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125話 ナオがドレスに着替えたら

「あらまあ!!」


 ロネス男爵領から来たという、服飾の職人が甲高い声を上げた。

 ナオの体のサイズを測っている時である。


「どうしたのかね」


「どうしたもこうしたもないわよ! ひぇー、これはドレス作るのが難しいわあ!」


 口ひげが似合う、スラリとした色黒の男性の職人。

 彼は口元に人差し指を当て、腰をふりふりしながらナオの周りを回った。


「難しいですかー」


「難しいわねえ。あなた、胸周りが大きいから、普通の作り方のドレスだと縫製が無理なのね。専用でデザインしないといけないわ。ねえ旦那さん、このお胸を押さえてちょっと小さくしたりは」


「ナオはナオのままがいいと思うが。特に無理をさせる必要はないだろう」


「そうよね、そうよね! お嫁さんのことを思うならそうよね!」


 口ひげの職人、ニヤリと笑いながら私を何度も指差す。


「濃いキャラですわねえ……」


 この要素を、ディーンを抱っこしながら見守っているアスタキシア。

 しみじみと職人に対する感想を呟いた。


「職人とは、己の世界を持ち、その中で実力を上げるために邁進するものだ。少しくらい変わっているのが当たり前ではないかね」


「そう言えばそうですけど」


 口ひげの職人、持ってきた布から何枚かを取り出し、ナオの体に合わせる。

 そして、針で仮止めし、それを遠くから眺めて「んまーっ!」と叫び、全身をツイストさせた。


「どうかね? いけるかね?」


「いけるわね。むしろこの胸を生かしたドレスがいけるわね……!! うおおおお! 創作意欲が湧いてきたわよ!」


 咆哮する職人。

 やる気が出て何よりだ。


「楽しみですねえ、先輩」


「ああ、そうだな。ナオのドレス姿は、私もとても楽しみだ」


 彼女は私の言葉を聞いて、ちょっと赤くなってニコニコしたのだった。





 かくして、時間が流れていく。

 服飾職人氏はドンジャラスと言い、なんと私と同じシャドウとのハーフだった。

 腕はいいのだが、人種的に王都では大きな仕事が回ってこない。

 男爵領で小さな仕事を請け負っていた時、ロネス男爵から、我々の礼服づくりの仕事を依頼されたのだという。

 彼は開拓地に、住み着いていた。

 毎日ナオのところにやって来て、試作品の相談をしている。


 いつの間にか、そこには我が開拓地の人々も集まるようになっていた。

 そう言えば、建築物や農作物はあるが、服飾品などは後回しにしていたな。

 これは有用な技術を持つ人物が移住してきてくれたかも知れない。


「準男爵! ちょっと準男爵!」


「何かね」


 ドンジャラスに呼ばれた私である。

 彼の手には、白い生地で作られた礼服がある。

 これは私も見たことがあるぞ。

 めでたい式に参列する際、身につけるものだ。だが、黒いものが一般的だと思ったが。


「何を言ってるのよ! あなた、ホストじゃなくて式の主役でしょう!? そりゃ、華は花嫁にあるわ。だけど、華の横に立つハズバンドが地味な格好じゃ、彼女が浮いちゃうわ!」


「道理だ。なるほど、確かにその通り。それ故の白い礼服というわけか」


 私は納得した。


「だけどねえ準男爵。服の生地がありきたりなのよ。絹の生地は美しくていいのだけれど、この辺境ではとても手に入りにくいわ。何かこう、ワタシのインスピレーションを爆発させるようなものは無いのかしら!!」


「やる気だな君。職人気質というよりは、芸術家、研究者気質かもしれない。いいだろう、私の伝手を使って探すとしよう」


 私はドンジャラスを引き連れ、ワイルドエルフの集落へ向かった。

 案内はトーガである。


「驚いたな。お前と同じ混ざりものがいたのか。確かにこいつなら、森に入っても文句は言われないだろう」


「光栄だわ! 後であなたにも礼服を作ってあげる!」


「いらん。俺たち試練の民には、あらかじめ定められた正装というものがある」


「んまっ!! 興味があるわ……!!」


 目をギラつかせるドンジャラス。


「君には賢者の素養があるな……! どうだ、服飾の賢者を目指してみないかね」


「えっ、ワタシが賢者……!?」


「やめろジーン! 同類を増やそうとするな!」


 そのようなやり取りをしながら、エルフの通り道を抜けてあっという間に集落へ。

 通り道の、美しい緑色の光景は、ドンジャラスに大いなるインスピレーションを与えたようだった。

 集落に立った彼は、はらはらと涙を流している。


「あー、ワタシ、本当にこの開拓地に来て良かったわ……。今、すっごく幸せ……」


「ああ。この土地は驚きに満ちている。それと同じだけの危険もあるから、注意は必要だがね。さてトーガ、彼が作る服飾に必要な糸というものは……」


 我々を先導しながら、トーガが歩く。

 彼は振り返らずに声だけで応じた。


「絹というのは、お前たち人間が育てた虫の糸なのだろう? ならばこちらにも同じものがある。これは強い精霊力を纏った、蜘蛛の糸を用いたものだ」


「んまっ、蜘蛛の糸!?」


「なにっ、蜘蛛の糸!?」


「……お前たち、どうして似た反応を返してくるんだ」


 それは仕方なかろう。 

 知的好奇心を強く刺激するものに出会った時、人は皆、我を失うものだ。

 少なくとも賢者の塔ではそうだった。


 案内された先は、集落の奥深くである。

 森を掻き分けて進んだ先が、突然開けた。

 そこには、何かがキラキラと輝いている。

 暗い森から、眩しい空間へ。

 私は思わず目を細めた。


「見ろ。これが蜘蛛の糸だ」


 明るさに慣れ、目を見開く。

 私はそれを見て、思わず驚きに声を……。


「んまーっ!!」


 私の分もドンジャラスが叫んでくれた。


「蜘蛛の糸だな、間違いなく……! だが、これほどのスケールとは……!」


 それは、開けた空間いっぱいに張られた蜘蛛の糸だった。

 黄金に輝く、握りこぶしほどの大きさがある蜘蛛が頭上に鎮座している。

 彼らが張り巡らせた巣の大きさは、人間の一般的家屋などやすやすと呑み込んでしまうだろう。


「俺たちはこの糸を使い、正装を作る。強い精霊力が含まれた糸だから、加工には少々コツがいるがな。どうだ?」


 得意げな顔で、トーガが問う。


「どうなんてもんじゃないわよ! 最高だわ!! これ、ワタシが使っちゃっていいのかしら?」


「他でもない、ジーンとナオの服を作るのだろう? ならば、俺たち試練の民が糸を与えない理由は無い。持っていけ」


 こうして、我々は糸を獲得した。

 巻き取られた糸を見て、うっとりするドンジャラス。

 近くまでやって来た蜘蛛に触れたり、インタビューしたりして(なんとこの蜘蛛は言葉を解するのである!)うっとりする私。

 夢心地の時間であった。


 あまりに楽しくて、森の奥に長居しすぎたため、途中でシーアに率いられたナオとカレラがやって来た。


「先輩! 心配で見に来ちゃいました!」


「ジーンさん、仕事仕事ー!!」


「ピュイピュイ」


 子竜のディーンまで一緒か!

 ナオに抱っこされたディーンは、私の服の袖を噛んで離さない。


「あらら、巫女の気持ちを感じ取ったんだねえ。ジーン、ナオをほったらかしにしちゃだめよー」


 シーアがからかうように言った。


「うーむ。実に惜しい。ずっとここで研究をしたい……。だが、私にはやることがある……!!」


 私は断腸の思いで、蜘蛛に別れを告げた。 

 ドンジャラスはしばらくここに残り、糸の織り方をマスターするそうである。

 あのキラキラと輝く布で編まれた礼装。

 ナオが、そのドレスを身に纏うのだ。

 ふむ、これはなかなか、素晴らしいものが見られるのではないか。

 私のことはどうでもいいが。

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