31話 かつて森に来た神
「なるほど、それでこの像がひっくり返ってるのね」
シーアが、神像をつついている。
今は足裏の印を削られ、地べたに寝そべっている像なのである。
「みんな、凄く警戒してたでしょ」
「みんなとは、ワイルドエルフたちのことかな? 確かに。だが、警戒する理由も頷けるものだったが」
「森の精霊力と祖霊の話? それだけじゃないよ。第一、森を巡る精霊力はとっても多いの。ちょっと吸われたくらいじゃどうにもならないし……それに森は、こういう村だっていつでも覆い尽くせる」
「なるほど」
シーアの言葉を聞いて思い出したのは、私がこの地に来たばかりの頃。
開拓地の中心となっている、リターン川を発見した記憶だ。
第二十三調査隊の記録によれば、森から外に飛び出していたはずの川。
それが森に覆われ、影も形も見えなくなってしまっていた。
スピーシ大森林の生命力は、百年もあれば地形を大きく変えてしまうほど強いのだ。
「だとしたら、どうして彼らは神像を警戒していたのだ?」
「それはね」
口を開こうとして、シーアがじっと私の背後を見た。
そこでは、トーガがお喋りな妹を見据えているようだ。
「話していい。そうでなくても、この男は勝手にそこまで辿り着くだろう」
「分かった。あのね、森にはね、昔、神を名乗る怪物が出たの。まだ私も兄さんも……それどころか、長だって生まれてない頃だけど、その時代は人間とも交流があったんだって」
「ほう!!」
「また手乗り図書館を出したか……。本当に新しい知識が好きな男だな」
トーガの呆れ声にはすっかり慣れてしまった。
「長は確か、千年ほど生きていたね? ということは千年前……。セントロー王国もまだ出来上がっていないころじゃないか。それほどの過去には、ワイルドエルフと人の間には交流があったのか……」
「千年って、人間からすると長いでしょ。でも私たちエルフは、大体千年生きるの。だから、これは二つくらい世代が前の話で、まだまだみんなの中にわだかまりが残ってるんだよね。子供の頃に、当事者だった人たちに話を聞いて育ってるから」
「なるほど。それが、人間とワイルドエルフの間にある確執ということか。だが、その当時は存在しなかったセントロー王国にも、ワイルドエルフは恐ろしいという伝承は伝わっている。これはいったい……?」
「王国っていう、人間たちの大きい村ね。あそこができてから、何度か森に来て木を切り倒そうとしたことがあるみたい。その度に、私たちは人間を手ひどく痛めつけて追い返した。そのせいかも」
「おお、そこで、人とワイルドエルフの間に、不可侵という共通認識が生まれたわけだね。いや、これは納得が行く。新たな歴史的事実だなあ」
自然と頬が綻ぶ。
新しい知識を得ている時、私は何よりも幸福を感じるのだ。
トーガとシーアは、なぜか私に、変なものでも見ているかのような目線を投げかけてきた。
「それで、どうして神が現れたのだね? 人間が呼び出したとか?」
「うん。伝承では、人間が呼び出したって言われてる。だけど、どうやったかまでは分からない。気がついたら神っていう、物凄く凶暴で言葉が通じない妖精が現れて、森を荒らし、人間たちの村も滅ぼしたの。たくさんの人が死んで、私たち試練の民も多くが犠牲になった。それで、私たちは森を閉ざした。これでおしまい」
「なるほど……。神の姿に関する情報は残っていなかったのかい」
「そこまでは分からないなあ」
聞き出せる情報はここまでのようだ。
となれば、必要な疑問は彼に聞かねばなるまい。
「マルコシアス、いるかね」
『質問があるのか』
私の声を聞いて、魔狼が駆け寄ってきた。
トカゲのようになった尻尾を、ぶんぶんと振っている。
『質問をせよ』
「ああ、任せてくれ。マルコシアス、この森に千年前に出現した神は、いったいどういう存在だったのだ?」
『その質問に答えよう。神は戦神だった。森の魔力を利用し、人間が作り上げた特大の神像に命を宿らせたものだ。その後、魂を召喚して植え付ける』
「召喚!? それは、私がナオに魂を与えたようなものか」
『その質問に答えよう。近いが異なる。人が我を召喚した儀式に近い』
「悪魔召喚の儀式と、様式が似通っているだって!?」
次々に明らかになる新事実である。
私は興奮のあまり、鼻息が荒くなった。
「それはつまり、森の中で君を呼び出したような儀式が行なわれ、これと神像が合わさって神を生み出したということか!」
『今日の質問はこれで終わりだ』
マルコシアスは満足そうに鼻を鳴らすと、尻尾を振りながら去っていった。
しまった。
連続で質問をしてしまったか。
最近は毎日、彼に質問をしているため、適度にマルコシアスのフラストレーションが発散されているのだ。
故に、一日に一度か、二度くらいしか質問ができない。
「せんぱーい! 判子作ってきました! 神像も新しくしましょ!」
ナオが戻ってきた。
どういう作業をしたのか、彼女も、カレラとサニーも泥だらけになっている。
連れの二人がぐったりしているではないか。
「よし、神像作りには私も興味があったんだ。一口噛ませてくれ」
「ようこそ先輩!」
「待ってー!? 神像はありがたいもので、ホイホイ作るものじゃないんですけどぉー!」
彼女たちと合流する私。
まずは、神像作りを行ってみよう。
作業に没頭していれば、今日得た知識も頭の中でまとまるかも知れない。




