たった一つの選択肢
「リリアナ様!」
システィが叫び、リリアナに近づこうとする。
「――問題ないわ」
しかし、リリアナがそれを制止する。
口から血を流し、体中には多少なりとも傷が出来ていた。
「で、ですが……」
「問題と言っているのが聞こえないの? 邪魔するなら――――
――あなたから殺すよ?」
「っ!」
リリアナに睨みつけられ、システィはそれ以上何も言えなくなった。
「ねぇ、今のってさぁ!」
リリアナは空に浮く憐太郎を見上げながら嬉しそうに笑っていた。
「闇の魔力で鏡属性を再現して、自分の姿を映したおとりを作ったって感じ」
「見れば分かるだろう」
「あはは、だよね。いやー、すごいなぁ。この短時間で属性変化まで出来ちゃうなんて。……ホント凄いよ。凄すぎて――――楽しくなってきちゃった!」
狂ったように笑いながらリリアナは再び憐太郎と殴り合う。
そんな彼女を不安そうに見上げるシスティ。
「何をしに来たのですか」
それはシスティの後ろに立っていたプリムラに投げかけられた言葉だった。
「主に怒られたワンちゃんを撮りに。でも、ばえないからやめたー」
プリムラはそう言って手にしたスマホを鞄にしまう。
「あれはどういうことですか?」
「んー? なんのことー?」
「とぼけないでください。唯野憐太郎のことです。闇の魔力を纏わせる程度なら、不思議なことじゃないです。リリアナ様は魔力を覚醒させたその日に使いこなせるようになっていましたから。ですが、属性変化は別です。あれは闇の魔力だけでなく、再現する属性に対する知識も必要になります。アドリブで出来るような代物じゃないはずです」
「え? それも答え出てるじゃん。レンタローにその知識があったってことっしょ?」
「私が下調べをせずに来たと思っているのですか? 学校での彼の成績は知っています。お世辞にも魔法に関する知識があるとは思えません」
「――――闇の魔力を持っている者は他の属性の魔力を使えなくなることは知っているな?」
プリムラはギャルからノーマルモードに性格と容姿を戻す。
「知っています。それが何の関係があるのですか?」
「彼は昔、闇の魔力なんてものを知らなかった幼少期、魔法が使えないことに悩んでいたんだ。それは闇の魔力のせいだったが、周りの誰もそれを教えてくれなかった」
「当然でしょう。人間に闇の魔力が宿るなんて今までなかったはずの話です。気づくはずがありません」
「でだ、魔法が使えないと分かった彼が当時、何をしたか調べたか?」
「い、いいえ。流石にそこまでのことは……」
「10年前、彼は勇者になりたかったそうだ」
「……勇者? 何を言って……」
「何を言ってんだって言いたくなる。それは分かる。
彼はね。重度のバカだったんだよ。そうバカだったんだ。だから、自分に使える魔法が何かないか、実は試してないだけで使える魔法があるんじゃないか。そう考えた結果、
彼はこの世全ての属性の魔法を試したんだ。
10年前、ある家庭教師に魔法の全てを教え込まれたと聞いている。そのおかげであらゆる属性に対する知識を持っている。だから、君の回答にはこう答えよう。
唯野憐太郎は知っている、と」
「あ、あり得ません! あなたの言っていることが正しかったとしても、それはおかしいです! 数百ある魔法属性を全て? それだけでもおかしいのに、それが10年前って、記憶に残っているはずありません!」
「そうだ、覚えていられるはずがない。もし覚えていたとしてもほんの少し記憶の片隅にあるくらいなものだろう。――普通の人間であればな。だが、彼はそうではないだろう?」
プリムラは不敵に笑う。
「闇の魔力はその者の潜在能力をフルに発揮できる。例え10年前のことだとしても、経験したことであれば、問題なく使える」
「そこまで……」
「ん?」
「そこまで分かっていながら、何故彼に闇の魔力の使い方を教えなかったのですか? さっき話した様子だと、魔力を纏わせる基礎知らなかったみたいですが」
「バックレたんだよ」
「へ?」
「だから、それを教えようとしたが、彼はバックレて私の授業を聞きもしなかった」
「……なぁ!」
予想外の言葉にシスティは素っ頓狂な声を上げる。
「だから、こうするしかなかったんだ。まぁ、あなたたちには悪いとは思ってはいないが」
「? 一体何を言っているんですか?」
今回の奇襲はハートが仕掛けたものだ、憐太郎たちになんの非もない。それなのに彼女が謝った。
「憐太郎が闇の魔力をあそこまで使えるようになったのはあなたたちのおかげだという意味さ」
「っ! ……まさか!」
システィは振り返り、プリムラの眼を覗く。
「この戦い、あなたが仕組んだというのですか!?」
「仕組んだということの程でもない。私はただメイに居場所を伝えただけだ」
「なるほど……。確かにその一手だけで、この状況は作れそうですね」
プリムラの居場所を知ったメイは必ず彼女に会いにやって来る。そして、それを許さないメイの母親は追っ手を差し向ける。
そこでメイが連れていかれようが、返り討ちにしようが、ハートの魔王候補にはシスティを通じて憐太郎の居場所が伝わる。
リリアナの性格からして憐太郎に接触しようとすることは容易に想像がつく。
「多少、想定外のことが起きたが、概ね期待通りの展開となった」
「改めて思い返せば、気づきそうなものでしたが。これは私の失態ですね。……しかし、それはあなたを慕うメイ王女を陥れる結果になったかもしれないのですよ? それでも構わなかったのですか?」
もし、メイを連れ戻しに来た魔女3人組を憐太郎が止められなければ、彼女は母親の元に返されていただろう。
そして、それは彼女に命を捨てる選択肢を与えただろう。
「構わないさ。使えるものは何でも使う」
それを知っていてなお、プリムラはこの選択をした。
何故なら、彼女は――。
「私は憐太郎の教育係だから」




