プロローグ 転生したらネズミでした。
降魔戦争・九州解放作戦――鹿児島掃討作戦
――降魔戦争、大戦末期。
九州解放作戦。
その中でも、鹿児島掃討作戦は激戦地の一つだった。
国民防衛第301師団。
第1連隊。
第2大隊。
獣人第1歩兵中隊。
そして、その中の第3小隊。
彼らが守っているのは、丘の上に築かれた巨大なコンクリート要塞だった。
その名も――トーチカ。
ただし、普通のトーチカではない。
これは大戦初期、九州防衛線を構築するために造られた大型複合トーチカだった。
第1歩兵中隊、約100名が収容可能。
厚い鉄筋コンクリートの壁。
地下兵員区画。
弾薬庫。
医務室。
食料庫。
指揮所。
そして複数の機関銃陣地。
丘そのものを要塞化したような巨大な防御施設だった。
その内部で、一人の少女が目を覚ました。
「…………」
真白は、ゆっくりと目を開けた。
暗い。
コンクリートの壁。
土と油、それに火薬の匂い。
どこか遠くで、機関銃の音が聞こえる。
――ダダダダダッ。
「…………?」
真白は身体を起こした。
そして、自分の手を見た。
白い毛。
小さな手。
「……え?」
頬を触る。
毛がある。
頭に手をやる。
丸い耳。
「…………」
恐る恐る自分の身体を見る。
白い毛。
小さな身体。
細い腕。
短い脚。
そして――
「ネズミ?」
自分の口から出た声に、真白自身が驚いた。
「なんじゃこりゃー!」
叫び声がトーチカの中に響いた。
「ん……」
隣で寝ていた茶色い毛玉が動いた。
「真白……起きてるの?」
眠そうな声。
振り向く。
そこには――
茶色い毛。
犬のような耳。
小さな鼻。
どう見てもチワワ。
ただし、人間のように二本足で立つ獣人だった。
「……誰?」
「茶々」
「茶々?」
「うん」
茶々は眠そうに目をこする。
「真白、寝ないと」
「いやいやいや!」
真白は慌てて周囲を見回した。
周りにも獣人がいる。
犬。
猫。
狐。
兎。
そして自分と同じような獣人。
ざっと二十人ほどが、毛布に包まれて眠っていた。
壁際には銃。
弾薬箱。
機関銃。
装備品。
「ここ……どこ?」
「トーチカ」
「トーチカ?」
「そう」
茶々は欠伸をする。
「映画に出てくるやつみたいな建物」
「映画?」
「うん」
茶々は壁にもたれながら言った。
「大戦初期に作られたんだって」
「このトーチカなら第1歩兵中隊の全員、百人くらい入れるよ」
「……百人?」
真白は絶句した。
「なんでそんなものの中に私が?」
茶々は首を傾げた。
「戦争だから?」
「戦争!?」
「うん」
茶々は何でもないことのように答えた。
「明日も敵が来るから」
「…………」
「寝ないと銃撃てなくて死ぬよ」
「…………」
真白は固まった。
「敵って……?」
茶々は眠そうに答える。
「魚人」
「魚人!?」
「そう」
「魚人って、あの魚みたいな?」
「たぶん」
「たぶん!?」
茶々はもう横になっていた。
「夜勤の連中が頑張ってるから」
「あと二時間くらい寝られるよ」
「だから寝よう」
「…………」
遠くで銃声が響く。
――ダダダダダッ。
砲撃音。
――ドォォン!
地面が僅かに揺れる。
「…………」
真白は頭を抱えた。
自分は向こうの世界で、会社を経営していた。
それなりに成功した。
部下もいた。
立派な社長室もあった。
スーツを着て、会議をして、酒を飲み、仕事をしていた。
それが――。
「なんで私……」
白い毛のネズミ獣人になって。
「銃まで持ってるの……?」
目の前には軍用銃。
そして隣にはチワワ。
「…………」
茶々はすでに寝ていた。
「…………私も寝よう」
あまりにも眠かった。
考えることすら疲れてしまった。
真白は毛布にくるまる。
そして目を閉じた。
⸻
朝
――ドォォォォン!
「敵襲!」
轟音と怒号で、真白は飛び起きた。
「来たぞ!」
「配置につけ!」
「機銃準備!」
トーチカの中が一気に動き出す。
兵士たちが立ち上がる。
弾薬箱が開かれる。
機関銃が銃座へ運ばれる。
真白も何が何だか分からないまま立ち上がった。
そして銃眼から外を見た。
「…………」
言葉が出なかった。
丘の下。
その先。
さらにその先。
大地を埋め尽くすように――
魚人。
魚人。
魚人。
魚人。
ざっと見ても、5000体近い魚人が押し寄せていた。
「ウラーーーーーーッ!」
魚人たちが一斉に雄叫びを上げる。
それは人間の「ウラー」とは違う。
魚人たちが敵陣へ突撃するときに発する、独特の咆哮だった。
「ウラーーーーーッ!」
「来たぁぁぁ!」
トーチカの中から兵士たちの怒号が響く。
その隣で、茶々が立ち上がった。
「来たかぁぁぁ!」
茶々は大型の機関銃を銃座へ据えた。
ベルト給弾式のM60。
その横には、一人の少女がいる。
黒髪。
猫耳。
大きな瞳。
アイドルのような整った顔立ち。
美少女としか言いようのない姿。
名前は――黒音。
黒音は茶々の横で、M60へ給弾ベルトで弾を送り込んでいた。
「茶々!」
「なに!」
「ブッコロちゃんでガンガンブッコロセー!」
「…………」
茶々が振り返る。
「何ブッコロちゃんって?」
黒音は満面の笑顔だった。
「茶々だからチャチャ!」
「うん」
「敵をブッコロするから――」
黒音は拳を握った。
「ブッコロちゃん!」
「意味分かんない!」
「いいから撃てー!」
「私は茶々!」
――ダダダダダダダダダッ!
M60が火を噴いた。
「死ねぇぇぇ! 魚人ども!」
茶々が叫ぶ。
「地獄に落ちろぉぉぉ!」
黒音がベルトを送り込む。
「ブッコロちゃん、ガンガンいけー!」
「だから私は茶々!」
「アメ公のくれたM60だから弾、まだまだあるぞー!」
――ダダダダダダダダダッ!
M60の轟音がトーチカを震わせる。
真白は耳を塞ぎながら叫んだ。
「ちょっと待って!」
黒音が振り返る。
「真白!」
「何!?」
「弾持ってきて!」
「私!?」
「そう!」
「なんで私が!?」
「新兵だから!」
「いつ新兵になったのよ!」
黒音は笑っている。
「今!」
「横暴すぎる!」
真白は仕方なく弾薬箱へ走った。
その間にもM60は撃ち続ける。
――ダダダダダダダダダッ!
丘の下で魚人たちが次々と倒れていく。
だが、それでも後ろから新しい魚人が押し寄せる。
ザッと5000。
それ以上いるようにも見える。
「…………」
真白は呆然とした。
これが戦争。
これがこの世界。
昨日まで会社の社長だった自分が、今日は銃弾を運んでいる。
「なんなのよ……」
そのとき。
茶々が叫んだ。
「熱い!」
「え?」
「銃身が熱い!」
M60の銃身から白い煙が上がっている。
「熱が! 熱がぁ!」
黒音が叫ぶ。
「まだ撃てる!」
「無理!」
茶々が銃身を見る。
「機銃が持たん!」
そして真白を見る。
「真白!」
「なに!?」
「ションベンかけろ!」
「はぁ!?」
「機銃が熱い!」
「どんなプレイだよ!」
黒音が爆笑する。
「真白、最高!」
「笑ってないで水!」
「水!」
「最初から水って言ってよ!」
真白は水筒を掴む。
黒音は笑いながら弾帯を送り続ける。
茶々は再びM60を構えた。
「よし!」
――ダダダダダダダダダッ!
機関銃が再び吠える。
真白は銃眼の外を見る。
丘の下では、魚人の群れが次々と倒れていく。
しかし。
まだ来る。
まだ来る。
まだ来る。
砲撃。
銃声。
爆発。
怒号。
魚人の雄叫び。
そして、機関銃の轟音。
真白は震えながら思った。
自分の知っている世界とは、あまりにも違う。
昨日までの自分は社長だった。
それが今は――
白いネズミ獣人。
戦場。
銃。
魚人5000体。
隣には、チワワ獣人の茶々。
そして、アイドルみたいな猫耳美少女の黒音。
「…………」
真白は呟いた。
「なんだよ……この世界」
また爆発が起きた。
――ドォォォォン!
トーチカが揺れる。
茶々が叫ぶ。
「真白! 弾!」
「はい!」
真白は弾薬箱を抱えた。
そして丘の下を見る。
どこまでも続く魚人の群れ。
「…………」
真白は思った。
この世界――地獄じゃん。




