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26話 賢者たち

 襲ってきたシャドウストーカーの数は、合計で三体に及んだ。

 これは、通常の標的であれば、一国の王であろうと殺してしまうような備えである。

 そもそも、手乗り図書館の記録によれば、シャドウストーカーの作成と行使は悪魔召喚に連なる、禁断の魔法である。

 私が存在を知らなかったのも無理はない。


「これをクレイグが使ったか。奴の回りに、こういう魔法を使う何者かがいるのかも知れないな」


 私が考え込むと、横でナオが、はいっと言って手を挙げた。


「シャドウストーカーが悪魔召喚と同じようなのなら、マルコシアスを呼んだのもクレイグなんじゃないですか?」


 この意見に私は、はっとする思いだった。

 なるほど。

 シャドウストーカーの作成も、悪魔召喚も、世に知られていない魔法である。

 それが偶然、私の回りで二度起きた。

 同一の人物に引き起こされた事件であると考えると、分かりやすい。


「トーガ、マルコシアスが現れてから、十年だったな?」


「ああ。そうなる」


 十年前と言えば、我が父が死んだ時である。

 バウスフィールドの家が、正式にクレイグのものとなった時期に重なる。

 偶然の符合であろうか?


「いや、自然環境に無為の偶然はあれど、人と魔法が接するものに偶然の一致は少ない。マルコシアスの召喚にも、あの男が一枚噛んでいると見ていいだろう。クレイグはマルコシアスを呼び出し、五百年前のエイジャー男爵と同じく、その力を自らの権力のために使おうとしたのではないか?」


 この場には、私の推測に答えられるものはいない。

 だが、ナオは私の手を握りながら、深く頷いた。


「調べましょう、先輩! ……開拓の方もしながらですけど」


「そうだった。さて……どうしたものか」


「ジーン、考えるのは動きながらでもいいだろうが。ほら、シーアが馬を連れてきたぞ」


「ゴンドワナです」


 ナオが、トーガの馬呼ばわりを訂正した。

 向こうから、荷馬のゴンドワナと、横に並んでマルコシアスがやってくる。

 今まさに、我々一行は旅立つところだった。


 来た時と同様、ゴンドワナとマルコシアスに牽かせた荷車に乗り込む。

 幌付きだが、あまり大きくはないため、四人乗り込むとぎゅうぎゅうだ。

 途中で、新しい荷馬を補充し、一回り大きな荷車を買わねばならない。


 やるべきことはいくらでもあるのだ。

 だが、そんな時ほど邪魔者が入るものである。


「待て、賢者ジーン!!」


 城を出た往来で、呼び止められた。

 だが、呼び止められたところで馬は急には止まらぬもの。

 そもそも止める気がない私は、ゴンドワナをどんどん進ませた。


「こら、こらこらこら!」


 声の主は、慌てて私を追ってくる。

 複数人だ。

 ちょっと走っただけで、ぜいぜい、はあはあと息を切らしている様子である。

 ふむ、これはもしや。


「賢者の塔のお歴々かね?」


 私が誰何すると、「そ、そうだ!」と肯定の返答がやってきた。

 彼らは幌の前方に回り込む。

 さすがに、私は馬を止めることになった。


 そこには、慣れぬ運動で額に玉の汗を浮かべる賢者連中がいる。

 彼らは私を見て、それからナオに視線をやった。


「やはりいたか!」


「おい、賢者見習いナオを連れ戻せ!」


 ナオがむくれて、私にしがみつく。


「こら、そんなに密着しては馬車が操れないではないか。むっ、柔らかいものが当たった」


「当ててるんです! っていうか、わたし、先輩の家臣に就職したんですけどっ」


 後半の言葉は、賢者連中に向けられたものである。


「ならん、ならんぞ! お前は賢者の塔の所有物だ! お前を使って調査せねばならん案件がめじろ押しになっているのだ。我々がどれだけ迷惑したことか!」


「それはそっちの事情でしょう! わたし、先輩と一緒に行くって決めたんですー!」


「だめだだめだ!」


 ナオに掴みかかってこようとする賢者たち。

 私は、彼らの腕を少々乱暴に払い除けた。


「うわーっ」


 賢者の塔の住人たちは、基本的に非力である。

 ぺたんと路端に尻餅をつく、数人の賢者。


「あなた方も知っているであろうが、今や私も、国王から辺境賢者の名を与えられた者である。さらには、騎士爵の地位も持っている。私は臣下を雇い入れる権限がある」


「ぐぬぬ」


 賢者たちが怯む。

 やはりか。

 彼らは、私が師事したり、研究会に潜り込んででも教えを請おうとした真の賢者たちではない。

 権力にはひれ伏し、他人の研究成果は奪い取り、元ホムンクルスであるナオの権利など、露ほども考えていない連中だ。


「賢者の塔は、ナオを賢者見習いとしたはずだ。意見を出すなら、彼女の師である建築学と錬金術の賢者、トラボー殿にその資格がある」


「あの偏屈が、外に出てくるわけがあるまい! ええい、四の五の言わずにホムンクルスを返せ!!」


「ホムンクルスではない。ナオは賢者見習いであり、私の家臣である。そして私の後輩である」


 ナオが嬉しそうな顔をした。

 肘で脇腹を突いてくるのはやめなさい。


 私に向けて、歯ぎしりをする賢者連中。

 天下の往来で、荷馬車を囲んでこのようなことをやっているのだ。

 衆目が集まってくる。

 賢者の一部は、注目に耐えきれず、一人、また一人とその場を立ち去っていく。


「賢者ジーン! お前、これは重大な賢者の塔規定の違反で……」


「私は既に、賢者の塔に所属してはいない。それに、あそこは去る者は追わず、という規定があったように思うが? ナオが去ったのなら、それを連れ戻す権利は誰にも無い」


 残った賢者連中は、顔を真赤にして怒る。

 この顔を見て思い出した。

 彼らは、私が手乗り図書館を発現させた時、露骨に嫉妬した者たちである。

 そして手乗り図書館が、私固有の術式であると判明した時、声を大にして嘲ってきた者たちだ。


「諸君が賢者であるならば、ただ一人の賢者見習いがどこに行こうと構っている暇はあるまい。己の研究に邁進し、一つでも研究成果を上げるよう努力すべきだと思うが? いや、このビブリオス騎士爵は寛大だ。あえて我が領土、スピーシ大森林に挑み、フィールドワークで研究成果を上げようと言うならば私は歓迎しよう。付いてくる者は?」


 私の問いかけに対し、賢者たちは口を引き結んで後退った。

 さきほどまで賑やかだったのに、急に静かになってしまう。

 皆、ちらちらと視線を交わし合い、真っ赤だった顔から一気に血の気が引いていく。

 なんのことはない。

 スピーシ大森林に、誰も行きたくないのだ。

 怖いのであろう。

 であれば、彼らは真の賢者ではない。


「あれも駄目、これも駄目では話が通らない。どきたまえ。我々は領地に帰るところだ。それとも、身を以って悪魔マルコシアスの力を体験し、自身を教材とするかね?」


 私の言葉を聞いて、賢者たちは真っ青になった。

 そして、一斉にマルコシアスを見た後、蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまったのである。


「……なんだったのだ、今の連中は」


「口ばっかりだったねえ」


 トーガとシーアの感想については、その通り。

 それよりも今は、新しい問題が立ちふさがっている。


「むふーっ! ありがとうございます先輩!! わたし、先輩についてきて本当に良かったです!!」


「止めたまえナオ。あまりにもくっつかれて、身動きが取れない……! くっ、スーパーベビー級とばかり思っていたが、捕縛する力は魔族の血が混じる私を、完璧に捕らえるほどだと……!?」


 その後、ナオの束縛から逃れるために、しばし時間を割いたのである。

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