(18) 呼び出し。
コンコン、と自室のドアをノックする音が聞こえてきたため、ヴァルトはすぐに、周りに落としていた創作魔法で作った宝石類などをアイテムボックスの中へと仕舞い込んでから、ノックの主に対して入室の許可を出す。
するとドアを開けて姿を見せたのは、黒い光沢のある薄生地で飾り気が少ないワンピースとタイツに、襟が大きな白いワイシャツを合わせた服装をしたティアナであった。
「どうしたの?」
ヴァルトが問うと、ティアナがドアを開けたまま、部屋の中までは入らずに要件を口にする。
「もうとっくに講義の時間だよ。
エスメファルティナ先生が、ずっと講義室でヴァルトが来るのを待ってる」
「おや、もうそんな時間なのか。
ありがとう。すぐに行くから、ティアナは先に行っててくれていいよ」
そういうと、ティアナは首を横に振る。
「ううん、わたしも一緒にいく。
それとヴァルト、講義が終わったら稽古に付き合ってくれない?」
「昼食の後の自由時間にだよね?
稽古か……あまり身体を動かすのは好きじゃないんだけど」
「わたしも魔法の講義は苦手……エスメファルティナ先生の説明のひとつひとつはわかりやすいけど、それらを纏めて術式を一から自分で組み立てるというのは、難しいし」
そう言ったティアナからは、少し憂鬱そうな様子を見えた。
ティアナは頭の回転は速く理解力も高いようなのだが、理論より行動派のようで身体を動かす方が性に合っているらしい。
「そんなに気にしなくていいと思うけどな。
まだ学び始めて2日では、一般的には術式の組み立てどころか構築術式文を暗記すらできないものだよ。
ティアナはむしろ理解が早くて、才能があるほうだと思うけど」
「でもヴァルトは、いろんな構築術式文を自在に操作し、魔法だって実行できてるし」
「そりゃあ、経験年数が違うからね」
それにアスファリアからの加護による、魔力の制御能力補助のこともある。
覚醒てからの魔法の制御は、それ以前に比べると、まったくこれっぽっちも意識する必要がない。まるで腕や指を動かすように自然なレベルで魔力を直接制御することが可能であった。
さらに、ヴァルトたちがエスメファルティナから学んでいる『魔法』とは、様々な意味合いを持つ構築術式魔法というものを用いるのではあるが、その魔法の構造は、前世のコンピュータプログラミングと同じように手順を正しく記述し、稼働させるという内容だった。なので前世において趣味でプログラミングをしていたことがあったため、その知識と照らし合わせただけで、魔法の術式の構文については一気に理解が進んでいる。
「そうだとしても、ヴァルトはなんでもできていてすごい……だから、早く追いつきたいし」
ティアナがボソッと呟いた後半の言葉は、廊下に出て歩き出したヴァルトには聞こえなかった。
ドアを閉め遅れて歩き出したティアナに、ヴァルトは講義室に向けて歩きながら話しかける。
「なんでもできるって訳じゃないよ?」
「そんなことはない。
わたしに負けない戦闘力があるし、魔法も全属性扱えるよね。それに、初対面の時の状況を思い出してみれば、頭も回るのは間違いないし。…………しかも見た目まですごくかわいい」
ティアナが最後に、ヴァルトの見た目について言及してきたため、つい、窓へと視線を向けてしまう。
ヴァルトが視線を向けた窓に映っていたのは、柔らかな金髪を肩まで伸ばし、若干のグラデーションカットと毛先に軽くシャギーがかけられた髪型の、目鼻立ちが整った少女でも通りそうな顔立ちであるヴァルト自身の姿だった。
たしかにこれで男の服装ではなくドレスでも着ていようものなら、ヴァルトのことを知らない相手には貴族の令嬢のように勘違いされそうてしまいそうなので、「可愛い」という形容詞がつけられても仕方がない容姿ではあるのだろう。
とはいえ、そんな顔だちなども女神の加護のおかげかも、と考えると、若干微妙な気分である。
ひとまず、そんな自身の気持ちを苦笑してヴァルトはごまかし、ティアナに向いて微笑みかけながら、
「とにかくティアナは焦らなくていいとおもうよ。
まだまだ時間はあるんだし、ひとつひとつ、きちんと確認し、扱い方を憶えて身に着けていけばいいんだからさ」
と、彼女を励ますように、また自分自身に言い聞かせるようにして歩き出す。
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