18、補足
第二期の作家がエッセーかなんかで影響を受けた作品を挙げて、事後的にそれら一期作品からジャンル成分を絞って見て、面白さ15と推理した。それでその作家の頭の中はどうなっているか、だ。
不満を解消する能力より、新しい喜びを偶然に見出す能力だろうと私は予想した。「基準を元に作業する」でなく「作業を元に基準を見出す」だ。それなら儲けが薄いので競争の中では芽吹かない。市場コンテンツ特有の、新しい芽が出ず表面の装いにばかり注力する結果の倦怠感が蔓延する状態とも矛盾しない。
パトロンによる保護か、割の良いバイトか、作家が一定期間だけでも腰を据える必要がある。現代マーケットの内側ではもう出来ない事だと思う。
地に辛い戦略へ褒賞を集中させると、大胆な模様を作る戦略は育たない。升田賞でもやらない限り、遊びの中で育てて行くしかないのである。それは別のルール別の競技を創建する事と似ている。写真から活動写真を、一コマ漫画から劇画を作るような。
それで選別の対象、知育玩具として、石や波のような、マーケット基準から充分に離れた、値段の薄い、基準の曖昧な、どこにでも多量に在る、「普遍」と対面するが良かろうと考えた。
ミクロとマクロの勘違い、局所最適戦略の蔓延による地盤沈下。打破する為には報酬を与えるしかない、交換価値、使用価値、報酬をどうするか、製造価値の提案で腕を引くしかないように思う。報酬者が滅びても、与え続けることができる。
小説の作法やテクニックを言う時、核戦争以降どのように人類と小説がシェルター内に在るのかを考えなければいけない。そうでなければ只のお為ごかしだ、自己まんアドヴァイスだ。文明の崩壊してメカや商売の亡びるのに、どうして小説の亡びずにいられましょうか。いいえ、小説は永遠偏にブルーです。




