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127話 ビブリオス準男爵領の結婚式

 式の日がやってきた。

 これはセントロー王国全土に告示され、国のあちこちから、全ての貴族が集まることになった。

 なんと、王都からはツナダイン三世陛下もやってきたのである。


 到着した者たちは皆、スピーシ大森林の威容を見て息を呑んだようであった。

 国境全てに、どこまでも広がる広大な森林。

 外から見るだけでも、その多様な植生に驚きを禁じえないであろう。

 通常、森というものは多様な植生を保ったまま、その規模を拡大させることは難しいからだ。

 広葉樹の森はいつか、針葉樹などに入れ替わっていき、森の内部は緑の砂漠とも呼ばれるような、大地に光が届かぬ場所になる。


 だが、スピーシ大森林は違う。

 森の管理者たるワイルドエルフが、森の多様性を保たせたまま森林を維持管理しているからである。

 ここに、自然と人との共存があるのだ。


 ……という私の演説を聞き、並み居る貴族たちはぽかんとしていた。

 ここは、式場。

 ついに完成した、セントロー王国でも指折りの大きさを誇る、万能型の建造物である。


「ビブリオス準男爵……。そこまでにしてはどうだ」


 おずおずと止めてきたのは、王国の大臣、カツオーン。

 彼が、「準男爵、これから始まる式に際し、お主から貴族たちに一言挨拶してはどうだ?」と提案してきたのだ。そこで私は、スピーシ大森林にやってきてより感じていたことを、平易な言葉に乗せて伝えたのである。

 なぜ皆は呆然としているのか。

 解せぬ。


 陛下だけは、大喜びで手を叩いている。

 これを見て、周りの貴族たちも追従の拍手をし始めた。

 ちなみに、ヴァイデンフェラー辺境伯は扉に寄りかかってニヤニヤ笑い、ロネス男爵は肩をすくめ、マドラー男爵はなんとか私の言葉を理解しようとして、目を白黒させている。

 貴族たちも皆、それぞれに個性的な反応を見せる。


 生物的多様性というものだな。


「先輩、違うと思います」


 いつの間にかナオが来ていて、ツッコミを入れてきた。


「違うのか」


「違う気がします」


「そうだろうか」


「なんか自信が無くなってきました」


「では違わないかも知れない」


「そんな気がしてきました」


 というやり取りをしていたら、カツオーンが咳払いした。


「おお、これは、ビブリオス準男爵夫人、ナオではないか! ホムンクルスとして産まれ、ジーンによって魂を与えられ、そしてこの開拓地を作る大いなる助けとなった優秀な女性だ。彼女こそ、ビブリオス準男爵領の象徴に相応しい!」


 私からナオに、話題の中心をそらしたな。

 貴族たちも、とりあえずナオならば褒めやすいということで、わあわあと称賛の言葉を投げかける。

 ナオは大変照れた。


 彼女を横目に、私は貴族たちの中を見回す。

 彼らの顔は、大体覚えている。

 謁見の間にて、貴族が勢揃いした時に二度ほど確認しているからだ。

 その中に、見慣れぬ顔があり、あるべきだというのに来ていない者がいる。


「失礼、大臣。あちらの方は」


「おお、いきなりお主が森の素晴らしさについて演説を始めるから、紹介するタイミングを失っていた」


 カツオーンが招くと、その人物がやってきた。

 よく日に焼けた、くすんだ金髪の男性である。


「こちらは、シサイド王国第二王子、アレクシオス様である」


「アレクシオスです。ビブリオス準男爵! 噂に聞いた通りの方だった。お会いできて光栄です」


 シサイド王国!?

 つい先日まで、我がセントロー王国と小競り合いを繰り返し、戦争の一歩手前まで行っていたはずの国だ。

 その王子が、どうして私の結婚式に?


「大臣、これはいったい」


「お主は、我が国とシサイド王国を救った救世主のようなものなのだ。知らぬのか? 王都では、あのビブリオス準男爵がまたも、大きな働きをしたと噂になっているのだぞ?」


「王都には立ち寄らずに直帰しておりましたからな」


「お主はなあ。陛下に報告するくらいはしておけ」


「次からはそうしましょう」


「そう何度も戦争があってたまるか」


 カツオーンの言葉に、その場にいた一同がどっと笑った。

 陛下もご満悦である。


「ええ、そこでですね。シサイド王国はこれを機に、セントロー王国と正式に国交を持ちたいと思っているのです。ただ、そのためには条件がある。シサイドに、時代を繋ぐための可能性を見せたジーンという男を、一度、国へ招きたいとそう思いましてね」


 アレクシオスが目を光らせた。

 なるほど、シサイド王国の先遣隊は、確かに私の話を国の中枢まで伝えたらしい。

 そしてこの三ヶ月の月日を経て、王国は動きを見せたということだ。


「大臣、よろしいですか」


「わしに聞くな。陛下がこちらにおられるでろう」


「では陛下」


「わはは! 余は『では』扱いか! だが、それでこそビブリオス準男爵だ。良いぞ良いぞ。余は楽しい。……おお、シサイド王国に行っていいかという話であったな? そなた、ちょうどいい機会ではないか」


「機会ですか」


 私は話の筋が分からない。


「そうだ。これより、そなたとナオは結婚する。ならばシサイド王国に新婚旅行に行くがいい。そこで、彼の国が求めることをしてくればよいのだ」


「おお、なるほど」


 私は納得した。 

 それは大変わかりやすい。

 結婚した貴族は、各地に挨拶回りをするため、旅をすることがあるという。

 これを新婚旅行と言うが、私とナオの場合、それは別の国へ行くことになるわけだ。


「そうであったほうが、我々シサイドとしてもありがたい。ビブリオス準男爵から提案された、養殖という案件。こちらについても、細かな指導が必要になりますのでね。よろしく頼みます、準男爵」


 アレクシオスが手を差し出してきた。

 私も、その手を握り返す。


「ああ。私も養殖という、魚を家畜とする産業が生まれる様をこの目で見てみたい。よろしく頼みます」


 私とアレクシオスの手が堅く結ばれると、貴族たちから歓声が上がった。

 どうやら、次なる目的地が決まったようだ。


「ナオ、次は海外だぞ」


「ですね! 楽しみです! でも先輩、わたしたちはこれから大仕事をしないと……!」


「そうだった」


 すっかり、式のことは忘れていたのだった。

 ところで、いない顔について大臣に尋ねそこねてしまった。

 バウスフィールド伯爵家……クレイグが来ていないのだ。






 大地母神の神官、サニーが音頭を取り、ビブリオス準男爵領の結婚式が始まった。

 これは非常に特殊な式になっており、最初の一連の流れを大地母神式、次はワイルドエルフの形式で行うことになっている。

 そのために、式場には仕掛けがしてあるのだとか。


 居並ぶお歴々は、セントロー王国の貴族たち。

 彼らとその連れが、大きな式場の片側を占める。

 そしてもう片側には……。

 ワイルドエルフたちに、リザードマン、ダークドワーフ。

 種族様々な、開拓地の住民たち。


 最初は、この異形の参列客に、貴族たちは難色を示した。

 だが、爵位というものは人間界においてのみ力を発揮するものである。

 人間とは違う者たちにとって、特に意味はない。

 そして開拓地は、人間ではない彼らの力を借りて、今日まで運営されてきた。

 私からすれば、貴族たちなどよりも、彼らこそが重要。

 彼らを前列とし、貴族たちを後列に追いやりたいくらいである。

 だが、そこは貴族の顔を立てて式場を半分に分けることにしたのだ。


 厳かな空気の中、サニーが私とナオを呼ぶ。

 礼服に身を包んだ私が現れると、貴族たちが拍手をした。

 異種族の諸君は、わーっと歓声を上げ盛り上がる。 

 拍手に指笛、精霊が飛び交い、クロクロは宙に向かって祝福の炎のブレスを吹いた。

 唖然とする貴族たち。

 種族によってマナーが違うと言っただろう。


 サニーは慣れたもので、てきぱきと式を進めていく。

 開拓地で鍛え抜かれた彼女の精神は、この程度では全く揺らがないのだ。


「新婦、ナオ」


 サニーに呼ばれ、式場の扉が開いた。 

 そこから、輝くドレスに身を包んだ、美しい新婦が現れる。

 隣に、しかめっ面のトラボー殿がいるので、美姫と野獣、といった構図になる。

 ドレスはナオに合わせてあつらえられ、とても彼女に似合っていた。

 その場に居合わせた誰もが、息を呑む。


 ナオに注目して横に目をやると、歴戦のワイルドエルフすら恐れさせるトラボー殿の凶相がある。

 この落差に、その場にいた誰もが息を呑んだ。


「やめてくれ」


「心臓に悪い」


「なんであれが隣にいるんだ」


「新婦の親代わりらしいぞ」


 種族を超えて、感想は一緒らしいな。

 そして、ナオとトラボー殿が祭壇の前まで歩いてきた。

 ナオが手を解くと、トラボー殿は彼女に何か囁く。

 いや、声が大きいのでよく聞こえる。


「おめでとうナオ! ジーン殿と仲良くな! 子供はすぐ作るのか?」


「師匠デリカシーなさすぎです!!」


 大変台無しなやりとりである。

 だが、我が開拓地らしいとも言えよう。

 貴族たちは唖然とし、異種族たちが大爆笑する。


 そんな賑やかな空気の中、ナオは私の傍らに立った。

 大地母神の御名において、夫婦の愛を誓い合うことになる。


「愛し合い、子を育み、地に満ちよ。今ここに、新しい夫婦が誕生しました。では誓いの口づけを……」


 サニーが言うと、私とナオは困った顔をした。


「なに、そういうものだったか? 口づけはしたことがないのだが」


「あ、わたしもです! えっと、何かマニュアルとか無いですか」


「無いです。さっさとやって!」


 サニーが巻いてくる。

 大変厳しい。

 私とナオは小声で相談した。


「口づけというなら、口と口を付ければ?」


「多分それです! じゃあ、なんかそんな感じでいきましょう先輩」


「よしきた」


 新郎と新婦がぼそぼそ相談を始めたので、会場がちょっとざわめいた。

 だが、次の瞬間には、それっぽい口づけのシーンになる。

 会場が静かになった。


 顔を近づけると、ナオの顔がとても近くなる。


「先輩、なんかぐーっと近づくとお鼻の先端が気になって。わたし目を閉じておきますね!」


「そうか、目を閉じるものかもしれない。それは自然な生体反応だな」


 私も目を閉じ、そして彼女に口づけた。

 前歯があたった。


「痛い!」


「痛い!」


 二人で口を押さえて離れた。


「ここに新たな夫婦が誕生しました! 大地母神よ祝福を!!」


 強引にまとめるサニー。

 剛腕である。

 貴族たちからは、戸惑いがちな拍手が送られた。

 異種族たちは、もうお祭りかというほどの盛り上がりである。


 私とナオは、口をおさえながら彼らに向かって手を振った。

 ちなみに、大地母神式は夫婦が互いにシンボルを交換し合うという形式があるそうなのだが……。


「はいはい、ここから先はエルフ式で行きます」


 サニーが退場し、民族衣装に身を包んだシーアが現れた。

 トーガも一緒だ。


「結ばれた者たちの、精霊力を交換し合う。二人の精霊力は、互いの体を巡り、二人を一つとする。これにより……」


 トーガが言葉を紡ぎながら、私とナオに触れる。

 この場に集った誰に目にも見えたことだろう。

 私とナオから、光るものが取り出された。

 私たちが持つ魔力である。

 これを、トーガは一つにまとめ、混ぜた後に再び二つに分かって我々に戻した。


「二人は一つとなった。祖霊の導きを。精霊の導きを。森はまた、新たなる繋がりを得た」


 トーガが手を掲げると、その動きに合わせ、会場の天井が開いていく。

 それと同時に、ビブリオス男爵領の空に、陽光に勝らんばかりの輝きが宿る。

 大森林から集まったワイルドエルフたちが、空に精霊の輝きを放っているのだ。


「ジーン!」


「森を救ったもの、ジーン!」


「地竜を空へ還したもの、ジーン!」


「地竜の巫女、ナオ!」


「人を繋ぐもの、ナオ!」


「我らは汝ら二人の繋がりを、迎え入れる! 迎え入れることを、喜ぶ!」


 ワイルドエルフたちの唱和が聞こえてきた。

 いや、これにはリザードマンたちの咆哮が、ダークドワーフたちの歓声も混じっている。


 貴族たちはすっかり圧倒されていた。

 陛下は大喜びだ。

 心配になるくらい、大はしゃぎしている。


 さあ、我々の新たなる門出である。

 これは、私とナオだけではない。

 開拓地にとっても、新たなる段階へ踏み出す重要な一歩となるのだ。

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