94話 地底の結婚式
村へと到着すると、そこは凄い歓迎ぶりである。
クークー嬢の住むそこは、暴れる牙などの巨大生物の化石に囲まれ、そこに生える苔が、危険な生物を寄せ付けない独特の香気を放っている。
大きな山車が、がらがらと音をたてて登場すると、集落からダークドワーフとリザードマンの子供がわーっと駆け出してきた。
部族をまたぐ結婚式は。この地底世界が断絶されてより、実に十年以上ぶりとなるのだそうだ。
化石の村のリザードマン族長代理は、大柄で少々くたびれた様子の老人である。
彼が進み出て、ドワーフ語で何やら祝辞を述べた。
こちらからは、ダークドワーフの長が出てきて、祝辞を行う。
その後、山車に詰め込まれた結納品が出てくるのである。
「未知の儀式は興奮するものがあるな。結納品という文化は、人間のそれとそう変わらないのだな」
「人間にはそんなものがあるのか。俺たち試練の民にとって、婚姻とは子を作るための一時的な結び付きに過ぎんぞ。まあ、俺たちは子ができにくいから、そのまま百年ばかりつがうことになるのだが」
トーガの解説も興味深い。
ワイルドエルフの結婚は、強い強制力を伴わない結び付きなのだ。
この相手と子を作る、という一時的な契約と言えるだろう。
生まれた子は、集落全体の子として育てられるのだそうだ。
「興味深いですね……! 是非とも、僕もワイルドエルフの集落にお邪魔したい!」
エルフ学の権威たるウニス殿は、今にもよだれを垂らさんばかりの様子である。
「お前たち何をしておるのだ。式に集中せよ」
エルフの話で盛り上がっていたら、ガーシュインに叱られてしまった。
これは意外。
「あっ、クークーさんが出てきましたよ!」
「布と宝石で花嫁衣装を作るんだねえ。かわいい!」
「リザードマンの結婚式だと聞いて、どんなものかと思っていましたけれど、これはこれで素敵ですわねえ……」
「そう? 私はもっと、飾りとか減らして自然な感じが好みだなあ」
女子たちが、花嫁についてわいわいと騒ぐ。
花婿と山車が集落に到着することが、式の始まりを告げる合図なのだ。
緊張した面持ちのクロクロが進み出る。
そして、山車も彼を追って動き出す。
そうか、山車が人間の宗教で言う、祭壇の役割を果たしているのだ。
ちょうど山車が背景になる形で、新郎新婦が向かい合った。
「偉大なる火竜の前で、クロクロはクークーに永遠の契りを誓ウ」
「その誓いをお受けいたします」
ドワーフ語のやり取りを、オブが通訳してくれた。
女性の言葉を訳するとき、彼は大変照れ臭そうであった。
オブはまだ若者だから、そういうものであろう。
「ジーン、わしは女の言葉を訳すなんぞ御免だぞ! 早くドワーフ語を覚えよ!」
「うむ、そうしたいのは山々なのだ。簡単な単語なら覚えたのだが……。おっ、儀式がまた新しいステージに向かうぞ」
「むぎゅっ」
私は前にいたオブを押し退けて、結婚式に注目した。
リザードマンの子供たちが駆け出してきて、鮮やかな色の石を辺りにばらまく。
地底世界レイアスは、黄昏ほどの明るさに包まれており、この光を受けて石はきらきらと輝くのである。
幻想的な光景に、女性陣が歓声をあげた。
自然派な結婚を訴えていたシーアでさえ、輝く石に彩られた式に、目を輝かせる。
「女子とはきらきらしたものが好きなのだな」
「そのようですな。僕は六十年生きてきましたがさっぱり分かりませんね」
「我輩にも分からん」
「お前たち、異なる種族の文化には理解を示すくせに、同族の女が分からないとは、俺はそっちの方が意味不明だ」
トーガがため息をついた。
いよいよ、リザードマンの結婚式もクライマックスとなる。
二人は輝く石に囲まれて、背中を向けあった。
二人の尻尾が触れ合い、絡み合う。
むむっ、これは睦事のメタファーなのではあるまいか。
興味深い。
「どういう意味なんでしょう?」
ナオが分かっていないようで、シーアやアマーリアやアスタキシアに聞いている。
三人は、もごもごと曖昧な返答をした。
純情な女性ばかりである。
ちなみに私はと言うと、結婚式の全図を猛烈な勢いで手乗り図書館に記録している。
地底世界のリザードマンだからこそ生まれた文化。
実に興味深い。
ふんだんに宝石の原石が採れるからこそ、輝く石をばらまくという考えが浮かぶのかもしれない。
新郎新婦の周囲に散らばる石。
それはまるで、二人を太陽として、それを囲む星空を思わせる。
遥か地底の世界に住み着いた彼らが、まるで星の世界を思わせるような式をあげるのである。
「やはり、これには謂れがあるのだろうか」
私が呟くと、オブが頷いた。
「何やらな、やつらリザードマンの長が火竜じゃろ? そやつが伝えた儀式だという話じゃった。まあ、わしらドワーフも、大本は火竜に繋がる種族なんじゃがな。言うなれば、ドワーフとリザードマンは兄弟なのよ」
ルーツを同じくする種族ということであろう。
これについては、様々な種族にも言えることだとされている。
エルフは、獣人やゴブリンとルーツを同じくしている。風のルーツである。
水のルーツには、マーマンやマーメイド、その他多くの水に親しい種族が。
土のルーツは、全ての魔族が含まれる。
私もそういう意味では、土のルーツを持っている。
「先輩先輩」
「なんだね」
ナオが隣にやって来ている。
「わたし、結婚式って初めて見ます! こんなに素敵なんですね!」
「ああ、そういえばそうだったか。うむ。結婚式には、結び付く男女が所属する、二つの社会があらわになる。別々だった二つの社会が、新たな結び付きを経て変質していく大規模な儀式でもあるのだよ。そして、社会を構成するものの代表として、新郎新婦は互いの契りを永遠だと誓うのだ。誓う対象は神であることもあれば、エルフならば精霊、ドワーフなら……なんだね?」
オブに振った。
よく考えると、ここは私が知らないところだ。
「わしらもまた、神様じゃな。火竜への信仰が変化して、火の神として崇めるようになっておるんじゃ。ちなみにこれは、今の代の火竜とは違うぞ。天を焦がし、地を焼いたという最強の火竜、ワイルドファイアじゃ!」
「ああ、その名は私も知っている。ドワーフが作り出す工芸品のモチーフになっている、伝説のドラゴンだな。実在したのかね」
「多分のう。別の世界に渡ることもできたとか、とんでもない逸話ばかりが残っているがのう。わしも半信半疑で、よく村の長老に叱られたわい」
ここで、オブの独白を遮るように、わーっと歓声があがった。
新郎新婦が手と尻尾を取り合って、山車を背にしてこちらに歩いてくる。
そして、新郎は化石の村。新婦はクロクロの集落の方向を向いて、深くお辞儀をした。
顔をあげた二人が並び、我々へと深く頭を下げた。
そこでまた大歓声である。
これが、結婚式のクライマックスであるらしい。
「すてき! 先輩、わたしも結婚式してみたいです!」
「ふむ。確かにこの盛り上がりは、共同体の仲間意識を強める上で実に効果的だろう。それに、儀式的な演出の意味合いも興味深い。私もできることならしてみたいものだな。よし、ナオ。これもまた実学。我が開拓地流の結婚式を作り上げ、我々で実践してみるとしよう」
「やったー!」
ナオが大喜びする。
彼女が新たな知識に触れて喜ぶのは分かるが、それとは喜びの方向が違う気がする。
気のせいか。
「準男爵、分かってるのですかしら……。あれってどうみても」
「プロポーズだよねえ。っていうか、受ける方も『やったーっ』て」
「ま、あの二人らしいんじゃない?」
女子たちの呟きを、シーアが笑いながら収めるのが聞こえたのだった。




