93話 祭礼の山車
ダークドワーフの集落に到着すると、そこは大忙しのようだった。
見たことがない金属の棒を組み合わせて、大きな車が作られている。
車には暴れる牙の骨だとか、ドワーフたちの雑多な発明品や、美しい色をした苔が飾られている。
「これは山車か」
祭りなどがある時に使われる、飾りを付けた車である。
なるほど、どうやらこれは、クロクロとクークー嬢の結婚に用いられるようだ。
「おう、そうじゃ! なかなかのもんじゃろう。これから、あやつらが結婚するでな」
「オブ、君の話では、まだ求婚に行く過程だったように思うが」
「……そうじゃったかのー」
オブがしらばっくれた。
すると、集落からダークドワーフたちが、どやどやとやって来る。
彼らは一斉に、ドワーフ語でオブをどやし始める。
うーむ、私はまだ、ドワーフ語を覚えていないのだが。
「先輩、わたしがちょっとだけ分かるので通訳しますね。えっと」
ナオがやって来て、耳を澄ませる。
「どうやらオブさん、クロクロさんたちとドワーフさんたちが、みんなで相談したり仕事してる時に、地上に遊びに行っちゃったみたいですね。それで、オブさんがお酒を飲んでいる間に、レイアスの方でお話は全部まとまったって言ってます」
「なるほど、そうだったのか」
「あー、これは怒る。みんな怒るわ」
「そうですわねえ……。せめてお手伝いはしませんと」
アマーリアとアスタキシアがため息をつく。
「ああ、だが待て、待ちたまえ。つまりドワーフ諸君がリザードマンの婚礼のための山車を作っているということは、双方の関係は改善されたと見ても?」
私はハッとした。
思わず、手近なダークドワーフに話しかけて確認をする。
彼はびっくりして、こくこくと頷く。
ちなみに互いに言葉は通じていない。
だが、ドワーフ語のリザードマンと、彼らを示す言葉くらいは覚えている。
この二つが使えれば充分である。
「そうか! めでたいことだ。これからドワーフとリザードマンは交流を行い、地底世界における社会も大きく変わっていくことだろう! 素晴らしい!」
私が快哉を上げると、ドワーフたちは一斉に振り返った。
そして、口々に私の名を呼び、真似してわあーっと騒ぎ始めた。
元来、お祭りが好きな人々なのである。
この十年間、彼らは地底に出現した根と、仲違いしたリザードマンとの関係によって抑圧されていた。
そこから解放されたということは、どれだけの喜びであろうか。
「先輩がまた、言葉が通じないのに当たり前みたいな顔してダークドワーフさんたちの中に入り込んでます!!」
「あいつならやるだろう。何も驚くことじゃない。ジーンには偏見というものが無いからな」
「おや、トーガくん、随分ジーン殿のことを知っているのですなあ。僕は年のせいか、人のイメージを変えることがなかなか難しくてですね」
トーガとウニス殿が会話している。
珍しい組み合わせだ。
外見は開拓地の賢者で一番若いウニス殿が年の話をしたために、ガーシュインが微妙な顔をしている。
ちなみに彼はハーフエルフだから若くみえるだけで、年齢は六十歳を超えている。
私が三十で、トラボー殿が四十代後半だから、最年長なのである。
さて、そのようなわけで、我々は地底の結婚式に参加させてもらうことになった。
ナオが建築学とゴーレムを使い、山車の作成を手伝う。
「これ、下は車ですけど、上の方は建物の作り方ですね。師匠が見たら喜んだかもですねえ」
「山車は結婚式の後も、しばらく飾られるそうだ。後々、トラボー殿を連れてきて見に来るといい」
「そうですね! 師匠、なんか新しい仕事を見つけたみたいで、今はかかりきりなんですよねえ。先輩の助けになることだぞって言って」
「ほう、なんだろうか」
あの御仁が考えつくことは、時折想像できないものになる。
そもそも、優秀な賢者は独自の考えを持って生きているので、誰もその頭の中を理解できない、とは言われているのである。
セントロー王国は学術が盛んだが、学術の先駆者たる賢者が極めてトリッキーな思考の人物ばかりなので、なかなか学問が広がらないまま千年が経過しているのだ。
ナオと我々の手伝いもあり、山車は早々に完成した。
そこへ、川向こうからリザードマンの一行がやってくる。
先頭は、真っ赤な鱗の巨体。
クロクロである。
「おお、ジーン! 久しいナ」
「君が結婚すると聞いてね。クークー嬢とかね。良かったな」
歩み寄って彼の肩を叩くと、クロクロは目を細めてしゅるしゅると舌を出し入れする。
これは照れているのだ。
「お前も呼ぼうかと思ったガ、ゼフィロシアは遠イ。どうしたものかと思っている内に式の日になってしまっタ。だが、やって来てくれて嬉しいゾ」
「めぐり合わせのようなものかも知れないな。私も、友のめでたい日を祝えることが嬉しいよ」
我々は笑いあい、再会を喜んだ。
そしていよいよ、山車を引いて出発である。
家畜化した、苔喰らいという巨大カエルのような生物が、山車を引っ張っていく。
途中、暴れる牙と遭遇した。
直立した巨大な肉食トカゲといった外見のこの猛獣は、ドラゴンの血を引く生物で、亜竜と呼ばれる。
知能が低く、食欲旺盛で何にでも食らいつくのだが……。
「ナオ、ポーションシューターを出してくれ」
「はい、先輩!」
まだ距離は離れているが、こちらを認識したらしい暴れる牙に、シューターを向ける。
「ジーン、それは大きな物を飛ばす弩だろう。この距離では届かないぞ」
「分かっているさトーガ。だが、今回は届かせる必要はない。希望を言うなら、こちらから向こうに向かって風を吹かせてもらえると嬉しい」
「俺たちのにおいをわざわざくれてやるのか? 理解できん男だ」
そう言いながらも、トーガは精霊魔法で風を吹かせる。
隣でシーアも同じようにして、それなりの勢いの風が吹いた。
これに合わせて、私はポーションシューターを撃つ。
放たれた陶器の小瓶は風に乗り、暴れる牙の目の前まで行って、落下し割れた。
そこから漏れるのは、アロマの香りである。
暴れる牙の悲鳴が聞こえた。
「なるほど、お前、またにおいを使ったな! だが、直接振りかけないとは、優しくなったものだ」
「暴れる牙もまた、この地底世界を構成する重要な生物だからね。彼らも、ドワーフやリザードマンに近づけば、強いにおいで撃退されると学習すれば、襲ってこなくなるかも知れないぞ」
「そんなものか」
そうかも知れないし、そうでないかも知れない。
だが、逃げ去っていく暴れる牙は、軽快に走り去っていく。
飢えてはいないようだ。
地底世界の生態系が、正常に機能しているのだろう。
クークー嬢の集落が近づく頃に、クロクロは一旦立ち止まった。
彼は既に、結婚のための装いをしている。
骨の装飾品を身に纏い、顔には金属を含んだ泥で化粧を施している。
なかなか見栄えのするいい男である。
「本当に大丈夫だろうカ」
心配になったらしい。
「クロクロ。君はいい男だぞ。自信を持って行きたまえ。私が保証する」
「兄貴が保証してもなあ」
「準男爵に保証されてもですわねえ」
「ジーンが保証してもねー」
「先輩の保証なら完璧ですね!」
「えっ」
後ろが騒がしい。
「俺もジーンと同じ意見だ。クロクロ、お前は自信を持て。二つの部族を繋ぐ役割は、お前にしか果たせないんだ」
トーガが、クロクロを励ました。
ともに、プリミティブな生活様式を持つ種族同士、通じるものがあるようだ。
そうか、彼らにとっての結婚とは、家と家が繋がるという意味以上に、部族と部族が繋がる意味を持っているのだ。
責任の重大さは、国と国をまたいだ王族の婚姻に匹敵するな。
それは緊張もするだろう。
「全く、何を今更自信なさそうな顔をしとるんじゃ! いいかクロクロ! わしは全くモテんが、自信いっぱいに生きておる! お主はモテモテじゃろうが! 自信を持て!」
「オブから説得力を感じるぞ」
「感じなくていいわい! ジーン! そんな目でわしを見るな!」
我々のやり取りを見て、クロクロが目を細めた。
笑ったようだ。
「そうだナ。クロクロらしくもなく、弱気になっタ。クロクロは胸を張って、クークーを迎えに行ク」
それでこそ、リザードマンの代表、クロクロである。
この先で行われる、クロクロとクークー嬢の結婚式が楽しみだ。




