第五十六頁
俺たちがすっかり城内へと入ってしまうと、扉が閉まった。
と、その時だ。
扉が閉まった音を合図にしたかのように、五、六の兵が階段を上った先の二階の通路から現れたじゃないか。
それぞれが手に弓矢を持ち、すでに迎撃の準備を取っている。
「まずくないか……」
「スグルくん、僕から離れないで」
何か策があるのか、アイルズの口調からは自信を感じられた。
その自信を信じて、俺はアイルズと肩を並べる。
弓矢を構えた兵士たちが、俺たちを目掛けて一斉射撃を行ってきた。
「この国は僕が守る!」
アイルズのグローブが光った。
その光は、アイルズがすでに手にしているロングソードとは別に、もう一本の剣を具現化させた。
細長く、持ち手の辺りには装飾が施されている。
レイピアだった。
しかし、そんな剣を持ったからといって、あの矢を回避することには何にも関係がないんじゃ……。
「わああ!」
もう駄目だ。
咄嗟に、俺は頭を伏せた。
リィスを守れなかった上に、俺まで同じ境遇になってしまう。
しかし、目を閉じた俺の耳には、ぱきぱきと木が折れるような音が聞こえてきた。
「…………?」
目を開けると、そこには立ち尽くすアイルズの姿。
足元には、折れた矢がいくつも散らばっていた。
「どうやったんだ……?」
「ルーンストーンの身体能力向上は、何も腕や足だけじゃない」
矢を無効化された兵士たちは、団長であるアイルズが強敵と見たのか、二人は近接、あとの三人は援護射撃の体勢を取った。
アイルズは、真っ先に近接攻撃を仕掛けてきた二人を相手にする。
兵士が剣を振り上げたのは、ほぼ同時だった。
左右から向かってくる剣を、どうやってかわすのだ。
そんな考えは無駄に終わった。
アイルズは、目にも止まらぬ腕の速さで右の兵士の剣を弾く。それと同時に、左からの剣をステップでかわした。
かと思えば、一瞬俺も忘れかけていた矢がアイルズに向けて放たれた。
「…………!」
この距離でかわせるはずがない。
どうにか外れてくれ。
そう願った時、アイルズは難なくその矢をロングソードとレイピアで撃ち落とした。
その正確な命中率は人の成せる業を超えていた。
そして、次にアイルズはロングソードで思いっきり兵士の腹部分を叩き、フルスイングした。
「ぐあっ!」
兵士は軽々と吹き飛び、壁に叩きつけられた。
もう動かない。
アイルズは、近接攻撃を仕掛けてきたもう一人の兵士も同様にロングソードで叩きとばしている。
「いいのかよ!?」
「アクセで威力は増してるけど、ロングソードで鎧は切れないさ。彼らも気絶しているだけだよ」
「な、何だよ……」
「安心している暇はないよ! まだ上からくる!」
見上げれば、残りの三人が矢をこちらに向けていた。
だが、先ほどとは何かが違う。
矢が、光を帯びている?
「あれは……!」
俺と同じものだ。
ということは、今放たれるのはただの矢ではないということ。
「撃て!」
放たれた矢の一本一本が空中で分散した。
細かいいくつもの矢となり、俺たちの体を射抜いて行く。
「く、く……!」
「スグルくん! 大丈夫かい!?」
幸い、分散したお蔭か威力はそれほどなかった。
体にも腕や肩に傷がつけられただけで、穴はどこにも空いていない。
「ここは僕に任せてくれ! スグルくんはラランさんの救出を!」
兵士たちは、また矢を放とうとしている。
俺にも、それは向いていた。
「アイルズ、頼んだ……!」
広間から右に向かって、俺は走り出した。
直後、後ろの方からいくつもの矢が地面に突き刺さるような音が聞こえてきた。
俺を行かせてくれたアイルズのためにも、早くラランを助けてすぐに加勢しなければ。
この通路を真っ直ぐ行き、突き当りの階段を登って行けば、そこはラランが入れられている牢のはずだ。
駆け上がる。
相変わらず、ひんやりとして暗い階段だ。
こんな所からはすぐに出してやるからな、ララン。
ルクリエイトの階段で鍛えられたからだろうか、ここの段差が異様に少なく感じられた。
しかし、登りきった俺を待ち受けていたのはラランでもなんでもなかった。
先ほどメロルに吹き飛ばされた兵士が、そこに倒れているだけだった。
牢はもぬけの殻。
柵の扉も開けられていた。
もしや、もうすでにラランは刑のために連れて行かれた?
「どこだ……。どこなんだララン……!」
倒れている兵士の胸ぐらを掴み、揺すってみる。
「おい! ラランはどこにいるんだ! ここにいたはずだろ!」
「……んあ………………」
駄目だ。
すっかり伸びてしまっていた。
そういえば、ここにいたはずのハッシュさんもいないじゃないか。
果たして、二人は無事なのか……。
「ちくしょう!」
すぐさま、俺は階段を駆け下りた。
ラランがいないのなら、アイルズを助けるしかないじゃないか。
アイルズはまだ戦っているのだろうか。
いや、あれほどの強さがあるのなら、兵士三人程度などもう片付けてしまっているだろう。
今頃は、レイ王と向き合って話でもしているのだろうか。
広間に戻って来ると、やはりそこにアイルズはいなかった。
二階の通路には、弓使いの三人の兵士たちが倒れている。ロングソードで吹き飛ばされた兵士もそのままだった。
アイルズは、謁見の間か。
俺も、謁見の間に向かうべく大階段へと向く。
「スグルー!?」
「…………?」
俺を呼ぶ声? 誰だ。
俺は、俺の通って来た通路とは反対側からやって来た誰かに振り返り、身構えた。
すると、向こうから四足歩行で、しかもかなりの速さで走って来る何か。
動物?
いいや、俺が一番見慣れているじゃないか。
「ララン!」
「スグルぅー!」
もじゃもじゃ頭のままのラランが飛びついてきた。
「どうして牢に入ってないんだ?」
「スグルー、スグルー」
「お、おい。話を聞けって」
嬉しいのか、ラランは抱き着いてなかなか離してくれなかった。
俺も嬉しい。
けど、今は喜びを分かち合っている場合じゃない。
俺はもう一度聞く。
「ララン、どうして牢屋から出れたんだ?」
「んふふー」
ラランはにやにやしながら、自分の尻尾を指さしている。
「あたい、これで鍵取った」
「鍵?」
「うん。ハッシュが捕まって別の怖いやつが来たからな、そいつが寝てる時に尻尾でー」
「そうか、そうか。よく無事でいてくれたな」
「でもなー、このジャラジャラ邪魔なのだ」
ラランの両腕には、金属の手錠がかけられていた。
しかし、手錠の鎖は破壊されて途切れている。
動かすだけなら不自由はなさそうだ。
「もう少し我慢してな。まだ、悪い奴をやっつけてないんだ」
「悪い奴! あたいもやっつけるー! ぎったんぎったんのぽこぽこにするっ!」
「ああ、それとメグルも助けなきゃいけないんだ」
だから、ラランは外でメロルたちと待っていてくれ。そう言おうとした時、ラランが声を上げた。
「そうだー! スグルっ、おねえがな、おねえがな」
「どうしたんだよ」
「お姉の声がしたんだ!」
「メグルの声? それはどこなんだ?」
「こっちこっちぃー!」
ラランは、今来た通路を引き返していく。
しかし、アイルズが……。
いや、メグルを助けられるのならば、今のうちに助けてラランと避難させた方がいいか。
何しろ、今のメグルは《バトルアクセ》を付けていないはず。
また攫われるようなことがあってはならない。
ラランは、城の中を回っていく。
その先は、ちょうど謁見の間の裏だった。
図書館のある場所だ。
そして、ラランはその図書館へと入って行く。
図書館内はやはり無人だった。
まさかこんなところに、俺たちが寄り道するとはレイ王も思っていないのだろう。兵士すらいない。
だが、そうなるとメグルもいるかどうか……。
いや、よく考えるんだ。
明らかにおかしいじゃないか。
「ララン! 本当にここでメグルの声が聞こえたのか!?」
「んだ」
ラランは動物的な五感を持っている。
間違えているはずはないと思う。
しかし、そうなるとだ。
レイ王は、お気に入りのメグルを閉じ込めていたとして、その場所を守るために兵を配置しないなどあるのだろうか。
それとも、絶対に見つからないと踏んでいるのか。
あるいは子供なりの浅知恵で、あえて兵を置かない事により、重要なものは隠していないという心理なのか。
だが、レイ王は俺たちの作戦を易々とみすかし、一週間経たぬ間にルクリエイトへと兵を進軍させてきた。
もう、奴を子供脳だと侮ることは出来ない。
兵がいないのなら、それに代わる何かがあるのかも知れない。
メグルを閉じ込めておくのに必要な何かが。
まあ、探しやすいのならそれはそれで儲けもんだ。
「ララン! メグルを探すぞ!」
「あいあいさー!」
俺は、図書館の棚の間を一つ一つ見ていった。
こんな所に隠れている訳はないと思いながらも、入念に探す。
「おねえー! 隠れてないで出てこーい!」
ラランは、本棚の上に登ったり、揃えてある本を引っ張り出してはぶちまけている。
「ララン、そんなとこじゃなくってもう少しメグルがいそうな場所をだな……」
「ぬお!」
ラランが、何かを発見したようだ。
「メグルがいたのか!?」
「ここ涼しー」
ラランは風で涼んでいた。
「何だよ……。もうちょっと危機感を持ってくれよ……」
「あー! あー! 声も響くぅー! わー!」
待てよ。
風が通っていて声も響くだと。
「ララン、ちょっと退いた」
俺はぶちまけた本の上からラランを退かし、本棚を調べた。
確かに、壁際のある本棚の前だけが異質だった。
しかし、本が全てぶちまけてあるからには、ある本を抜けば道が開かれるという、ありがちな仕掛けではない様だった。まあ、ここは城の皆が使う図書館であるから、そんな仕掛けを作ってしまってはすぐにばれてしまうだろう。
だが一体、これはどうしたものか。
試しに、棚の向こうに向かってノックしてみる。
「ん?」
ラランの言うとおり、声だけでなくノックの音も響く。
まるで、奥がトンネルになっているようだ。
確かめるべく、俺は棚の板を次々に外していった。
枠まで外してしまった時、棚の背が向こう側に倒れていった。
そこには、石造りの洞窟の様な道が続いていた。
冷たい風が通り、音が響いていたのはこのためだったのか。
すると、ラランがまた何かに気が付いたようだ。
「あ! おねえだあー」
そんなことを言って、薄暗い穴の向こうへと一目散に走って行く。
俺もすぐに後を追った。
こんな暗くじめじめしたところにメグルは閉じ込められていたのか?
レイ王め、女の子の扱いがまるでなってないじゃないか。
ある程度進むと、扉が現れた。
この先にメグルがいるのだろう。
「…………スグルさん…………」
「おねえだ!」
「ああ、俺にも聞こえた」
扉を開けるべく、俺は丸いノブに手を掛けようとした。
その瞬間、俺は扉に触れることさえ出来ずに手を弾かれた。
「ッ…………!?」
電気が走ったような、ピリッとした痛みが手を通じて伝わってきた。
「な、なんだこれ……」
「スグル! 早く開けて!」
「あ、ああ……」
もう一度、俺は阻んできた何かに突っ込む様にして手を伸ばした。
「ってえ!」
先ほどよりも大きな衝撃が走り、腕が大きく弾かれた。
弾かれた瞬間だけ、確かに魔方陣の様な物が浮かび上がったのを俺は見た。
これは、結界の類いか?
「そこに誰かいるんですか?」
中から、メグルが話しかけてきた。
「メグル!」
「あたいもいるぞー」
「スグルさん! ラランちゃん!」
向こう側から扉を叩く音が聞こえる。
どうやら、向こう側には結界のようなものは張られていないようだ。しかし、開きそうにもない。
「メグル、今すぐに出してやるからな!」
俺はもう一度、ドアノブに目掛けて手を伸ばす。
だが、ただ触れようとするのではない。
今度は、結界を突き破ろうと思いっきり殴り掛かった。
ピシッっという音がして、目の前がバチバチと輝く。
「うわあっ!」
俺は軽く吹き飛ばされ、尻餅を付いた。
与える衝撃が強いほど、反動が増すらしい。
どうやってこれを突破すればいいんだ……。
俺は、何度も何度も結界を殴り続けてみた。
効かない。効かない。どうしても効かない。
こうなったら、最終手段だ。
「メグル、そこから離れてるんだ!」
俺は矢を握り、思いっきり弦を引いた。
「ぶっ壊れろ!」
矢が結界に突き刺さった瞬間、空気の壁が俺とラランを襲った。
「わああ!」
「スグル、なにしてるー!」
俺とラランは、図書館まで吹き飛ばされてきた。
「いてて……」
仰向けの状態から起き上がり、結界を確認してみる。
「亀裂ぐらいはいってるだろ……?」
願望を口にしながら見て、俺は絶望した。
亀裂どころか傷一つ付いていない。
どうやら、他を破壊して入ることも出来ないように、周りの石にも結界が張られているようだ。
石の通路とその先の扉は、何事も無かったかのように佇んでいた。
「スグル、おねえは?」
「メグルは……」
俺の思考は停止した。
力づくでも駄目なら、メグルをここから出してやることはもう出来ないのか?
……そんなの嫌だ。
俺はまだメグルと旅をしたいんだ。
「くそ、今度こそ!」
俺は扉まで駆け寄り、再度破壊しようと試みる。
「スグルさん! 待ってください!」
「メグル?」
「この魔術は王様のものなんです。きっと、王様に解いてもらわないと消えないと思います……」
レイ王は、魔術師でもないのにこんな強固な結界を張ることが出来るのか。
一体、あいつは何者なんだ。
「じゃあ、ここに王を連れて来ないとどうしようもないってことなのか……?」
「たぶん……。そういうことになります……」
だが、これから来いと言って、あの王が素直に付いて来る訳が無い。
結界だって、解きはしないだろう。
ここへ来る前だって、兵士たちが攻撃を仕掛けてきた。
あれが王の指示によるものだとしたら、確実に俺たちを敵とみなしているに違いない。
なら、俺はレイ王をどうすればいいんだ。
「…………」
「スグルさん?」
向こうで、不安げなメグルの声が聞こえてくる。
会えなかったのは一週間ばかしだったが、それがどれだけ長かったことか。
メグルを助けなければ、その心ばかりを保ち続けて疲れる程だった。
そしてようやく、メグルを見つけて助けられそうだというのに。
あと一歩。あと一歩のところで及ばない。
それは、俺がいつも経験してきたことだ。
だが、そこで及ばなかったからといって、諦める理由にはならない。
「……メグル、もうしばらくだけここで待っていてくれないか」
「……はい」
メグルの返答まで、それほどの時間はなかった。
俺の事を信じてくれているのだ、と俺も信じよう。
「すぐに助けに来る! ララン、行くぞ!」
「おねえはー?」
「まだ駄目みたいなんだ。でも、すぐに会えるからな」
俺は、ラランを連れて謁見の間へと向かった。




