126話 ナオがドレスに着替えたら2
二ヶ月ほどが経過した。
式場の準備も順調である。
私も、書類仕事の要領をかなり把握しており、午前中のうちに全力で仕事を終え、午後からは研究に全ての時間を充てられるようになってきていた。
これはこれで、女性たちからの受けが悪い。
「なんでナオと一緒にいないのジーンさん!」
「兄貴は人の心が分からないからなあ」
「ジーン、人間の結婚って、もっと一緒にいたりするものだと思ったんだけど」
わけが分からない。
私はいつも通りだぞ。
「諸君は私に一体どうしろと言うのかね」
「ナオと一緒にいてあげたらって言ってるの!」
ということで。
私は研究道具一式をザックに詰め、ナオのところへやってきた。
「あれ、先輩、研究旅行に行くんですか? わたしも行きます!」
ノータイムでついてくるところがナオである。
「いや、研究室を追い出されてしまったのだ。みんなが、私と君は一緒にいるべきだと言ってね」
きょとんとするナオ。
「どうしてでしょう? わたし、いつも先輩と一緒にいると思うんですけど」
「うむ。我々は互いに独自に動くが、ある一定の範囲内には留まっているな」
私とナオ、二人並んで考え込む。
解せぬ。
なぜか遠目でこちらを見ている女子たちが、あちゃーという顔をしているが、あれも解せぬ。
だが、いつまでもこうしている訳には行くまい。
ナオは今、建設現場の前で、メモを取りながらディーンを抱っこしている。
子竜はナオの胸元に頭を預けて、すやすやである。
この隙に、彼女は自分の研究を進めているというわけだ。
「師匠の設計、凄いんですよー。作りながら、問題点が出てきたらその都度直してるんです!」
「設計段階では分からないのか」
「えっとですね。一旦組み上げたのを見てから、外側、内側からの強度をチェックしてるみたいです。それで想定以下の強度だと、そこをちょっと直すんですよ」
「トラボー殿らしい」
私は感心した。
さて、では私も仕事をするとしよう。
ザックから、植物が植えられた鉢を幾つか取り出す。
これらはスピーシ大森林で採取された食べられる植物群。
性質を調べ、農作物として使えないかどうかをチェックするのだ。
「本来ならば、陽の光がない場所でやるのがいいのだが」
「ゴーレム呼んで日陰を作りますか?」
「それだ。頼む」
「はーい」
ナオの好意に甘えることにした。
彼女はポケットから、木製の人形を取り出す。
「ゴーレム、汝に生命を与える。日陰になって」
木の人形は地面に投げ出されると、あっという間に大きくなった。
そして両手を広げ、私の前に日陰を作り出す。
ありがたい。
陽の光を受けると、植物は活性化してしまう。
今はまだ、そうなった植物を研究する段階ではないからな。
二人並んでもくもくと作業を始める。
特に会話は必要ない。
我々は、黙っていても間が持つのである。
そもそも、話題がなければ続かないような相手と、私はここまで親しくはならない。
私にとってナオは、空気のような存在である。
いても気にならないが、いなければそもそも成り立たない。
いつの間にか、彼女の存在は私の中で大きくなっていたようだ。
「……と、いかんいかん。余計なことを考えては」
「先輩? やっぱり、午前中仕事して、午後はずっと研究でお疲れなんじゃないですか?」
「うーむ。体力だけはあるつもりなのだが」
なんとはなしに、内心を彼女に気取られぬよう、話を合わせる。
だが、ナオの瞳はいたずらっぽい輝きを帯びている。
「ああ、でも、先輩にとって研究は息をするみたいなものですもんね。空気みたいな」
ちょうどナオに対して思っていたことを言い当てられたようで、どきりとする。
彼女は、鋭いのか、それとも天然なのか。
そうこうしていると、先日建築した仕立て小屋からドンジャラスが飛び出してきた。
「完成よぉぉぉぉぉぉ!! 完成したわぁぁぁぁぁ!」
飛び跳ねて絶叫するドンジャラス。
これには、近くで土木作業をしていたマスタングも気を引かれたらしい。
「何が完成したんだ、ドンジャラス」
良い質問だ。
それは、職人や賢者が何かを達成した時、一番初めに聞いてほしいことなのだ。
案の定、ドンジャラスは感極まってマスタングに抱きついた。
「うおーっ!?」
「ドレスが完成したのよーっ!! 新婦の体形にぴったり合わせた、フルオーダーメイドのスピーシスパイダーの糸製のドレスが!!」
「へえ……! それって、まだ誰も服として織ったことが無い素材なんだろ? 凄いな!」
ここで称賛を投げかけるとは……。
マスタング、伊達に冒険者パーティのリーダーをやっていた男ではない。
気配りというものがよく分かっている。
「ドンジャラスさん、嬉しそうですねえ」
人が喜んでいると自分も嬉しいというナオは、ニコニコしている。
「うむ。成果を上げた人間が認められる。当たり前のようだが、案外難しいことなのだ。ドンジャラスが何かを成し遂げたことに、我々も祝福を贈ろうではないか」
私も彼女に応じた。
二人でドンジャラスとマスタングに近づき、
「おめでとう」
「おめでとうございます」
と拍手をしていたら、向こうから物凄い勢いで、シーアとアマーリアが走ってきた。
「ちっがーう!!」
「そうじゃないだろ兄貴ーっ!!」
「何が違うのだね?」
心底分からない。
「あのね、ジーン。ドンジャラスが完成したって言ってたのはドレス。ここまでは分かるでしょ?」
「うむ、それは当然だよ。そしてそのドレスがどうしたのかね?」
「これから、この開拓地でドレスを着ることがあるのは誰?」
「ふむ……?」
私は少し考えてから、ナオを見た。
彼女が、微笑みながら首を傾げ、見上げてくる。
「おお、ナオだ」
「はい、ナオです」
「いや、ナオなんだけど、ナオはそういう反応するところじゃないでしょ」
「兄貴、ナオのドレスが完成したって言うんだから、ここはそれを喜んで、見るところじゃないか?」
「そうか、そういうところなのか!」
私は気付きを得て、ポンと手を叩く。
「準男爵! ドレス、完成したわよ! すんばらしい出来だわ……!!」
ドンジャラスは鼻息も荒く、私に迫ってくる。
抱きついてきそうな勢いだ。
ふむ、ここは領主である私も、懐の広さを見せねばなるまい。
「おめでとう、ドンジャラス。来たまえ!」
私が両手を広げると、この優秀なる職人は強烈なハグをしてきたのだった。
ということで、ナオの着替えを待つ。
小屋の外で、周囲に鉢植えを並べながら待っているのだ。
私の膝の上には、なぜか大人しいディーン。
「ピョヨー」
すっかり目を覚ました子竜が、じっと小屋を見つめている。
「お前は男は好かないのだと思っていたが。もしや、巫女として認めるのが女性であるというだけで、敵意がない相手にはそれなりに心を開くのかね」
「ピョ、ピョ」
子竜はまだ赤ちゃんゆえ、人語を話せない。
だが、生まれてから二ヶ月が経過し、我々の言葉を理解する程度の知能は有してきているようだ。
彼、あるいは彼女は、私を見上げてピヨピヨ言う。
うーむ。
子竜の言葉に何か法則性があれば……。
ディーンとそのようなやり取りをしていたので、待機時間は全く苦痛ではなかった。
そもそも、私は待つという行為が得意なのである。
研究とは人事をつくし、結果が出るのをひたすら待つ行為でもあるのだからな。
ということで、いよいよ着替えが終わったらしい。
「お待たせしたわね、花嫁の登場よ!!」
ドンジャラスが小屋の扉を開けて、現れた。
「入ってもいいのかね?」
「どうぞ、準男爵様!」
私は小屋の扉をくぐった。
その中は、今は魔法の明かりが消され、薄暗い。
高いところにある窓から差し込む光だけが頼りだ。
そして、光が照らし出す場所に彼女はいた。
艷やかに輝く、純白のドレス。
大きく盛り上がる胸元を半ばまで覆い、それでいて安定した形状。
ウエストできゅっと細くなりながら、そこから大華のようにふんわりと大きく広がっていくスカート。
むき出しの肩から少し先には、ドレスと同じ素材の長手袋があった。
そのどれにも、我が準男爵領の紋章が、やや異なる白い色合いで縫い込まれている。
「紋章は色付きが良かったかしら?」
「いや、これでいい。なるほど……」
私は歩み出る。
光に照らされ、ピンク色の髪を結い上げた彼女は、こちらを見て首を傾げた。
「先輩……なかなか動きづらいです!」
「ドレスとはそういうものだ。だが、よく似合っている。ふむ……端的に、この状況を表す言葉と言うと……」
私は少し考えた。
薄化粧を施されたナオが、じっと私を見ている。
「そうだな。綺麗だ」
「ありがとうございます」
ナオはちょっと頬を赤らめて微笑んだのだった。




