第七十二頁
食べ終え、腹休めついでにのんびりと片付けていると、メグルが何やら言い出した。
「私、時々思うんです。私たちが倒してきた魔物たちは、どうして私たちを襲ってきたのかなって」
「いきなりどうしたんだよ」
暗い表情をするメグルを不安に思いながら、俺もどうしてかな、と考えてみる。
「魔物たちは何をしたいんでしょう。それを知らずに、私たちはそれを邪魔しちゃっていいのかな、なんて思うんです」
確かに、魔物が何を為そうとしているのかなんて考えたことはなかった。これまでは、ただ条件反射的に人間を襲う怪物。
そう感じていた。
「もし、もしですよ? 魔物たちが本来は正しかったとして、私たちが間違っている存在だとしたら……」
「メグル、そんなこと考えちゃ駄目だ。仮に魔物たちが正しい事をしていたとしても、俺たちは間違ったことをしているわけじゃない。そんな俺たちを殺そうとしてくる魔物は、本質的にどんな正しくても俺たちの敵でしかないんだ。メグルだって……殺されたくないだろ」
「はい……」
魔物は敵なんだ。
正しいだなんてことはない。
奴らが為そうとしていることだって、仮に知ったところで、変わらず人間を襲うのなら、俺たちはそれに抵抗するしかない。
俺達が食べた魚だって、もし抵抗する術があるなら、どうにか捕まらないように逃げようと行動しただろう。それが出来なかったから俺に食べられた。
しかし、俺たちには魔物に抵抗する術がある。
だから襲い来る魔物を殺しもするし、敵があると知っているから、被害が出る前に先手を打つこともある。
魔物がどうこう以前に、種が生き残る術としてこればかりは仕方のない事だと思う。弱肉強食なのだ。
そこに善も悪も無いのだ。
悪があるとすれば、こんな素晴らしくも悲惨な生命の循環経路を作った神が悪いのだ。
神が本当に存在して、こうした世界の在り方を創造した本人だとするならばの話だけどな。
とにかく、俺は少しでも魔物に対して情を湧かせる気はなかった。
あいつらは罪も無き人の命を奪い、七護を消滅させている。弱肉強食以上に残酷なんだ。
そもそも、メロルが言っていたじゃないか。
魔物とは物であり生物ではない。魔力を固めただけの塊だと。
それならば、情を湧かせる気どころか、ほとんど湧くはずがないのだ。
石に恋をするか? 空気を愛でたくなるか?
まあ世界には変わった人がいるから、そんな人もいるかもしれない。
だが、魔物は石や空気よりも可愛げのない存在なのだ。
自然の物ではないながらも自然界に跋扈する、人を襲うだけの魔の物体。
それが魔物なのだ。
「メグル、もう魔物に同情するようなことは止めてくれ。でないと、メグル自身が危険な目に遭うと思うんだ」
俺は真面目に言ったつもりだった。
だが、メグルはくすくすと笑い始める。
「ふふ、大丈夫ですよ~。ちょっとそんなことを思います、って話をしただけですー」
「そ、そうか? ならいいけど……」
「さ、行きましょう! 水の国に早く行ってみたいです!」
「そうだな」
ここ数カ月は大変な思いばかりしていたから、そろそろ楽しい思い出も作っておきたい。
最近ではラランとも別れてしまってメグルは少し大人し目だったから、ここらではしゃぐぐらいしてもらって元気になってもらわないと。
片付け終えると、俺たちはまた進むのだった。
昔話でも何でも、無理に会話を広げたおかげなのだろう。
それから、俺とメグルの間で話が途切れることは少なくなった。
あの話はどうだったとか、そんなものではあったが、黙っていたりどうでもいい物の数を数えているよりは数倍楽しかった。
こういうのだよな。
恋愛っていうのは。
思えば、宿欲しさのためとはいえ、メグルの初デートを失ったのは正直痛すぎた。今更ではあり、今だからこそ痛感するのだが、俺だってデートがしたい。
まあ、こうして歩いているのもデートかと言えばそう言えなくもないのだけど。
これからは、もっとメグルとの時間を大切にしていこう。メグルと話していると、そんな風に思った。
歩きながら話せるほどそれまでは順調な旅路だったのだが、そんな時に限って問題が発生するものだ。
川が、二手に分かれていた。
「どっちに行こうか」
こういう選択をする時、どうしても俺は考え込んでしまう。
失敗した時のリスクが大きいからだ。
しかし、今回はそれほど悩むことはなかった。
左手へと流れている川は、林というよりもさらに鬱蒼として森と化した方へと流れているのだ。
一方、右手を流れている川の周囲は明るく、土手の様な道が続いているものの安全そう。うん、安全そうなのだ。
迷う必要などない。
「ちょっと濡れるけど、仕方ないよな。浅いから心配もいらないし」
右に行く前提で話を進めた。むしろ勧める。
というよりか、左に行く選択肢があるのかと問いたいぐらいだ。
「スグルさん、どこに行くんですか」
「いや、どこって……」
「さあ、行きますよお!」
メグルは左の道へと突き進んで行こうとする。
「待った待った! おかしいって! メグルこそどこに行こうとしてるんだよ」
「この先ですよ?」
たまにする、その「何かおかしいですか?」みたいな顔。明らかに変な行動をしている時に限ってするのは何でだ。
「見ればわかるだろ? どう見てもこっちのが安全だよ」
右の川を指さしながら、俺はメグルを説得する。
「だからですよ」
わけ分からん。
「安全な方だって分かってるのに、どうして行かないんだよ……」
「急がば回れです! きっと、今は大丈夫でも向こうまで行けば大変な道が待ってるんです!」
それっぽい理屈を並べちゃって……。
「じゃあ、こうしよう」
「なんです?」
「困った時のあれだ」
俺は、そこらに落ちていた枝を適当に持ってきた。
「これを置いて倒れた方に進むのな」
「後ろに倒れたらどうするんです?」
「そ、それはやり直しだよ」
枝を立て、俺は指先で支えた。
「ずるは無しですよ」
メグルは、枝がどちらかに偏ってないか確認している。
「分かってるって」
支えていた指をぱっと離すと、枝がゆっくりと倒れる。
草の上にぱさっと倒れた枝が指し示す先は、暗く鬱蒼とした森を行く、左の川だった。
右の川は上流から流れてきているが、左側は地形が低いのか逆に流れているのだ。だから、同じ方向でも流れの向きが違う。しかし、左の川は流れが弱かった。
「なあ、やっぱりこっち行かない? 森は魔物が出そうだし……」
「スグルさんが言ったんですよ? 枝が倒れた方に進もうって」
「そうだな……。じゃあ、外れだったらまた戻ってくればいいか……」
仕方なく、森へと分け入っていくメグルの後をつけていった。
ポジティブに考えよう。
もし、こっちの道が正解だとしたら、右の川を進まずによくなるんだ。
当たりだと考えて進もう。
だが、分かりきっている事だった。この道が限りなくハズレに近いということなど。
案の定、道は草木に覆われ、暗さも増していく。
川の流れも何だか緩やかどころではない。止まっているようだ。
しかし、それでもメグルは何の疑いも抱いていないのか、その道を信じて進んでいる。
まあ、ハズレだと知ればすぐに引き返そうと言い出すだろう。
にしても……。
この世界の森の大半は人の手が加えられていないため、茂りに茂った木は葉で日光を遮る。日の光が当たらない地面は、いつでも水を含んで湿っているのだ。そんな要素たちが、不気味な雰囲気を一層引き立てる。
「怖くないのか?」
俺を置いて行きそうに突き進むメグルに聞いてみた。
「前にも言ったじゃないですか~。一人だと怖いんです」
「ああ、そういうことか」
「そういうことです……」
草をかき分けたメグルが、急に足を止めた。
行き止まりか何かだったのだろう。
「やっぱりハズレか?」
「お、お、お」
「お?」
「大ハズレですぅ……」
「大ハズレ? 何があったん――」
メグルが草をかき分けた先には、巨大な芋虫の魔物が顎を開けて待っていた。
「気持ち悪いですー!」
メグルは、急に走り出して逃げてしまった。
しかし、向かっている先はさらに森の奥。
「おい! そっちじゃないだろ!?」
「…………」
芋虫と二人きり……一匹と一人きりになってしまった。
つぶらな瞳が、何も言わずに見つめてくる。うねうねと体をくねらせながら、俺に近づいてくる。
虫特有の左右に開く顎が、森の暗さでうっすら青白く発行していた。
口がストーンで出来ているのか。
弱点も分かったし倒すか?
しかしこの間合い、どう考えても不利である。
奥に行ってしまったメグルも心配だ。ここに魔物がいるということは、もっと奥には確実に別の個体もいるのだから。
「失礼します~……」
とりあえず会釈して、俺は一目散に逃げ出した。
すると、獲物を求める本能剥き出しで魔物が襲ってくる。
「やべ……!」
野生動物には背を向けちゃいけないんだったか。
いや、それは熊に限った話か?
そもそも魔物は野生動物でもないし、こいつは熊でもない。
しかし、熊にも引けを取らない大きさなのだ。
逃げるしかないだろう。
というか、芋虫のくせして肉食なのかよ。
「メグルー! ……わっ!」
木の枝か何かに足を躓き、藪の向こうに体が投げ出された。
「いったー……」
少し擦り浮いてしまった足を押さえながら、背後の魔物に意識を向ける。
芋虫の魔物は、茂みの向こうへと行ってしまった。
どうやら、躓いておかげで茂みへと上手く隠れることが出来たようだ。
まあ、いざとなれば戦ってやったさ。
俺だって、もう初心者じゃない。簡単にはやられないはず。
そんなことより、メグルはどこまで行ってしまったのだろう。
「メグル……?」
あまり大きな声を出さないよう、メグルの名を呼ぶ。
「スグルさん? どこですかー」
「そっちこそ」
「私はここですー」
声のする方へ視線を巡らせる。
すると、茂みの中から出た尻が俺を探していた。
魔物から隠れるため、四つん這いにでもなっているのだろう。
「見つけたぞ」
つい、その尻を鷲掴みにしてみた。
「よっと」
ほんのり暖かくて柔こい。
充電完了。
「いやああああああ!」
メグルの体がびくっと反応し、茂みががさがさと揺れた。
「ば、馬鹿っ……! 叫ぶとさっきの芋虫が来るぞ……!」
「だって! スグルしゃんがおどりょかすかりゃ……。後、お尻掴むのはやめて下さい!」
「いや、そこに尻があったもんで……」
「あれば掴むんですかぁ!?」
「まあな。現に掴んだ」
「えばらないでください。そんなことより、あれですよ、あれ! 見てください」
そんなこと、なら気にしなくてもいいじゃないか。なんて心の中で文句を垂れながらも、俺はメグルの指した方を見た。
とんだハプニングで道を外れてしまったが、そこには川があった。
だが、その川は先の池で流れが止まってしまっていた。もうどこにも水は流れていない。池も、正確に表現するなら沼と言った方が的確だった。
生した苔で岸は滑っていそうだし、流れていない水も腐っていそうなのだ。所々が紫色をしているし、飲めたものではないと思う。
「ほら、ハズレだったろ? 魔物にも遭遇して怖い思いしたんだし、もう引き返そう」
「いえいえ、まだ見るものがあるじゃないですか」
「何を言って……」
メグルが指を差していたのは、どうやら腐った沼ではない様だった。
畔に建てられた小さな小屋。
メグルはそこが気になるようだった。




