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私は、友人のセックスが笑えない。

以前、無根拠を悩む若者がいた。織田信長は居たのかどうかと考えたそうだ。本に書いてある、自称、有楽の子孫がしゃべっている、昔うちの寺へ訪れたと高級自動車を転がす坊さんが御高説をのたまっている。どれも根拠が薄い。


信長が居た事が無根拠なら、なぜ性交するのか。それらが子孫であり続ける根拠は。よしんばゲノムではなくミームだと言えても明治の御一新ではないのか。


それで悩んだ番場くん、その若者は子を残すと言う。子は大きなバン、番場大きなバンと名付けるそうだ。川へ流して、やがて我々と似た知能生物が推測し、認識し、拾い育てることになる。


彼に比べて私のごときは地球人のくせに地球人の尻を追い掛け回すしか能の無いホモセクシャルではないか。アンジェリカ、ノーマ、リリアーナ、今まで付き合った地球人には申し訳ないけれど、落ち葉を掃くだけの、埃を拭くだけの、アクメを提供するだけの、日は昇り日は沈むだけの、「運行」に過ぎない事を私は無意識に察知してしまったから、空虚しか感じなかったのかもしれない。


番場くんの子の前では、何の価値も意味も持たない。死んだ親や子、生き残った子らさえ、等しく生存する意義も値打ちも、根拠を持たない。牛歩戦術、たらい回しで時間を空費させるしか、生き残ってしまった人へ提供しないのは、やさしさだ。家族や友達を失った者へ、織田信長は居たかどうか、言ってはならない。

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