

 最後に、岩窟に向かうこととする。

 妙な胸騒ぎを覚える。

 これから何かが起こりそうだ、というそんな予感だ。

 どうも、この森にやってきてから、符合する出来事が多すぎる。


「そっか、また新しく家を作らなくちゃいけないですもんね」


 ナオは理解してないのか、岩窟に来た理由を別の意味で捉えたようだ。

 メガネをくいくい動かしながら、これからの家屋建造計画をぶつぶつ呟き始めた。


 だが、私の目的は違う。

 ぐるりと岩窟の周囲を巡って歩いた。

 確か、入り口の裏側にあったはずなのだ。

 あの壁画が。


 念のために、手乗り図書館を展開し、記録した壁画を呼び出す。

 巨大な足があり、その周りにエルフと人間が、足の持ち主を見上げるように描かれている。

 そうか。

 これが恐らく、人間が呼び出した神なのだ。


「ジーン、何をする気だ?」


 岩窟の壁を登り始めた私を見て、トーガが問う。


「この壁面に、絵が描かれていたんだ。この間削った部分も、苔で覆われ始めているな。ちょっと手伝ってくれ」


 いつもならば、私の道楽かと溜め息を吐くトーガ。

 だが、彼は私の意図を察したようだ。


「お前が今日、長や老婆に聞いていたのがそれか。まさか、これが寺院だと言うのか?」


「その可能性は高いと思っている」


 苔で滑る壁面を、手がかりを探しながら登っていく。

 登っている間は、手乗り図書館は仕舞わねばならない。

 足がかりになるところに到着すると、立ち止まって再び展開だ。

 画像と壁面を確認する。

 ここではない、か。


「よし、俺も手を貸そう。壁画を記録しているのだろう? 見せろ」


 トーガは、私が苦労して登った壁を、軽々と駆け上がってくる。

 驚くべき、ワイルドエルフの身体能力である。


「これだ。周囲に削っていない苔や、壁面がある。これを手がかりにだな」


「なんだ、すぐ近くじゃないか」


 トーガは事も無げにそう言うと、私の頭上にある出っ張りに飛び乗った。

 そして、彼の目の前にある苔をナイフで削り始める。

 あっという間に、見覚えのある壁画が姿を見せた。


「それだ! トーガ、周囲の苔も削ってもらえるか? 以前の私では、そこまで手が回らなかった。調査を行なう精神的な余裕も乏しかったしな」


「構わないぞ。どれ……」


 苔が削り落とされていく。

 その間に、私は壁面をよじ登る。

 それなりに足がかりがあるから、登山などは素人同然である私でもなんとかなる。

 いや、魔族の血が混じった身体能力ゆえか?


「削れたぞ。これは……なんだ……!?」


 トーガが焦る声が聞こえる。

 彼の隣に登った私は、息を整えてから壁画に目を向けた。

 そして、息を呑む。


 そこにあったのは、異形の怪物だった。

 一見して、フクロウと人間を混ぜ合わせたように見える、怪物の頭。

 そこから伸びる、丸々と太った胴体。

 二本の足は不釣合いに長く、だが関節らしきものはどこにも見当たらない。まるで棒が体から生えているようだ。


「大きさは、この絵から判断するに……王都の城と同じくらいか。凄まじい大きさだな。記録にある、グレータードラゴンに匹敵するではないか」


 ほぼ真円に見開かれた目の中で、同じ丸い瞳が人間とエルフを見下ろしている。

 いや。

 エルフをじっと見ている。


「エルフだけを認識するように作られているのか……? それはどうしてだ。……そうか、信仰か。人はエルフに、神を信仰するように伝えたという話だったな。だから、神はエルフに己を信ずるように要求するのか。……いや、しかし」


 じっと壁画を見る私。

 その横で、トーガが呟いた。


「これは……下にいる試練の民と人間どもは、争っているな。視線こそ神とやらを見上げているが、持っている武器は互いを指している」


「ほう! 確かにそうだ。ということは、これは争いの絵だということか。そして、神は人に味方し、エルフに害を成すものであると。なるほど、なるほど!」


 推測ではあるが、壁画から得られる情報を、今まで聞いてきたエルフの長老たちの話と合致させると、色々な辻褄が合う。


「真実に繋がる、様々なパーツが揃ってきた。これは過去のことだが、現在進行形でもあるのかも知れない。何が起ころうとしているのか、朧気にだが分かってきたぞ……!」


「そうか。正直、お前のそういう所はちょっと気持ち悪い。だが、お前の頭脳は信頼している」


 トーガはそう言って、私の肩を軽く叩いた。

 珍しいことをするものだ、と彼を見ようとしたら、すでにこのエルフは壁面を駆け下りており、影も形も無い。

 

「何を急いでいるのだか。さて、私は……もう少し苔を削って、壁画を探って……と」


 ナイフを抜いて、壁に手を伸ばす私である。

 その手が、足が、ずるりと滑った。


「あっ! うわー」


 ずるずると、苔むした壁面を滑り落ちていく私なのだった。



△△△



 どうやら落下して、目を回していたらしい。

 顔に触れる冷たいもので我に返った。

 目を開けると、ナオの顔がある。

 さては、今の冷たいものは。


「マルコシアスが、先輩の顔をぺろぺろ舐めてたんですよ」


 魔狼の舌だったか。

 頬に手を触れると、狼の唾液でべとっとしている。


「はい、先輩! 服を作ったときの端切れです! 顔を拭きましょう!」


 ナオが、私の顔をごしごし拭いてくる。


「お前、ナオに膝枕されて顔を拭かれているとは、どういう状況だ?」


「うむ。私も身のこなしを訓練せねばなと思っているところだよ。多少のフィールドワークはこなしてきたつもりだが、スピーシ大森林ともなると少々厳しい」


「体を動かすのは俺の仕事だ。お前は頭を働かせていろ。そら、目が覚めたのならお前の家に帰るのだろう? 送ってやる」


 エルフの通り道を展開するトーガ。


「どうせ、これからまだまだやることがあるのだろうが。手を貸してやるからさっさと起き上がれ」


「うむ。……随分協力的になったな。どういう風の吹き回しだ?」


 私が問うと、トーガは音を立てて足を踏み鳴らした。


「いいから来い! 俺のことなどどうでもいいだろう!」


 急ぐことに異論は無い。

 だが、エルフの気持ちというものはよく分からないな。

 人間の気持ちもあまりよく分からないのだが。

 ナオも分かっていないようで、首をかしげている。

 そんな我々の間に、マルコシアスが首を突っ込んできた。

 何か言いたげに私を見上げ、


『質問か?』


 と問う。

 別に質問は無い、と答えたら、魔狼は珍しく、呆れた様子で先に行ってしまったのだった。

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