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王位継承者の恋  作者: 穴澤 空@コミカライズ開始/ピッコマ連載完結!掲載中


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第40話 ザルフェノンからの手紙

 メイアルンに新しく湧出した温泉をめぐり、役人と領地の有力者たちは議論を戦わせていた。とはいえそれは険悪なものではなく、より有効に資源を活用する為の方法を模索する、前向きな会議だ。

 ある程度の目処がついたところで午前中の会議が終了し、昼食となった。

 休憩の為席を外したエリアノアは、手紙鳥が来たことに気が付く。


「あら、ホルトアからね」


 ソファに座り、マルアが淹れた紅茶を飲みながらそれを読み進めた。その表情がだんだんと曇っていく。

 その様子を見ていたラズロルが、心配そうに向かいのソファに座った。すぐに紅茶が用意される。彼に気付いたエリアノアは、手にしていた手紙をラズロルの方へ向けた。


「ラズ……。これを」

「俺が読んでも良いのか?」

「ええ。あなたも気にかけていたことだから」


 エリアノアの言葉に片眉をあげ、小さく頷きながらそれを受け取る。


「先日の手紙には、ソラリアム殿やガジュアト殿と出会ったことや、神殿の事が書いてあったけど……。今回は」


 ぱらりと手紙を開く。エリアノアの時と同じ様に、ラズロルの表情も曇っていった。眉間のシワが深くなる。

 届いた手紙には、ザルフェノンの領地の事が書かれてあった。



   *



 ザルフェノンは王国の西に位置する。エリアノアたちの父、ファトゥール公爵が治める第二王都ファトゥールのすぐ隣にあり、良質なスパイスの産地としても有名だった。

 そんなザルフェノンのスパイスに異変が起きたことに周辺領地が気付いたのは、一年ほど前だ。大口の取引先であるジョコダからは、取引自体を断られるようになったという。


 エリアノアからの依頼を元に、ザルフェノンに到着するまでにホルトアが最初に手に入れた情報は、その程度であった。


「それにしても、一緒に来なくても良かったのに」

「いや、ホルトアの姉君の依頼に興味を惹いてね」

「エリーの事が?」

「名前を言うのもおそれ多い。俺なんかが逆立ちしたって、手に触れることすら許されないお方だぞ」

「僕には散々触れているのに?」

「ホルトアは男だろう。淑女、それも第一王子の婚約者だったお方に触れたら、首が飛ぶ」


 すっかりホルトアと仲が良くなったムールアトの息子は、声を上げて軽やかに笑う。そうして目を細め、言葉を続けた。


「物事は正確に、事実を述べねばならないな」

「なんだ。不正確だったのか、仮説だらけだったのか」

「いや、軽口さ。俺が一緒にザルフェノンに行こうと思ったのは、メイアルン子爵の慧眼によるところ」

「今度はエリーのことを、メイアルン子爵ときたか」

「お会いした事がないからな。ホルトアから聞く話だと、公爵令嬢(レディ)というよりも、(ロード)という方がしっくりくる」

「なかなかの褒め言葉だ」

「そうだろう?」


 顔を見合わせ、二人はニヤリと笑みを浮かべる。


「それで?」

「ポイントは、ザルフェノンのスパイスの変化さ。香りがむせ返るほど高いと言うだろう。それについて、ザルフェノンほどのスパイスの名産地の人間が、手を打たない事自体がおかしい」

「それは確かに」


 彼らが乗る船は、すでにファトム諸島を過ぎている。船でマドルチア公爵領ルシマンドに入り、そこから水路でザルフェノンへと向かう。四日ほどの旅程だ。ホルトアの侍女としてつくユキアはいるが、基本的に男所帯である。そのユキアとて、侍女という名の武人だ。強行軍での移動となった。

 やがて船はザルフェノン領の、マジャリの木が見える場所まで到着する。


「ついに到着か。ソラムは来たことはあるのか?」

「いや、初めてだ。確かこのザルフェノン男爵夫人はマイハルン出身だとか」


 ソラリアムの言葉に、ホルトアが頷く。

 船着き場に到着した一行は、近くの宿に宿泊することにした。

 荷を下ろすと、すぐに街に視察に出る。


 日は中天に昇り、街の端々までよく見渡せた。沿道のあちらこちらに、家々のそこここに、赤い花が咲く。それが風にそよぎ、花弁を揺らせた。

 それが街道沿いに延々と続き、赤い線のように見える。


「へぇ。見たことのない花だな」


 ホルトアののんきな言葉に対し、ソラリアムの表情は険しくなる。


「その花に素手で触らないように」

「! 毒花なのか?」

「ある種の……」


 ソラリアムは、ポケットから白い綿の手袋を取り出す。道端の花を根本から丁寧に取り出し、同じく白い綿のハンカチで包んだ。

 持っていた鞄にそれをしまうと、周囲を見渡す。


「人の動きが緩慢だな」

「ソラムもそう思うか。人によっては目元も」

「ああ、虚空を見ている目だ──スパイスの畑に向かおう」

「そうだな。日が高いうちに」


 ザシオネが少し先に向かう。何か異変がないかを探り、二人を呼び寄せた。

 その場に到着したユキアを含む三名は、スパイス畑を見て絶句する。


「これは殆ど、あの花の畑じゃないか」


 ユキアが驚きのあまり声を出したのも、当然だろう。

 スパイスが栽培されている筈の畑には、この領地に入ってから目にしないことはない花が、びっしりと植えられていた。

 道や家に咲いていたものよりも、赤色が強い。


「ホルトア。一度宿に帰ろう。できるだけ早くに話したいことがある」

「……わかった。二人に調べさせることは、なにかあるか?」

「できれば街の人の様子をもう少し。皆この花にはけして触れないで欲しい」


 彼の言葉に一同が頷く。青空に映えた赤い花が、美しかった。



   *



「端的に言うと、あの花は麻薬のようなものなんだ」


 人払いをした部屋の中でソラリアムが口にした言葉に、ホルトアは眉をしかめる。


「ホルトアはあの花を見たことがないと、言っていただろう」

「ああ」

「それは当然なんだ。あの花は、マイハルンの神殿で交配させてきたものなのだから」

「それが何で」

「俺にもわからない。考えられるのは、誰かが神殿からあの種を持ち出した、ってことくらいさ」


 ソラリアムが言うには、マイハルンの中でも流通はしておらず、処方によって、幻覚を見せたり言うことを聞かせたりと、脳への刺激は異なるという。

 それを神殿が意のままに使い、国を牛耳っている。



「ザルフェノン男爵の妻は、マイハルン出身だ。神殿関係者という可能性が高いか」

「ああ。でもあの花は神殿巫女しか扱えない筈──。神殿巫女の婚姻となれば、国家間の取り決めが必要じゃないのか」

「彼の妻が神殿巫女だという申請はなかった。身分を隠して結婚。それ自体が文書偽造及び貴族間婚姻報告偽証罪だ。でも、神殿巫女が、っていうところに、マイハルンの神殿の意図がないのか疑わしいな」


 マイハルンの神殿が、その巫女をザルフェノン男爵の妻にすべく身分を隠し出奔したように見せかける。その娘にはまるで呪いのような花の種を持たせ、他国をじわりじわりと侵略していく。

 そんなストーリーが脳裏に浮かぶ。だが、それにしては少々杜撰だ。だとすれば、神殿は関係がないのだろうか。


「ザルフェノン男爵の妻の出自は、公的にはなんだったか……」


 必死で脳内の辞書をめくる。ようやく辿り着いたページには、おぼろげながら夫妻の顔と共に、彼女の出自が浮かんできた。


「ポルトミアム一代男爵家」

「ポルトミアム? 聞いた覚えがない」

「一代男爵だからか」

「ああ、そうかもしれないな。ということは、爵位はないも同然か。でっち上げの家系にするには十二分だ」


 一代男爵とは、代々に繋がる爵位ではなく、当主一代にのみ認められた爵位だ。通常何某かの功績をあげた者に与えられる。嫡出子がいたとしても、男爵位を継ぐことはできない為、貴族とは名ばかりであった。


「新しく叙勲するには領民の用意なども必要だろうが、一代爵位であれば不要だ。そのくらい、あの国の神殿なら簡単に叙勲させることもできるだろう」


 ソラリアムの言葉にホルトアが頷くと、折よく偵察に回っていた二人が戻ってきた。共に不愉快そうな顔を隠しもしない。


「主人の前なんだから、もう少し取り繕えよ」


 苦笑するホルトアが、二人に席を勧める。それを固辞し、ホルトアの前に跪いた。それを見て、彼ら二人も居住まいをただす。


「──どうした」

「おそれながら。領民は多くの者たちの瞳が虚ろでございました。はっきりとした目をしている者は、今度は表情がやけに緩んでおります」

「ユキアに続き、僭越ながら進言いたします。今すぐにこの宿を出立すべきかと」


 この宿の人間はだれもが緩んだ表情であった。それは愛想の良い商人であると認識していたが、すでに花の影響を受けている可能性がある。

 敵意は感じないが、万一の事を考えれば、主の身を守る為にすぐにこの場を離れるべきだと、二人は考えたのだろう。

 その考えを素直にホルトアは受け入れた。


「ソラム、この領地でもっと見ておくことはあるか? 君が誰よりもこの花の症状に詳しい」

「いや、今のところはこれで十分だ。彼らの言う通り、できるだけ早くこの領地を出よう」


 急ぎ、身支度をする。宿には一泊分の料金を支払い、急用ができたと告げて船に乗り込んだ。


「ホルトア。俺はこの花の解毒剤を作ろうかと思うんだが」

「作れるのか!」

「ああ。何度かマイハレーニアで、ガジュアト殿と共に作ったことがある。あの街でも、この症状の人間はいたんだ。家族が異変に気付き、ガジュアト殿のところに密かに連れてきていた。──この花は麻薬とは違って、解毒剤で神経への影響を消すことができる」

「──ソラム」


 ソラリアムの言を聞き、ホルトアが考えるそぶりをする。ほんの数秒ではあるが間をあけ、そうして口を開いた。


「解毒剤を作るのを、我が公爵邸でできないだろうか」



   *



「ジョコダの港にいた水夫たちも、この花の影響だろうな」


 ホルトアからの手紙を読み終えたラズロルは、小さくそう呟いた。それを受け、エリアノアは頷く。


「おそらくは。あの虚ろな瞳が薬のせいだと言われれば、納得するわ」

「それをどう利用しようと思っているのか。ザルフェノンの領民までそんなことになっているとは……。クソ! 領地運営をなんだと心得ている」


 ざわりと背筋が凍るような低い声が、ラズロルから漏れる。初めて聞くその声色に、その部屋に侍女がいなかったことを、エリアノアは感謝した。


「ラズ、落ち着いて」

「あ……すまない。取り乱してしまった」

「私だって取り乱すことはあるもの。あなたの珍しいところを見れたわ」


 くすりと笑い、冗談にして流していく。けれど、エリアノアもラズロルと同じ気持ちではあった。


(タイミングによっては、私があの言葉を苦しそうに漏らしていたかもしれないんだから。同じよ)


「ソラリアム殿が一刻も早く解毒剤を作って、彼らを解放させてあげられれば良い」


 手紙をエリアノアへ返すと、ラズロルは窓の外を見ながらそう呟いた。


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