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スグルの異世界書紀  作者: 光 煌輝
第八章 マモノの力
62/134

第五十四頁


 翌日の早朝。

 俺は、さっそくアイルズと共にメロルの元へと来ていた。


「スグルくん、どうして僕を抜きに作戦を立ててしまったんだい……?」

「仕方ないだろ。アイルズは寝てたんだからさー」


 すっかり回復した様子のアイルズ。一方で、俺はメロルとの話が結局長引いてしまって、眠気が取れないままだった。


 しかし、昨夜遅くまで作戦を立てていたからこそ、こうして朝早くにバステリトへと戻ることが出来るのだ。


 これから今後の行動を決めていたのでは、やはり時間的にも気が気ではなくなり、まともな判断など出来てはいなかっただろう。


「メロルー? 入っていいかぁ」


 昨晩の出来事を教訓に、俺は扉をノックした。


「は、早くはないか……!? ちょっと待て!」


 中から、慌ただしいメロルの声が聞こえた。

 アイルズの腕時計で時間を確認したら、まだ時間は六時半を回ったところだった。

 通りで、俺も眠たいわけだ。


 それにしても、メロルとの作戦では魔術の使える女の子たちにも参加してもらうはずだったが、今頃起きて大丈夫なのだろうか。

 他の女の子も誰一人として廊下に出てこないが、まさか今更起きて着替えたりなんかしているってことはないよな。


 ……着替えてたり。


「スグルくん?」


 しまった。

 つい、ずらりと並んだ部屋の中の様子を窺いたくなってしまった。


 しかし、部屋の扉には窓やらはついていない。覗けるはずがなかった。

 そもそも、俺は何簡単に覗こうだなんてしているんだ。眠気と暑さでおかしくなってきたか。

 いいや、俺だけの責任じゃないぞ。


 この世界では、女子たちが無防備すぎるのだ。

 ルクリエイトは例外だが、外で水浴びをする村があったり、尻丸出しの種族がいたり、ブラがなかったりとけしからんことこの上ない。

 男である俺が、多少欲情してしまうのも仕方ないだろ。


 それなのに、このアイルズときたら……。

 ここは女子寮だぞ。その言葉だけでもくるものがあるというのに、何をそんなに涼しい顔をしているんだ!


 今日の目覚めだって、このプライバシーが少ない世界で簡単には処理できない為に、俺は大変な思いをしていたんだ。

 あまり考えたくはないが、アイルズにそういうものはないのか?


 相手がイケメン君だと、余計に気になる。

 いや、俺がそっちの気があるわけじゃないんだけどな。


「なあ、アイルズ?」

「なんだい?」


 アイルズは、にこにこして見下ろしてくる。


「メロルがまだか様子見てくれよ」

「何言ってるんだい、スグルくん。彼女は女性じゃないか。勝手に開けるなんてこの上ない失礼だよっ」

「え? メロルが女ってこと、知ってたのか?」

「どこからどう見ても女性だったじゃないか?」


 いや、胸が皆無。目つきが悪い。口調が男。少年っぽい声。

 その点を考慮すれば、どう考えても男だっただろう。

 初見であいつのどこを見て、アイルズは女だと理解に至ったのか……。


「イケメンパワーって恐ろしいんだな……」

「その、時々スグルくんが言ういけめんって何なんだい?」

「いや、いいよ……。悪い事じゃないからさ……」

「え、教えてくれよ~」


 そうこうしているうちに、扉が開いた。


「おい、着替えてる間に私の部屋に入ろうと言ったのは誰だ……?」


 黒いローブに身を包んだメロルが、フードの間から目だけを光らせていた。


「あ、それ、こいつな」


 俺は、すぐにアイルズを指さす。


「ス、スグルくん!? ち、違います! 僕じゃないですよ……?」

「そうか、お前か……」

「ひいっ……!」


 直後、俺の腹に杖が食い込んできた。


「うげへっ!? おでぇ!?」

「当り前だ。見え見えの嘘をつくなっ」

「自業自得だね」

 爽やかな笑顔を見せるな。




               ◇◇◇




 全員が揃ったところで、メロルの部屋で作戦確認だ。

 その確認作業の中で、アイルズには作戦を理解してもらう。


「まず、スグルの目的としては捕らえられた友人が不当に処刑されてしまう可能性があるから、どうにかして即刻助けたいと」

「ああ」

「そして、アイルズ兵団長はバステリト王国、レイ・レム・バステリト王の今回の行動の原因を探りたい、と。それでいいのだな?」

「はい!」

「だが、アイルズ兵団長。お前さんに聞いておきたいのは、バステリトと交戦になった時のことだ。バステリト兵には根回しをしている者がいるとは聞いているが、それですべての兵が味方に付くなどとは、お前さんも思ってはいないのだろう?」

「はい……。同胞と戦わなければならないこともあるかもしれません。それは承知の上です。ですが、わたくしはわたくしたちの国を守りたい。国や人々の平和を脅かすのなら、わたくしは……王にでさえ剣を……」

「……そうか。いや、覚悟できているのならそれでもいい。敵になるやもしれぬ相手に対し、原因を探るだけなどとほざいていては死すだけだからな」

「それはごもっともです」


 アイルズは覚悟を決めている。

 その決意を間近で目撃したからには、俺も中途半端なことは出来ない。


 今回の件はバステリトの今後にも直接左右することだ。今が特別悪かったようには思ってはいないが、それが覆される未来が見えたのなら、その要因を排除しなければならないだろう。そして、アイルズはそれを自らの使命だと感じている。


 だが、俺自身は少し違う。

仲間を救いたいがために、国という大規模な物まで巻き込んで事を為そうとしているのだ。


 だからといって、ラランを救いたい。メグルを救いたい。それらの気持ちに対して後ろめたく思っているわけじゃない。

 誰にだって、守りたいものはある。


 守る規模はアイルズの方が大きい、と第三者からは見えるかもしれないが、俺にはラランもメグルも国よりも大切なものだ。

 ただ、二人だけじゃない。

 俺にだって、国を守る意義はある。


 城内で俺たちのためなんかに尽くしてくれた使用人。ラランと仲良くしてくれた野菜売り場のお姉さんや市場の人。


 少なからず、俺たちはあの場で過ごし、世話になって来た。

 それらが壊されないようにも、俺たちは戦うのだ。

 バステリトだけでなく、これから攻め込まれようとしているルクリエイトのためにもなるだろう。


「さて、お前たちがここへ来るまでに六日が経過したはずだが、やはり作戦を決行するなら今日でなくてはならないのだろう?」

「ああ、ラランの刑が今日と明日を跨いだ瞬間に執行されないとも言えない」

「そうか。では、作戦の確認だが……」


 今回の作戦を実行するに当たって、まず一番の課題はどうやってここからバステリトへ戻るのかだった。

 まあ、バステリトへ戻るだけなら、ここへ来た時のように馬車だけを使って行けばいい。だが、そんなことをしている間にラランが処刑されてしまう。何しろ、設けられた期間は一週間だったからだ。その期日を過ぎてしまえば、ルクリエイトにバステリト兵が進軍してくるだろうし、ラランの命も無い。


 なら、どうすればいいか。

 それは、俺がルクリエイト行きを決めた時から決まっていた。

 そう、あの時バステリトに魔術師の子たちが攻めてきた時のように、メロルやその他の転移魔術とやらを使える魔術師に送って貰えばいいのだ。

 メロルも承諾してくれた。


 だが、転移魔術はメロルを除いて自分を転移させることは出来ないらしい。だから、バステリトに攻め込んだときはまずメロルが転移し、予めルクリエイトに残しておいた魔方陣と新たな魔方陣を繋いだのだという。

 つまり、順序としてはまずメロルがルクリエイトで転移魔方陣を展開してからバステリトに向かう。その後、向こうでも魔方陣を開いてもらい、俺たちと魔術師の子たちが転移するというわけだ。


「その後の行動だが、スグルはラランという娘を探しに、アイルズ兵団長は王の元に向かうということでいいのだな? そして、私は藍色の髪をしたメグルという娘を探せばいいと」

「ああ、頼む。出来れば戦いたくはないから、魔術師の女の子たちは何かあるまで城門の外で待機させててくれ」

「わたくしからも頼みます。どちらも傷つけたくはないですから。そのために、わたくしはレイ王を説得、事情を聞きだし、どうにかルクリエイトへの侵攻およびおかしな政治を行わないように話をつけます」

「だが、話が(こじ)れた時は……」

「はい、剣を抜くことも厭わないでしょう……」

「なら、決まりだな! 出来るだけ、この件で傷つく人が少ないように作戦を実行しよう! 俺は、ラランを助け次第、アイルズの所に向かうからな」

「何かあったら頼むよ」

「ふむ、私は娘を救い出し次第、見守らせてもらうことにしよう。だが、仮にお前たちが裏切り、ルクリエイトに剣を向けるようなことがあれば私たちが国ごと焼き払うからな?」


 メロルの目は真剣だった。

 だが、


「そんな事にはならないさ」

「わたくしたちは、もう平和を求める仲間です」

「ふふ、仲間、か」


 俺とアイルズ、メロルの杖が三人の中心で重なった。

 さあ、これからバステリトへ。

 そんな時だった。

 メロルの部屋の扉が突然に開かれた。

 俺だってノックを覚えたというのに……。


「誰だ。勝手に入って来るとは無礼だぞ」


 それほど怒っているようでも無かったが、メロルは注意した。


「はあ……はあ……」


 部屋の入口に立っていたのは、ローブ姿の一人の女の子だった。

 彼女も作戦に参加することがすぐに分かる。

 しかし、様子がおかしい。

 慌てている様子だが、息を切らしてなかなか話すことができなさそう。


「メ、メ……。メロル様……」

「どうしたというのだ?」


 メロルは、俺とアイルズを押し退けて女の子の傍に寄る。

 息の整い始めた女の子が、やっとく言葉を紡ぎ始めた。


「メロル様……! そ、外にバステリトの兵士たちがっ……!」

「なに!?」


 メロルは驚愕としていた。

 もちろん、俺たちもだ。

 メロルはすぐに部屋を飛び出し、窓から下を見下ろし始めた。

 俺たちも同じように、すぐに様子を窺う。


「これは……」


 視線の先に見えたのは、登った朝日に照らされた、銀色の鎧だった。

 そこにいた誰よりも早く反応したのは、アイルズだった。


「そんな……」


 直後、メロルが怒声を上げた。


「おい! 貴様! これはどういうことなんだ!」


 アイルズの胸ぐらを掴み、激しく揺すっている。


「ぼ、僕は何も……」


 アイルズは動揺しきっていた。


「スグルッ! お前は知っていたのか!?」

「いや、知るはずがないって! アイルズも知らないはずなんだ! だから、とりあえず落ち着こう……」


 とは言ったものの、やはり俺も頭が真っ白になりそうなところだった。

 一瞬、メロルが思っただろうアイルズの裏切りを想像してしまったのだ。

 しかし、アイルズのこの様子からすると、そんなことはないだろう。

 見た感じでは、まだ争いが起きている様子も無い。


「とにかく、下まで降りて話を聞きに行こう! ほら! 行くぞ、アイルズ!」


 力が抜けたようなアイルズの肩を強めに引っ叩き、わなわなと震えているメロルの手を引いた。

 階段を駆け下りていく。


 さっきの女の子があんなにも息を切らしていた理由が分かった。この二十階まである階段を駆け上がってきたからなのだろう。


 一階にたどり着き、建物の外へと出た。

 そこでは鎧を着た兵士が整然と並び、それと対峙するように農業用の鍬やらを担いだ男たちが立っていた。

 一触即発ともいえる雰囲気だ。

 男たちの後ろでは、ローブを着た女の子たちが不安そうに固まっている。


「ここにアイルズはいるか!」


 先頭の一人の兵士が声を上げた。

 すぐさま、アイルズはその兵士と対話を試みる。


「アイルズはここにいるぞ! だが、先に僕から問わせてもらう! お前たちはどうしてこんな所へとやって来た! 城の警備はどうしたんだ!」


 しかし、誰一人としてその問いかけに答えることはなかった。


「……今から、売国を行おうと亡命した、元バステリト兵団長アイルズ・パトラーを捕らえる! 抵抗しようものなら、殺してでも連れて帰れとの命令が下された! また、我々の国に侵略攻撃を行ったルクリエイト国も陥落させよとの命が下されている!」

「そんな馬鹿な!」


 ただ驚くしかなかった。

 だが、俺たちが驚いたのはアイルズの連れ戻し命令や、ルクリエイトへの侵攻ではない。

 兵士たちがこの時点でこの場までやって来たことだ。


 バステリトに魔術を使える者はいなかった。

 ということは、兵士たちは俺たちよりもたった一日二日遅らせて、歩を進めてきたということだ。

 それの意味するところはつまり、王は俺たちの出発を何も知らないふりをして見過ごしておきながらも、実はすべてお見通しだったというわけか……。


 いや、俺たちの行動が読まれてなかったとしても、一週間後にルクリエイトを攻めると決まってはいた。兵士たちが一日ぐらいはやくここへ着いてもおかしくはないだろう。

 向こうには、いくつかの馬車も見えるし。


 だが、何よりも驚くべきは兵士の数だった。

 支持の無い王だと思っていたが、この場にいる兵の数はざっと五十程はいる。

 やはり、伊達に忠誠を誓っていたわけではないということか。


「アイルズ! どうする!?」

「どうするも何も……。もう来てるよ!」


 アイルズがロングソードを引き抜いたと同時に、兵士たち、そしてルクリエイトの男たちのざわめきが上がった。


「おい、スグル! これからどうしようというのだ!」


 メロルが、憤ったように言葉を投げかけてくる。

「どうしようって言ったって……!」


 急な事だ。

 まさか、王がここまで見透かしているとは思わなかったんだ。

 俺の考えが甘かったのかも知れない。

 何しろ、俺たちがバステリトへ転移したところで、ルクリエイトはこうなっていたかもしれないんだ。


 今はメロルがこの場にいたからいい。

 しかし、もし俺たちがバステリトに転移した後、この兵士たちが攻めてきていたとしたら?


 恐らく、ここの人たちは抵抗むなしくやられてしまっていたに違いない。仮にそうでなくとも、本来なら敵対しなくてもよい者同士が争わなければならないのだ。


 こんなこと、あっていいはずがない。

 アイルズが、転移魔術の欠点を言っていたじゃないか。

 この作戦の穴に気が付かなかった俺は馬鹿だ……。

 だが、そんなことばかり考えてはいられない。


 こうしている間にもラランはどうなっている? メグルは?

 すでに兵士たちがここへ来ているということは、王が動き始めているということだ。二人の身にも危険が迫るのは時間の問題ということなんじゃないのだろうか。


 もしかすると、すでに最悪の事態に……。


「スグル!」


 どうするんだ、俺。

 目の前では、鍬を持った男たちが兵士相手に戦っている。

 人の血だ。

 今、俺の前には人と人同士が血を流し合っている光景が広がっている。

 何が、人が傷つくのは最低限に抑える作戦だ。

 結局、俺のやることはこうなるんじゃないか。


 どこかで甘い考えが働いて、この程度で上手くいくと思ってしまう。テスト勉強で、これぐらいの勉強でそこそこの点数が取れるだろう、などという浅はかな考えと同じだ。

 俺の目指すところは、いつも俺の自己満足に過ぎない。

 それでいて、周りと比べて劣っていたら自虐的になる。


「なんなんだ……。これは……」


 兵士たちは皆がアクセ使いの様だった。

 鎧を着た人間とは思えない程に機敏に動き、農業用具しか手に持っていない男たちを斬りつけている。

 しかし、荒くれ者っぽい面のあるルクリエイトの男たちは、それでも勇猛に立ち向かっていく。国を守るためか、恐れを知らない身の程知らずだからか。どちらなのかは分からない。

 だが、そんな無謀とも言える勇敢さが、次々に命を落としていっているのだった。

 人が、死んでいく……。


「お前たち、捕縛魔術で奴らの動きを止めろぉ!」


 響き渡ったメロルの声。


「は、はいぃ……!」


 怯えていた女の子たちは、恐る恐る杖を振るい始めた。

 すると、兵士たちの足元に俺たちが捕まった時と同じ魔方陣が浮かび始めた。

 直後、兵士たちは体が硬直したように動きを止める。


 だが、捕縛魔術の使える人数が、圧倒的に兵士の数に劣っていた。また、間接型と直接型の使い方の差はあれど、ストーンは念じる力に作用するからだろう。

 怯えながら発動した捕縛魔術は、かなり弱いように見えた。


「く、この……。化けものめ!」


 兵士たちは、重りをつけたように動き出した。


「スグルくん! 作戦はどうするんだい!」


 不意に、どこからかアイルズの声が聞こえてきた。

 戦場と化した畑の真ん中だ。

 アイルズは、たくさんの兵士に囲まれながらもそれぞれの攻撃を受け流していた。

 向こうには捕縛の魔術がいっていないらしい。


 どうやら、アイルズの《バトルアクセ》は、手にはめたグローブの様だ。グローブに埋め込まれたストーンが輝いている。

 しかし、武器は自作のロングソード。何故か武器を具現化させていない。


 体力の消耗を懸念しているのだろうか。それとも、アイルズも魔者化の事実を知っている?


 いや、そんなはずはないと思うけどな……。

 アイルズは華麗な剣捌きで兵士たちを圧倒している。

 さすがは兵団の長。

 俺も、決断をしなければならない。


「……メ、メロル! 捕縛の魔術が使える子はまだいるのか!?」

「ああ、物覚えの悪い子達だが、一応は基礎の魔術だからな!」

「じゃあ、兵士たちの動きを止めるのに力を尽くしてくれ! あと、男の人たちには出来るだけ戦わないように――」

「この、腐れ魔術師が!」

「……!?」


 背後だった。

 いつの間にか、建物の傍で怯えている女の子たちまで兵士が襲い掛かっていた。


「……た、助けて」


 三人ほどの女の子たちが、建物の壁際まで追い込まれていた。


「くそッ……」


 俺は、アクセの力によって弓を発現。構えた。

 だが、射ることが出来ない。

 これが放つのはただの弓じゃない。

 刺さりもするが、ストーンによるその魔力で威力が通常の矢とは桁違いすぎる。

 鎧を着ているとはいえ、兵士の体を吹き飛ばしてしまうかもしれないし、傍にいる女の子達もただじゃ済まないだろう。


「よくも俺たちの国を! 死ね!」


 兵士が剣を構える。


「「やめろぉ!」」


 状況に気が付いたメロルと、俺の叫びが重なった。

 だが、兵士の剣が振り下ろされることはなかった。


「…………な、んだこれは」


 魔方陣が兵士の足元で光っている。

 捕縛の魔術だ。

 兵士たちは、意識を保ちながらも硬直させられている。

 しかし、メロルが魔術を使ったわけでもないようだし、一体誰が。


「怯えてないであなたたちも戦いなさい!」


 頭上から声が聞こえた。

 俺は、その方を見やる。


「リィス! メイスさん!」

「だから、なんでお姉ちゃんだけ「さん」付けなのよ!」

「だ、だからそうしたくなるんだって……」

「そんなことより、リィス! メイス! お前たちの力も必要だ! まだ部屋に残っている女子どもを全員下に下ろせ! 国と無力な男たちを守るぞ!」


 メロルが二人に指示を出した。


「はいっ!」


 リィスとメイスは窓から顔を引っ込めた。

 いまだ、前方では交戦しているアイルズと男たちの姿がある。

 所々に生きているのか死んでいるのか分からない兵士や男たちが倒れており、そこから流れ出した血が畑を赤く染めていた。


 見るに堪えない光景だった。

 男の人たちを、どうにかして戦うことを止めさせないと……。

 アイルズは、やはり兵士を殺している様子はない。剣を弾いたり、突き飛ばしたりしているだけだった。

 だが、そのお蔭で一向に兵士の数は減らない。


 殺せと思っているわけじゃない。

 どうにか、兵士たちの戦意を喪失させるか動きを封じなければならないんだ。

 だから、そのためにはメロルたちの捕縛魔術が必要だった。

 しばらくすると、リィスとメイスさんがたくさんの魔術師たちを連れてやって来た。


「メロル様! 私たちの準備は出来ています!」


 先ほどまで怯えていた子らも、今は杖を握りしめて立っていた。


「いいか! バステリトの兵士たちの動きを止めるのだ! 彼らは決して敵ではない! 憎しみは憎しみしか生まない! 生け捕りにするのだ!」

「はいっ!」


 皆が一様に杖を掲げ始める。


「「「金の守護の名において! 陰の元素を錬精せよ! 捕らえ! (ばく)(えい)――!」」」


 女の子たちの声と共に現れたのは、地上に現れた巨大な魔方陣だった。

 魔方陣は光を放ち、今まさに男たちに斬り掛かろうとしていた兵士たちの動きを止めていく。


「やったぁ!」


 魔術に成功した女の子たちは、それぞれが喜び始めた。

 しかし、そこへすかさずメロルが喝を入れる。


「喜ぶのはまだ早いぞ! いずれ捕縛の魔術は効力を失う。それまでにバステリト兵たちを縛っておくんだ!」

「メロル様、縛るってどうするんですか」

「そうだな。一か所に集めて交代で捕縛魔術をかけておくしかないか……」

「俺も手伝うよ」


 一先ず、戦闘は終息したのだった。



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