第六十五頁
鼻にかかる、暖かな空気とともにほんのり匂う懐かしげな匂い。
「…………」
美味そうな匂いで俺は目を覚ました。
俺は、どこかの家に寝かされていたようだ。
囲炉裏があり、木造で床は畳。板張りの縁側まである。
見た感じ、昭和日本を思わせる家の造りだ。昭和というよりは、昔話の雰囲気といった方がしっくりくるか。
俺は、炭が赤く熱を持っている囲炉裏の横に敷かれた、座布団の上に寝かされていた。
囲炉裏の上には小さな土鍋が置かれ、そこからは白い蒸気が出ている。
この蒸気が俺の鼻に良い匂いを運んでいたようだ。
起きてすぐ、俺の腹が鳴った。
恐らく、土鍋の中は何かしらの食い物だろう。
しかし、勝手に摘まむわけにもいかない。
そういえば、メグルやラランの姿も見当たらないし……。
「目ぇ覚めたべか?」
とんとん、という足音を立てて縁側から女の子がひょっこりと顔を出してきた。
メグルのように若い女の子だ。
しかし、口調は独特の訛りがあり変わっている。
姿はもんぺのような服であり、これまた昔話っぽさを演出している。
おかっぱを少し伸ばしたような茶髪は、メイスさんを思い出した。
だが、この子はメイスさんとは違って愛想よく笑ってくれている。純真な女の子という表現がぴったりだ。
もんぺの女の子は俺の傍までさっさと小股で歩いてくると、ちょこんと正座した。
「今、よそってあげるから待ってな~。お腹空いたべ?」
なんてことを言いながら、鍋つかみをはめた可愛らしい手で土鍋の蓋を開けた。
もわっと白い蒸気が立ち込めた。その中では、白い米が煮えていた。
どうやらお粥の様だった。
「しばらく何も食べてない聞いたべ? お腹に優しいから初めは粥で我慢してな」
女の子は鍋つかみを外し、れんげのような物に持ち替えた。持ってきたお碗にお粥を盛っていく。
俺にくれるのか?
そのてきぱきとした動きと美味しそうなお粥に見とれて、思わず涎が出てきた。
ただ、そんなことよりも聞かなければ。
「あ、あの、ここは?」
「ここかー? ここはな、はずれ里だべ」
「はずれ?」
「鉱石もなんも金になるものが無いんだべさ。だがら、ここさ来た人はみーんなはずれだ言って帰ってしまう。あるのはちょっぴりの食いもんだけさ」
「それではずれ、か」
「だども、おめえさたちがここさ来たのは辺りだべ! 金になるもんなくとも、ここには食いもんはあるんだ」
「本当にそうですね。ありがとうございます」
俺は、もうすっかり目の前のお粥を食べる気満々でいた。
そんな俺の様子を察してか、女の子はお粥の盛られたお碗を滑らせ、俺に近づけてきた。
顔を見ると、微笑んで頷いている。
食べていいのだと確信した。
「いただきます!」
れんげを手に取り、俺は熱々のお粥をかきこまんばかりに啜った。
「そんなに急いだら火傷してしまうよ~。晩はお漬物もお野菜も出すべ。ここんは美味しいから楽しみにしといて」
「はい! ありがとうございます。はふっ!」
ルクリエイトといい、地域によってはこうして和食らしいものが食べられるのは有り難い。
いや、食べ物をくれるだけでも十分に有り難かった。が、やはりお粥だけだと腹八分でさえも満たすことは出来なかった。
しかし、すっかり土鍋の中身を平らげてしまえば、苦しい空腹感は無くなった。今度は満腹の苦しさを味わいたいものだ。それは贅沢か?
米粒ひとつ残らず空になったお碗を盆に置き、俺は一度礼を言った。
「俺、スグルって言います。助けてくださってありがとうございました」
「どうもー。おらは豊穣姫々(きき)だべ。よろしくな~」
口調の割に洒落た名前だな。
それにしても、こんなに訛られると俺まで移ってしまいそうだ。
そんな姫々さんは、身振り手振りで楽しそうに話し出した。
「おらさびっくりしたべ!? 畑仕事さしてたら、おらんとこにもいる猫の子が来たんだべさ。んで、来い来い言うべな。行ってみたらおめえさたちが倒れてたんだぁ。おら、あんれー! って、たまげてしまったべさ」
そりゃあ驚きもするだろう。
道端に人間が倒れてりゃあな。
「ご迷惑をおかけして……」
「いいんだべ。そんなん気にするもんじゃないべさ。人は助けあわねとね」
「そうですね……」
その意見には甚だ同意だが、助けてもらった身で助けるべきだという意見に賛同するのも、なんか気引けた。
「あのー。そういえば、俺と一緒にいた二人はどこに?」
「可愛らしい娘たちだべ? あん娘たちはいい子でなー。今は畑仕事の手伝いをやってくれてるんよぉ~。この季節は収穫の時期なんだべ」
「そうなんですか」
じゃあ俺も手伝わなければ。
ふっと立ち上がったのだが、すとんと倒れてしまった。
「まだゆっくりしてないと駄目だべ! おめえだけが一番に疲れとったんだからな」
厳しく注意するも、姫々さんは優しく俺の体を横たえてくれた。
それにしても情けない。
女の子二人が一飯の恩義を尽くしているというのに、俺はこんなところで寝ていなければならないのか。
「まあ、今日は今から行っても遅いべ。もうじき、稲刈りも終わるべな」
「そうですか……」
横になりながら、俺は開け放たれたふすまの向こうを見ていた。
金色の稲穂が風でゆらゆらと揺れている。
田の見えるあちこちには、ここ以外にも木造の小ぢんまりとした一戸建てが見えている。
姫々さん以外の人間も住んでいるのか。
まあ、これだけの稲穂なのだ。当たり前か。
メグルとラランはその稲刈りの手伝いに行っているらしいが、ここには一体、どのような人々が暮らしているのだろう。
また、新たな人種に出会えるのか。
だとしたらやっぱり、髪色が気になるな。
俺は、出来るだけ元の世界の常識ではありえない髪色を想像してみていた。
すると、わいわいと賑やかな声が聞こえてきた。
「帰ってきたみたいだべ」
「ラランちゃん良かったですね~」
「おう!」
そんな声が聞こえてきた。
「あ、スグルさん起きたんですね!」
「ほんとだー! ねぼすけー!」
メグルとラランが縁側に身を乗り出して、横になっている俺を観察してきた。
「ねぼすけって、二人は寝てないのか?」
「いいえ?」
「スグル、昨日はずっと寝てた!」
まさか、俺は一日中寝ていたということなのか。
ということは、ここへたどり着いてからすでに二日目か三日目の可能性が。
道理で、こんなにも体の自由は利かないし、手厚く解放されるわけだ。
「楽しかったですねー。ラランちゃん」
「なー!」
見れば、二人は体中に細かい稲をくっつけていた。
「お風呂にするべ?」
「わーい! お風呂だぞー!」
「一緒に入りましょうね~」
「じゃあ、おらが仕度するべ。待っててな~。おめえさも入ってさっぱりするといいべ」
姫々さんが縁側を歩いてどこかへ行ってしまうのを見ると、俺は縁側に移動した。
「二人とも、稲刈りしてたんだって?」
「そうだぞ!」
ラランは腰に両手を当てて得意げだ。
「楽しかったですよねー」
「いっぱい採った」
「友達もいっぱい出来たんですよね」
「友達?」
「はい。ここにはラランちゃんと同じ種族の方がたくさん住んでるんです!」
「そうなのか?」
じゃあ、ラランが仲間がいると言っていたのは本当だったのか。
「ララン、良かったな」
「うん!」
屈託のない笑顔だ。
しばらくすると、姫々さんが戻ってきた。
どうしたのか、顔には煤を付けている。
「そろそろ温まってきたべ」
「あたい入る!」
ラランが挙手をした。
「あ、私も~」
メグルも控えめに手を挙げている。
「スグルも入れー!」
「いや、俺は……。なあ?」
「こ、今回は駄目ですよね?」
メグルも理解しているようだ。
「スグルは女子と一緒に入るべか!? んな恥ずかしい……」
「いえいえ! そんないつもとかじゃないですから!」
「けんど、入ってた時もあるんだべ?」
「それはまあ、シャワーが使えなかったりとかやむを得ず……」
「さ、最近の子は積極的なんだべな~……」
「姫々さんも最近の子でしょうに……」
「とにかく、お風呂が冷めないうちに入ってけれ。火を見るのも大変なんよ」
姫々さんの頬には煤もついていたし、たぶん五右衛門風呂なのだろう。
火を見るのも大変とは、そういうことだな。
「わははーい!」
場所を知っているのか、ラランは真っ先に風呂へと向って行った。
その後、メグルたちが上がってきたら俺も有り難く風呂をいただいた。
やはり、どんな形態でもちゃんとした風呂があるというのは素晴らしい事だ。
お湯に浸かれるというだけでも体の得られる癒しは格段に違う。
姫々さんが風呂に入る時、俺が火を見てやろうかと思ったが、メグルにそれは駄目だと言われて強制的に代わられてしまった。
何故駄目なのかは大体予想が付く。
風呂の中から外が見えるし、外からも風呂の中が見えるからだ。
それをちょっと期待して親切に及ぼうとしたが、どうやらメグルにはお見通しだったらしい。
俺って、そんなにいやらしい人間に見えるのかな。
それとも、プレイン村にも覗きに来るやつがいたという経験からなのだろうか。
その晩は、お粥ではなくしっかりと固形のままお米が炊かれた。おかずには畑で採れた野菜に漬物。川で取れた魚があった。味噌汁もある。
リィスの作ってくれた料理以上に和食だった。
俺は、漬物で思い出したことがあった。
バステリトの野菜売り場にいたお姉さんだ。
そういえば、あのお姉さんが仲間が漬物を作って持ってきてくれると言っていた。
ラランと同じ種族が住んでいるらしいし、その漬物を作って持っていく人たちとはここの人の事なのだろう。
……こんな遠い所から来ていたのか。
「美味しいべ?」
囲炉裏を囲んで、俺たち三人と姫々さんは食事をしていた。
「おいしー!」
ラランが元気よく答えた。が、ラランには箸の使い方が難しいのだろう。
二本を握ったまま食べているために、口の周りに付いたりぽろぽろと落としていた。
実はラランだけではない。
メグルもスプーンやらしか使ったことが無いために、箸の扱いには悪戦苦闘しているようだった。
いつもならこぼすラランに注意したり食べさせてあげたりしているのだが、自分もそれどころではない様子だ。
俺はというと、まあ日本人だしな。
それに、出来た両親の子供ということもあり、箸の使い方に限らず、それなりのマナーは教えられてきた。
こういう時に正座しているのも別に苦ではない。
痺れてくれば、そりゃあ強制されているわけではないから崩すけど。
「食べにくかったれんげもあるんよ?」
「だ、大丈夫です」
「あたいこれでいー!」
文化の違いというのか、姫々さんも申し訳なさそうだった。
先に俺と姫々さんが食べ終え、どうにか二人も食べ終えた。
姫々さんが食器を洗ってくれている間に、俺たちは布団を敷いた。
だが、俺たちに気遣ってか、姫々さんは別の部屋で就寝するようだった。
女の子と風呂に入る様な奴と寝るなんて、そりゃあ嫌か。
メグルとはまた別な純真さがありそうだからな。




