脱出
「何だ! あれは!」
監獄の外壁を監視していた警備兵が叫んだ。
見慣れない物がトゥッリス・ウィオラーケウムのテラスに止まっていた。
「いつの間に入り込んだんだ」
この前、竜人族が外から侵入したため、外からの侵入を警戒していて気付くのが遅れた。
魔法の浮遊魔法は警戒して感知装置を設置しているが、魔法を使わずに浮遊できるなど想像外だ。
「まさか、他の諸侯の兵か」
監獄内はユリアの身柄を見張る諸侯の兵で溢れかえっている。その全てが協力している訳では無い。ユリアの身柄を手に入れてあわよくば手駒、助けて恩を売ったり、傀儡にして支配、あるいは討ち取った名声を得ようと企んでいた。
元老院の大半を敵に回しているが少数ながらユリア支持の議員もおり、彼らの支持を受けて独立することも可能だ。
だからこそユリアを奪おうと虎視眈々と狙い、他の諸侯に奪われるのを防ぐ為に監視し合っていた。
他の諸侯の兵を監視するためユリアそのものの監視が疎かになりやすかった。
戸惑っている間に黒い球体は夜空に浮き上がり始めた。
「ええい! 逃がすな!」
何とか逃亡を防ごうとするが、どうしようもない。
発砲しようにもユリアに命中する可能性がある。勇者の力を持っているが今は拘束具で抑制されており、普通の少女と変わりなく運悪く命中したら命を奪ってしまう。
だから発砲命令を出しかねていた。だが周りから発砲音が響いてくる。
「く、ユリアを殺そうとする諸侯の兵か!」
ユリアを殺したい諸侯の兵が逃すまいと発砲したようだ。捕らえておくだけで良いと考える貴族と、即時処刑を考える貴族がいて対応の違いが出てしまっている。
止めようにも命令系統が違うし、実力行使で止める訳にもいかない。
その時、黒い球体が火を吹く。
一瞬にして火球となり、辺りを照らすと燃えながら監獄の外へ落ちていった。
「逃がすな! 向かえ!」
そう命令した時、監獄内から大規模な爆発が立て続けに起こった。
「なんか外が騒がしいな」
もらい物のお宝を箱ごと頂いた兵士がぼやく。
あいにくとお宝は数本だけだが隠すために教材用のフィルムを箱ごと頂いた。お陰で上官にバレていない。
だがそこへ上官が駆け込んで命令してくる。
「おい! 侵入者が入った! 至急向かえ!」
「は、はい! ったく誰だよ。折角楽しもうとしたのに」
フィルムを片付けるべく乾燥用具をどかした。すると乾燥用具が火を吹いた。
「うわっちっ」
突然火を吹いたことに驚いて手を離してしまい、フィルムの上に落としてしまう。
そして箱の中のフィルムが大爆発を起こす。
「誰が目立つ気球で逃げるかよ」
ユリアを救い出した昭弥は気球ではなくロープを使って下りていた。短時間で外壁を登るために使っただけで、下りるときも使う必要は無い。
精々空に飛ばして囮になって貰う事にして、昭弥達は侵入に使ったホームに向かって駆け出した。
すると内部から爆発音が続いた。
「何事です」
「配った時限爆弾が爆発したようだな」
「爆弾って、あの猥褻フィルムですよね」
「そうだ。フィルムが爆発物だ」
アニメ用語に残るセル画のセルはフィルムに使われるセルロイドの略だ。
そしてセルロイドの原料であるセルロースはニトロセルロースの原料であり、可燃性だ。それも尋常では無いほどの爆発力だ。
マジックで紙を一瞬にして燃やすマジックがあるが、使用される紙はセルロースを使ったフラッシュペーパーであり、どれだけ激しく燃えるか分かるだろう。
そしてセルロイドを使ったフィルムは可燃性物体ではなく爆発物だ。しかも時が経つと自然発火する可能性の有る危険きわまりない物。
古いフィルムを処分して初期の名作の元フィルムが失われているのは、何時爆発するか分からない火薬庫同然のフィルム倉庫を抱えたくない映画会社が難燃性のフィルムに焼き直したからだ。
何故ここまでセルロイドを使うかというと東方戦争で大量生産したが戦後大量に余った綿火薬とその原料であるセルロースの生産設備を有効活用するためだ。
他に使える物質が無いし、大量に余っていたからだ。
勿論建設作業用の爆薬としても使えたが、量が多すぎて使い切れない。
「それでフィルムを大量生産したんですね」
「それだけじゃないよ。余りすぎたから。ナイロンやレーヨンも使っている」
「ストッキングやドレスのですか?」
「そう」
そして、ナイロンストッキングや絹のような肌触りのレーヨンもセルロースから出来ている。
これらの品が昭弥の居た世界にナイロンが登場したのも第一次大戦で大量に余ったセルロースとその生産施設を流用したからだ。
「身につけると火が付いたら危険では」
「ああ、一寸した事で炎上爆発だからね」
実際、レーヨン製造初期には火が移って全身火だるまになる事故が多発したため日本を除いて第一次大戦前に製造中止となっている。
「で、とりあえず作ってしまった製品が大量に出来てしまって持ってきた」
「まさか運び込んだ衣類って」
「そ、その失敗したレーヨンを元に作り上げた制服だ。もっとも時間が無くて上だけ本物の制服を乗せて、残りは失敗作を詰め込んだだけだが」
「それが爆発しているんですか」
「発火装置を使ってね」
「発火装置ってありましたっけ?」
「乾燥用と言って詰め込んだ銅板で仕切られたガラス瓶が有っただろう。乾燥用具は大嘘で中に砂糖入りの塩素酸系の薬品と片方に濃硫酸を入れてある。濃硫酸が銅板を溶かして塩素酸と混ざると発火するんだ。銅板の厚さを変えれば発火時間を調整できる」
時計の生産が間に合わず、電気信管も無かったとき自動で爆発する装置を作ろうと試作させたものだ。
中学時代、酷い虐めに遭って学校の対応も酷かったので大騒ぎにしてやろうと爆弾自作のためにネットで調べていたとき見つけ出して覚えていた。
人生、何が役に立つか分からないモノだ。
「こんなことに使うとは思わなかったがね」
しみじみと言う昭弥を見てセバスチャンは思った。この人には絶対に逆らわないでおこう。ラザフォード公爵も怖いが昭弥も十分に怖い。血のつながりは無いが同類のような気がする。
『おらおらおらおらおらああああああああ』
ホームに向かって駆けていると遠くから品の無い聞き覚えのある声が響いてきた。
「とりあえず救出に成功したようだな」
「コスティア様とマイヤー隊長ですね」
「ああ。丁度捕まっていたんで救出してやった。囮役になって貰おうと思ってね。解放したら勝手に暴れてくれるだろうし」
『陛下!』
昭弥が黒い考えを呟くと囮役のはずの二人が角から現れた。
『ご無事でしたか』
「どうしてこの場所が分かったんです」
『陛下の居場所など簡単に分かる』
ステレオで答える二人に昭弥は耳を塞ぎたくなった。あまりに勘が良すぎる。
『ふん、陛下を助け出したのは褒めてやろう。お前がいなければ陛下がこのような目に遭わずに済んだのだが、不問にしてやろう。何処へでも去れ』
二人は出来ているんじゃないかと思えるくらいピッタリ言葉を合わせてきて昭弥は目眩がしたが、改めて尋ねた。
「脱出手段はあるんですか?」
『……』
昭弥が尋ねると二人とも黙り込んだ。
「脱出手段を用意していますからそれで逃げましょう」
そう言って昭弥は彼女たちを先導してホームに向かった。
「あ、総督、いや大臣。こちらは制圧完了しました」
そう言ってブラウナーが答える。爆発で狼狽えたホームの担当者や警備の兵士をブラウナーの手勢が制圧しロープで縛られて転がっている。
「ありがとう。運転指令には伝えたか」
「はい、万事抜かりなく。規則通りに動いてくれるでしょう」
「よし」
ブラウナーとやりとりをしている間に獣人の秘書達も合流して全員が揃った。
「さて、逃げるとしましょうか」
そう言うと昭弥は乗ってきた列車の一番後ろに繋いだ車両、タイヤの付いたおかしな車両に乗り込んだ。
昭弥に続いてセバスチャンとユリア、そして無理矢理ユリアの護衛役となったコスティアとマイヤーが乗り込む。
更に獣人秘書達が車両の手すりに掴まって箱乗りする。
「ではエンジン始動」
そう言うと昭弥はハンドルを握りしめ、キーを回してガソリンエンジンを作動させる。
「出発進行」
アクセルを吹かしクラッチを繋いで車両は走り出した。
監獄を飛び出すとレールの上を滑るように走り出す。
後ろの車両に乗り込んだブラウナー達も走り出し彼らは脱出に成功した。
「一安心かな」
「待て。陛下の拘束具を外すのが先だ」
マイヤーが怒ったように言う。
「これが無ければ陛下は捕まらなかった」
「ほいよ」
マイヤーの言葉を遮るように昭弥は懐から鍵状の物を出す。
「何だこれは?」
「拘束具の解錠装置。拘束具に触れるだけで完璧に作動するはずですよ」
「どうやって作ったんだ」
言われたとおりに鍵を拘束具に触らせると外れる様を見てマイヤーは驚いて尋ねた。
「……ジャネット師に作らせました。ガイウスの倍額の研究費提供と大迷宮下にある魔力装置の使用を許可することで」
「なんてことをしたのよ!」
昭弥の言葉を聞いて怒鳴ったのはユリアだった。
「悪魔と契約しても抹殺すれば問題無いけど、あのジャネットを野放しにすると何をするか分からないのよ。弾薬庫に火を放つつもり?」
言っていることも大概だが、ジャネット師も酷い言われようだと昭弥は思った。
「他に方法が思いつかなかったんですよ。外せる人、他に居ます?」
後ろにいた三人は黙り込んだ。
人格に大変問題のあるジャネット師だが魔術の腕だけは隔絶している。
彼女が作った物は彼女しか解くことは出来ないだろう。
「仕方ないか……だが、このあとはどうするのだ。何時までも逃げ回る訳にはいくまい。第一、線路の上を走り回っていては先回りされる」
鉄道は速い交通機関だが線路上を走るしかないので先回りされやすい。電信、電話が整えられつつある今は瞬時に遠方の部隊に命令し封鎖を命じる事が出来る。
「大丈夫。考えてあるから」
そう言って昭弥はアクセルを踏んでスピードを上げ、レールの上を疾走した。




