25話 襲撃と備え
“次なる報告にて、より以上の進展を見せれば、ジーン・ビブリオス騎士爵を准男爵へ任ずる”
謁見の最後に、そんな国王からの言葉を頂戴した私である。
これには、カツオーンも呆れ顔で同意する。
事実、王国の歴史に記されている伝説の悪魔を従えたということで、それなりの褒賞を与えようという話にはなったのだ。
それが、次の報告の如何によって、一代貴族ではない爵位の提示と、開拓のための資金の追加だった。
「順調だ。まさかこれだけの結果を出せるとは思ってもいなかった」
荷物をまとめながら、私が呟く。
すると、ワイルドエルフの兄妹が訝しげな顔をするのだ。
「地位というものを与えられて、どうだというのだ? 年経て力を得れば、従う者はおのずと現れるだろうが」
「だよねえ。私、未だに貨幣っていうのも意味がわかんないんだよね。精霊力も微弱な、金属を磨いたものじゃない。それだって大して精度が高くないし。あれよりは、黒い谷に住むダークドワーフの方が腕がいいでしょ?」
「シーア! 奴らの話をするな! 地の底で燃える岩を使う連中など、口にするだけで森が焼け焦げる」
おっと、独特の言い回しだ。
それに、ダークドワーフとは?
我々が街で見かけるドワーフとは、全く別物なのであろうか。
ワイルドエルフはスピーシ大森林の住人だとされていたが、それは表層だけの話なのだろう。
この秘境には、人類が未だ知らぬ種族やモンスター、あるいは大自然が眠っているのではないか。
「先輩が鼻息を荒くしてます! 記録したいですよね? わたしが代わりに準備しますから、手乗り図書館出しちゃっていいんですよ?」
「そうか。すまんなナオ。感謝する……!!」
私は早速、トーガとシーアの会話を記録し始める。
音声で記録した後、解析して文章に起こすのである。
「またお前は……。物珍しいことがあると、いつもその白い建物を呼び出す。……時に、さっきから思っていたのだが、その腰に下げたものはなんだ……?」
「ああ、これか」
トーガが言ったのは、私が腰から下げている袋である。
「これには、マルコシアスのフンを乾燥させたものが入っている。この粉末が、魔力に反応してその効果を大きくすることは話したと思うが」
「ああ。魔狼め、排泄物まで世の理を狂わせるとは。恐ろしい化物だ」
「次に、君がクレイグを見た時に発見した、闇の精霊とやら。即ちシャドウストーカーだが、これは調べた結果、金属粉を魔力によって、人の形に練り上げた物であることが分かっている。つまり、実体が無いようなものなのだ」
「なんだ、精霊そのものを受肉させたものではないのか。我らはそれを妖精と呼んでいるが」
「そこは、精霊魔法に一日の長があるな。人間の技術は、他の物質を媒介して魔力を擬似的に受肉させるのがせいぜいだ。そしてそれらは、とても不安定なのだよ。シャドウストーカーと言えど、例外ではない」
「あれっ。じゃあ、廊下とか窓にばら撒いてあるの、魔狼のフンなの?」
「シーアも気づいていたか。クレイグの襲撃に備えてあるのだよ。敵の手の内が分かってしまえば、恐ろしいことなど無いからな。こんなこともあろうかと、想定されるすべての侵入経路に粉末を撒いている。この粉末、新しい呼称を考えたのだが、魔狼粉ということでどうか?」
「心底どうでもいい……!」
トーガが呆れ顔を見せた時だ。
我々の傍らの窓が、砕け散った。
「なんだと!?」
「何か入ってきた!?」
トーガとシーアが身構える。
早速の襲撃であろう。
まさか、謁見の間で私を襲わせるわけにはいくまい。
しかし、クレイグは憎き私に顔に泥を塗られた形である。
性格の悪いあの男のこと。
復讐せずにはいられまい。
窓を破って侵入してきた何者かは、姿がよく見えない。
そこだけ、風景が僅かに歪んで見えるだけだ。
それは窓を乗り越え、床に降り立とうとした。
不意に、不可視であった侵入者が点滅した。
透明から、影のような色合いに。そしてまた透明に。
「先輩、なんか見えるんですけど! っていうか、魔力感知でバリバリに見えます!」
「うむ。シャドウストーカーは己の魔力を隠蔽する、暗殺のための魔法生物だ。特殊な金属片を媒介として受肉しているが、いわば魔力が剥き出しの姿をしている。そこに、魔力を増幅するなど、強い働きかけを行なう魔狼粉が撒かれていたらどうなると思うかね?」
「うーん」
ちょっと考えるナオ。
「お前ら! こんな時まで問答をしているんじゃない!! ……いや、なんだ!? 敵の動きが止まった」
「そう。肉体を構成する魔力に乱れが生じる。シャドウストーカーは、厳密な魔力量の計算によってその肉体を作られているのだよ。そこに、過剰なほど魔力を増幅してやればどうなるか」
窓際に立つのは、歪な人の形をした存在である。
それこそがシャドウストーカー。
意思など無く、命令に従うだけの人形であるそれが、膝を突き、顔を覆ってのたうち回る。
「諸君、見たまえ。最強の暗殺者と言われるこの魔法生物すら、正体が分かってしまえばどうということはない。彼の弱点は、魔力量の乱れであり、こうして一つまみの魔狼粉を振りかければ……」
腰の袋から、僅かな魔狼粉をつまみ出す私。
それを、シャドウストーカーの上へと落としていく。
すると、粉に触れた端から、魔力で構成された肉体が爆ぜ、砕け散っていくではないか。
「許容量を超えた魔力は、本体の体を破壊する」
「はい先輩! 錬金術の基本ですね。過ぎたるはなお、及ばざるが如し。事は必要量ちょうどを以て成すべし。わたしも教わりました!」
「そう、その通り! ではナオ、ここからは実践だ。君に魔狼粉を一掴み与えよう。廊下に撒いておいた粉に、他のシャドウストーカーが掛かっているはずだ。駆除してきたまえ」
「まだいるんですね! はい! 分かりましたー!」
ナオは元気に返事をすると、魔狼粉を握りしめて飛び出していった。
「あ、ちょっと待ってナオ! もうー! 走ったらまた転ぶでしょー!」
慌てて、彼女を追いかけていくシーア。
「……全て読んでいたというわけか?」
私に問うトーガ。
「読むも何も。情報が集まれば、次に何が起こるのかは自明の理というものだよ。後は、起こりうる事象に備えればいい。既知の出来事に対しては、これで全て対応ができる。さて、我々も他にシャドウストーカーが来ていないかを確認するぞ。場合によっては、この珍しい魔法生物の残骸などが手に入るかも知れない!」
「実利を兼ねているというわけか……。お前らしい」
もちろんだとも。




