2話:それは桜が舞うが如く⑤
―― 駐屯所・寮(椿と小梅の部屋)――
「椿ちゃん遅ーい! 私もう寝るところだよ!」
部屋に戻ると、小梅はすでに寝巻きに着替えてベッドに座っていた。
「ごめんね。話が長くなっちゃって……」
椿は申し訳なさそうに言いながら、帯を解いて私服を脱ぎ始める。
「話って……木刀を持ちながら何を話したの? 肉体言語?」
小梅がニヤニヤしながら問い詰める。
「え、えっと……これはね……」
椿は言葉を詰まらせる。
確かに、普通は夜に話をするのに木刀を持っていくことはない。
「私はわかるよ~?」
小梅は得意げな顔をしながら、椿の方へと身を乗り出した。
「初恋のせいちゃんと夜に密会してたんでしょ? 何、ちゃんと告白した?」
「し、してないよ! 久しぶりにせいちゃんと手合わせしただけだよ!」
椿は顔を赤くして慌てて否定する。
「ふーん、“だけ”ねぇ……?」
小梅は疑わしげな目を向けながら、枕を抱えてベッドに寝転がる。
「んで、そのせいちゃんは何で今食堂の料理人になっているの? 剣がめっちゃ強いんでしょ?」
「せいちゃんにも色々あったんだよ。詳しくは教えてくれなかったけど……」
椿はベッドに腰を下ろしながら、ふっと目を伏せる。
「そっかぁ。まぁ、話したくないこともあるよね」
小梅は珍しくからかいのトーンを抑え、椿の横顔をちらりと見た。
「……でも、何か引っかかるんだよね」
椿は膝を抱え込むようにしながら、ぼそりと呟いた。
「引っかかる?」
「うん。せいちゃんは……戦うことを捨てたわけじゃないと思うの」
「えっ? でも本人が戦場には出なかったんでしょ?」
「そう。でも、さっきの手合わせを見て、やっぱり”剣を捨てた”とは思えなかった。迷ってるっていうか……本当に”今のままでいいのか”って自分に問いかけてる気がした」
椿は拳をぎゅっと握りしめる。
「私、せいちゃんの剣が好きなの。強くて、綺麗で、憧れだった……でも、彼自身はそれをどう思ってるんだろうって……」
「……なるほどねぇ」
小梅は枕に顔を埋めながら、ぽんぽんと軽く叩いた。
「それってさ、もしかして”恋する乙女の悩み”ってやつじゃない?」
「えっ……?」
「だって椿ちゃん、“せいちゃんが何を考えているのか知りたい”ってずっと言ってるじゃん? もうこれ完全に好きな人のことを気にしてるやつですよ~」
「ち、違うよ! ただ、せいちゃんのことを……」
「ほら、また”せいちゃん”って言った」
「うぐっ……」
小梅の鋭い指摘に、椿は言葉を詰まらせる。
「ま、深く考えすぎないで、今日はもう寝なよ。明日から訓練でしょ?」
小梅は軽く伸びをしながら、布団をかぶる。
「……うん、そうだね」
椿も寝巻きに着替え、布団に入った。
(せいちゃん……)
目を閉じても、誠吾の姿が浮かんでくる。
彼の剣さばき、戦えないと言いながらも木刀を握る姿、そして——迷いを含んだあの表情。
(せいちゃんは……本当にこのままでいいの?)
心の中に小さな棘が引っかかるような感覚を抱えながら、椿は静かに眠りについた。
―― 駐屯所・司令室 ――
重厚な机の上には、乱雑に置かれた書類の山。
そのほとんどが【金鵬】に関する報告書だった。
「東雲、お前はあの新人二人をどう見ている?」
司令官・尾前道治は、手にした資料を軽く叩きながら尋ねた。
「二人とも学校でしっかり訓練を受けていましたし、何より装甲を扱えます」
東雲正孝は腕を組みながら即答する。
「今、装甲をまとえる人材は貴重ですからね。しっかり鍛えて、一人前に育てる価値は十分にあるかと」
「そうだな……装甲を扱える者は年々減っている。今の戦局を考えれば、なおさら貴重な存在だ」
尾前はゆっくりと椅子にもたれかかった。
「とはいえ、戦力が整う前に【金鵬】が暴れ回っているのが厄介だ」
机の上に散らばる書類の中に、【金鵬】の戦闘記録がある。
そこには、複数の部隊が壊滅した報告が記されていた。
「維新の刻を生き延びた実力者……簡単に倒せる相手じゃありませんね」
「いや、そう簡単どころか、現状では”勝ち目がない”と言ってもいい」
尾前は眉間に皺を寄せながら、ため息をついた。
「奴は一撃で数人の装甲兵を葬り去ると報告が上がっている。まるで、人間の域を超えた怪物だ」
「正義の名の下に【維剣衆】を見過ごすわけにはいきませんが……」
「もちろんだ」
尾前の表情が険しくなる。
「そして厄介なのは、【金鵬】だけじゃない。——【黒龍】も動き出している」
その名を口にした瞬間、室内の空気がわずかに張り詰めた。
「……黒龍、ですか」
東雲の表情も硬くなる。
「維新の刻で最も恐れられた男。政府軍が奴を討ち漏らしたことは、後世に大きな禍根を残すでしょうね」
「そうだ。今までは表舞台に姿を見せなかったが、最近になって再び動き出した。目的は不明だが……奴が表に出るということは、何か大きな波が来る前触れだろう」
「……金鵬と黒龍、その二人が動き出したとなると……」
「そう、もはや悠長に構えている場合ではない」
尾前は机を軽く叩いた。
「このままでは我々は防戦一方だ。戦力を立て直し、こちらからも一手を打たねばならん」
「……そのために、桃枝と狛坂を鍛えると?」
「うむ。彼女たちの適性は高い。時間は限られているが、実戦に耐えられるよう育て上げる」
尾前は立ち上がり、窓の外を見つめる。
夜の静寂の中、遠くにぼんやりと桜の花が揺れていた。
「……これ以上、失うわけにはいかん」
その呟きは、誰に向けたものなのか。
東雲は黙って尾前を見つめた。




