30話 神の像の話
神官サニーが作った神像は、畑の隅にあった。
彼女は不器用らしく、あまり人の形には見えない。
神の像なのだから、どのような形でも、信仰のシンボルになれば良いということか。
神像を囲むように、端材で作られた小さな柱と屋根がある。
足元には石畳も置かれ、ここで礼拝できるようになっているようだ。
神像の前では、エルフが数人、腕組みをしながら並んでいた。
「どうしたのだね?」
「おお、お前は魔狼を手懐けた者! 帰ってきていたのか」
私を見ると、ワイルドエルフの表情が綻ぶ。
マルコシアスを森から排除したことは、彼らにとって大きな意味があるのだ。
「これを見てくれ。人間が神と呼ぶものの像なのだそうだ」
「ただの像であれば良い。我らも、親愛の情を示すために木を削り、その者や獣を象った像を作ることはある。だが、神とやらの像は、どうやら精霊力まで帯びているではないか」
エルフたちの言い分はこうである。
ただの飾りであるならば、とやかく言わない。
だが、精霊力を宿し、何か不可思議な力を発揮しそうな神像は看過できない。
「神の像だ。祈りを受けることで、信者から魔力を与えられ、アーティファクトとなっていく存在だな。確か、エルフには神が存在しないのだったね?」
「神とは、我らの上位にある存在ということだろう? それならある。我らの祖先である、祖霊だ。祖霊は精霊と交わり、この森を巡っている」
そうなのか、と、傍らのトーガに確認すると、彼は面倒臭そうに頷いた。
どうやら神や祖霊に関する談義に、全く興味が無いらしい。
エルフたちも、トーガがこういう話題に入ってこないことは理解していて、彼を放ったまま私に話しかけてくる。
「問題は、精霊力は森を巡るものだということだ。それが森の外に出てきて、この像に吸収されている。長く生きて精霊力を蓄えた大木は精霊樹となるが、これはいつか朽ちて森に帰る。だが森の外で同じことをされたのでは堪らない」
「なるほど、そういうことか!」
面白くなってきた。
エルフなりの価値観だぞ。
私は少々鼻息を荒くして、手乗り図書館に記録を取る。
「つまり君たちにとって、己の祖霊が一体となった精霊力を、神なるものの像に吸われるのは我慢ならぬと。そういうことか」
「そうだ、それだ」
「モヤモヤしていたのだが、分かりやすくまとめてくれたな……!」
「さすがは魔狼を手懐けた者だ」
エルフの表情が綻んだ。
これは言わば、一本の川から畑に水を引く問題と一緒だ。
精霊力がエルフたちの力の源であり、ひょっとすると、スピーシ大森林が持つ力を担保している。
普段ならばこれは外に出てこないものだが、傍らにこうして神像を作られると、そこに精霊力の流れが吸われてしまい、森に戻る分が減る。
「我らも、別に神とやらを拝むなとは言わない。だが、精霊力を吸うのは困るのだ。今は一つだから良いが、これが増えていけば、森から吸われる精霊力は増えるだろう。そうなってしまえば、豊穣な我らの森が危うくなる。森を流れる祖霊は、人間どもの信じる神とやらになってしまうだろう」
「なるほど。君たちの信仰の問題も関わっているわけだな。よし、私がなんとかしよう。しかし、よくぞ神像を破壊せずに様子見に留めてくれた。感謝する」
「お前の顔を立てたのだ、魔狼を手懐けた者よ。我らエルフは人間と違い、受けた恩には報いる」
彼らはそう告げると、立ち去っていった。
後は私に任せるということだろう。
「信頼されているな。厄介事を押し付けられただけにも見えるがな」
トーガが鼻で笑う。
だが、立ち去らずにいる辺り、私に協力するつもりなのだろう。
やがて、神像を立てた本人であるサニーが戻ってきた。
ナオと、ハーフエルフのカレラも一緒である。
「どうしたのですか? エルフの方々が集っていたようですが」
「うむ。隣人からの苦情を受け取った。神像が精霊力……つまり魔力を吸ってるからやめてくれ、ということだな」
「?」
サニーが首を傾げた。
これはどうやら、神像が魔力を吸収するシステムを理解していない顔だな。
「良かろう。では簡単に講義しよう」
「やった、先輩の講義だ!」
「ナオ、あなたなんで興奮してるの?」
神像の前に陣取った私。
石畳に座る、女子三名である。
「ジーンさん。そこにあるのは、私が作った慈愛神の像です。慈愛心は愛を与えるものです。なのに、魔力を奪っているとはどういうことですか?」
「奪っている、とは一元的な見方だね。君は慈愛神の神官か。ならば、神殿で教わったと思うが……神像は、信者たちの祈りを集め、自ずと力を持つアーティファクトに変わっていく」
「はい。そう教わりました」
「これはつまり、神像には魔力集積装置としての機能が備わっているからなのだよ。作る際、足の裏に印を彫り、神官が魔力を流し込むだろう?」
「はい。正確には奇跡の力ですが」
エルフで言えば精霊力。
我々で言えば魔力。
神官達が使えば、奇跡の力。
これは全て同じものだ。
「その印が活性化し、魔力……奇跡の力を集めるようになる。この神像の前で祈るという行為が、己の魔力を神像に注ぐことになるわけだね。力を持った神像は、この前で魔法……神官流に言うと奇跡だが、これを行使するとその効果を増大させることができる。王都の大神殿では、復活の奇跡すら行なえる理由がこれだ」
「異議ありです!! それは神の御業ですー! そんな何か無味乾燥に解析された何かじゃないですー!!」
顔を真赤にしてサニーが怒り出した。
おっと、いかん。
「つまりだね、本来ならば、祈る者からしか奇跡の力を吸収しないのに、この神像は森からも、勝手に奇跡の力を吸収していたようなんだ。何か作る時に不具合があったのではないかね?」
話を本題に戻す。
各宗派によって、神像の作り方や印の刻み方は違う。
私は宗教学の専門家ではないため、印に異常があったとしても確認ができない。
「そんな、不具合なんて……」
サニーは難しい顔をして、神像の後ろに回り込んだ。
よいしょ、と声を出して、神像をひっくり返す。
ありがたみも何もあったものではない。
そして、像の足裏に印が彫られていた。
なんと言うか、ミミズがのたくったようなぶるぶる震える印で……。
「これが慈愛神の印か。なんとも個性的な……」
「かわいくないですか? サニーさん、今度教えてください!」
「これって、サニーの字が下手なだけでは……?」
「おいお前ら! 像がひっくり返ったら、精霊力が一気に集まってきたぞ! 早くなんとかしろ!」
我々が感想を述べていたら、トーガが慌てだした。
なるほど、やはり印がおかしいらしい。
「サニー、どうだね?」
「……字が下手で悪かったですね……! き、刻み直しますよーだ」
むくれながら、彼女はナイフで、印を削り落としてしまった。
「精霊力が消えた」
トーガの言葉で、神像はなんの力も持たなくなったことを知った。
「サニーさん、わたしにいい考えがあります! 印の形の判子を作ってですね、それに沿って印を刻めばいいんです! そうと決まったら、判子を作りに行きましょう!」
立ち上がるナオ。
引っ張られるカレラ。
「どうせ下手ですよー。サニーは字が下手ですよー」
ぶつぶつ言いながら、ナオたちについていくサニー。
「大丈夫なのか……?」
珍しく、心配した様子のトーガである。
「何、ナオはああ見えて優秀なのだ。彼女を信じたまえ」




