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スグルの異世界書紀  作者: 光 煌輝
第六章 黒を纏いし白銀の魔
44/134

第三十八頁

「いやあ、とんでもない目に遭ったな……」


 俺とて、エロければ何でもいいというわけじゃない。

 過度な刺激は心臓を速めてしまう。


「ララン、漬物美味いか?」

「しゃきしゃきなのだ!」


 お姉さんがいなくなったからか、先ほどとは打って変わって元気もりもりだ。

 種族のあんな背景があるとはいえ、もっと仲間なんだから接しておけばよかったのに、とは思うが。


 まあ、お姉さんはこの漬物を作っているという農村民の話をしていた。

 そこにもラランのような赤い髪の人種がいると言うし、いつか旅の中で出会えれば、ラランとはそこで交流を深めさせればいいか。

 もっと言えば、ラランが望むのなら、そこで一緒に暮らさせてもらうのもいい。

 いつの話になるのかはまだ分からないが。


「さあて、食べ物は見たし、次はどうするかー」

「あたい、まだお腹減ってるぞ!」

「今ので我慢してくれよ……。たぶん、メグルが部屋に戻れば、また王様が料理出してくれるだろうからさ」

「ぶー!」


 お腹が空いている割には、ラランはいつも元気だ。

 俺たちが助けてやった時のように、倒れる程の空腹でなければただの我が儘なのだろう。我慢できる時はしてもらわないと。

 ただでさえ、旅をしながら食事のやり取りをするというのは大変なのだから。


「――あっと……!」


 歩いていると、通行人と肩が当たってしまった。


「……す、すみません」


 振り返り、俺はすぐに謝った。


「…………」


 俺と肩のぶつかった人物は、黒いローブのフードを被りなおしていた。

 そんな時、僅かだが俺は目にしてしまった。

 俺と同じ、黒い髪を――。


「あ、あの!」


 すぐに呼び止めたが、その人は俺に背を向けてすぐに行ってしまった。

 全身を包んだ黒ローブを靡かせている。

 この街の人々の格好と見比べても、明らかに浮いている。

 やばい人だったのだろうか。

 それにしてもあの黒い髪。まさか俺と同じ世界から来た人なのだろうか。


「スグル! 来てー!」


 先にいるラランが呼んできた。


「ああ、ごめん。すぐに行く」


 ラランの元へ歩む前、もう一度だけ振り返ったが、そこに黒いローブ姿の人はいなかった。


「スグルぅー! 早くー!」

「どうしたってんだよ? そんなに叫んで……」

「おねえがいた!」

「おねえ? ああ、メグルか」

「ほら!」


 ラランが指さす方向には、レイ王と歩くメグルの姿があった。

 すると、メグルもこっち気が付いた。


「あ! スグルさぁん!」

「ちょ、ちょっと待つのだ! 今は私とおデート中のはず……」


 レイ王を引っ張って、メグルがやって来た。

 結局着替えることが出来なかったのか、まだパジャマ姿だった。


「スグルさんとラランちゃん、二人で楽しそうにして羨ましいです……」


 目の前に立ち止まるなり、そんなことを言いだした。


「メグルちゃんは、私とのおデートは楽しくないのか?」

「だって、お国自慢ばっかりです」

「それは、この私の国であるから仕方ないだろう?」

「仕方なくねえよ。第一、あんたが築き上げた国じゃないだろ? 頑張ったのは先代だ。あんたはまだ何もしちゃいない」

「う、うるさいぞ! この愚者がっ! 私の偉業はこれからなのだ。いつかお前も私の権力にひれ伏すことになるだろうな! うぇふえっふえっふえっ」

「笑い方、気持ちわるーい」


 ラランが、王を指さして言った。


「な!? 気持ち悪いのは貴様の方だろう! 色欲と食欲に溺れた卑しい猿がっ!」

「猿じゃないも~ん! あたい猿じゃなーい! にゃんにゃんだもぉーん!」

「しっ! しっ! あっちへ行け! 私の国を獣臭くするでない」

「臭くないもぉーん! あたい怒った。噛んじゃうからー。もう噛んじゃうからー。はむぅ」

 あろうことか、ラランはレイ王の手に噛みついた。

「あでででで!」

「お、おい、ララン。さすがにそれは不味い……」


 何とか、噛みつくラランを引き離した。


「べー。まじゅい」

「だろうな。ほら、適当に謝っておけ」

「適当なら謝らんでもいいわ!」

「ん、じゃあ、あたい謝んない」

「貴様には謝罪する気が無いのか!?」

「どっちなんだよ……」


 どうやら、ラランとレイ王は犬猿の仲のようだ。二人が揃うと俺以上に険悪なムードになりかねない。

 ここは一先ず、引いてやるとしよう。

 借りている宿の件もあるしな。


「ほーら、ララン駄目だぞー。王様に噛みついたりしちゃ」

「だって! あいつが猿って言ったー!」

「ふん! ガキが!」

「いや、お前もガキだろう」

「なんだと!?」


 あ、しまった。つい。


「だいたい、お前らは私とメグルちゃんのおデート中に、その汚らしい面を見せにくるでない! 邪魔をするなどとは聞いていないぞ!」

「いや。邪魔をしに来たわけじゃないんだけどな」

「では、何なのだ」

「俺たちも街を歩いてたんだ。そりゃ、出くわしもするだろ?」

「なら、もう去るがよい。私はまだメグルちゃんとのおデートをしっかりと堪能していないのでな」

「あ、スグルさん……」


 レイ王が、メグルを連れていこうとする。


「待った」

「だからなんなのだ! 邪魔するのも大概にせい!」

「ほら、約束は昼までだったろ。今日はもう終わりだ」

「むむ……! ……約束なら仕方がないのう!」


 レイ王はメグルの両手を掴んだ。


「メグルちゃん、また来るからのぅ~」


 気持ちの悪い猫なで声を出しながら、レイ王は城へと帰って行った。

 ああして街中を歩いていても人々に見向きもされないというのは、それだけ王としての技量が足りないということなのだろう。

 レイ王が去った後、メグルは方の力が抜けたようだった。


「とってもつまらなかったです……」


 ため息までついている。

 そんなにつまらないデートなら、逆に興味も湧いてくるが。


「おねえ、今度は一緒だなー」

「そうですね。ラランちゃん」


 メグルが戻ってきて、ラランも嬉しそうだ。

 この二人こそ、一緒にいるべきなのだろう。


「じゃあ、スグルさん! 一緒に街を見ましょー!」

「見るぞー!」

「あー……悪いんだけど……」

「え、スグルさん、行かないんですか?」

「行かないのかー?」

「ちょっと、調べたいことがあってなー」

「調べたいこと?」

「まあ、ちょっとな」

「んー、なんか変なスグルさんです。でも、それだとつまらないですね。ラランちゃん?」

「スグルいこーよー!」

「いや、悪いけど二人で回っててくれ。満足したら部屋に戻っててもいいからさ」

「そうですか……。じゃ、ラランちゃん行きましょうかあ」

「スグルもいこー!」

「我が儘言っちゃ駄目ですよー」

「じゃあしゃきしゃきまた食べるー!」

「なんですか? それは」

「あのな! お野菜がふにゃふにゃだけど、でもしゃきしゃきで――」


 メグルがお姉さん風を吹かせてくれたおかげで、ラランを連れて行ってくれた。


「さあて、俺は図書館に行かないとな……」


 そう、俺はアイルズから(レイン)(ボーダー)について聞いてから、まだ自分に関係のある何かが隠されているのではないのかと、ずっと気になっていたんだ。


 境虹ついて書かれていた古文書のあるこの国の図書館になら、まだアイルズも読んでいない文献があるかもしれない。


 言語についてなら問題ないだろう。

 古文書というからには、昔から存在する書物なのだ。ということは、単一種族しか読むことの出来ない書物が廃れていくこの世界での古文書だったら、俺にも読めるはず。

 現存しているということは、皆が読めるような魔術製本のはずだからだ。


 俺は、先に戻ったレイ王となるべく出くわさないように、城へと戻っていった。

 図書館の場所は、アイルズに聞いていたからすぐに分かった。


 城は入ってすぐ、正面に謁見の間へと続く大階段がある。右手と左手には、城を回ることの出来る構造の通路があり、その脇には、謁見の間以外へと通じる細い階段がある。

 図書館は謁見の間の下だから一階なのだが、景観のためらしく、入口は全くの反対方向にある。つまり、右か左の通路から反対側まで回らなくてはいけないのだ。

 とはいえ、その程度の事を面倒くさがっていては始まらない。

 おかしな構造だと思いながらも、俺は図書館へと向かった。

 図書館にたどり着くと、そこでは様々な人種が読書をしていた。


 茶髪、金髪。少し偏見が入るが、赤髪の人たちは読書嫌いかな?

 あまりここにはいない。ラランを見ていればそんな傾向が強いのも頷けるしな。

 ただ、差別の話もあったから、この国に自体、それほど数がいないということもあるのだろう。


 まずは本ではなく、人の頭についつい目が行ってしまうのだった。


 お、緑?

 始めて見る人種だな。

 目に優しい。

 しかし、読書中だし、見知らぬ人に興味本位で声をかけるのは憚られた。

 そんなことよりも、俺も本を探さねば。

 図書館に自ら赴くなんて、もう何年振りだろうか。

 いや、自分で来たことすらなかったか?

 それほど、図書館というものはあちらの世界でも縁が無かった。

 本屋に行ったとしても、漫画やラノベのあるコーナーにしか吸い寄せられないからな。俺って人間は。


 本の棚の上にある案内を見ていると、歴史や古典の隣に古文書の棚を見つけた。

 その棚の端から、一冊一冊の背表紙を見ていく。

 何か、題名でこの世界について書かれているものが分かればいいのだが。


「…………『ハンスの異世界紀行』?」


 この世界に存在する本の題名に〝異世界〟と書いてあるということは、この世界から別の世界へと旅立った人の記録なのだろうか。

 いや、しかしそれだと、どうして旅だったはずの人間の本がここにあるというのか。

 まさか、この世界の人間は別世界へと行き来するのが自由だったり?

 それなら俺も……。


 題名だけでも考えは尽きなかった。

 それだけ、俺はこの本に興味が湧いていたのだろう。

 それに紀行と言うからには、自身の体験談が書かれているに違いない。見聞よりも信ぴょう性の高い内容が書かれているということだ。

 皆のように座って読むことも出来たが、この本が何か違うと思った場合を考えると、また戻して探すの作業が面倒に感じられた。

 何よりも、すぐにこの本の内容を確かめてみたかった。

 俺は、立ったまま『ハンスの異世界紀行』のページを捲る。

 一頁目にはこう書かれていた。


『私ハンスは、どうしてかこのような異郷の地に来てしまった。異郷なのか異境なのかさえ分からない。だから私は、この世界を私自身の中でこう呼ぶことにした。異世界、と』


 何だかわくわくしてきた。

 漫画やラノベではない。

 しかも、こんな書物らしい書物を読むのは初めてなのに、どうしてか惹きこまれていく。

 俺が、この本の内容とマッチした体験を現在進行しているから、という理由もあるのだろう。

 だが、今の時点では、この著者がこの世界なのか、はたまた別の世界に連れて来られたのかは分からない。

 次が気になって、俺はページを捲る。


『異世界に飛ばされて何も分からない私だったが、運が良かったようだ。ルクリエイトと種を名乗る人々が、赤子のように無知だった私を助けてくれた。日々の食事にも困らず、何よりも言葉が通じたのが幸いだった。何でも、この世界では言語が共通し、識字できなくとも読むことの出来る文字もあるらしい。恐らく、この世界では神が近しい存在でもあるらしいことから、バベルの塔を建設し、神の怒りに触れることが無かったからなのだろう』


 バベルの塔といえば、確か、神に近づこうとした人間たちが巨大な塔を建設したという神話だ。建設していたものの、近づこうとした人間に怒りを覚えた神が塔を破壊。最終的には、その当時は共通していた人々の言語を分け隔て、二度と協力して塔を建設できないようにしたという。


 今までは、それが素晴らしく良くできたファンタジーだと思っていた。そう、ファンタジーだ。どんなに事細かに詳細が書かれていたとしても、かっこいいと思っていても、結局は存在しないのだと頭が理解していた。


 だが、今こうして俺がファンタジーな体験をしている以上、俺の世界に存在していたファンタジーも、もしかすると実在したのではと考えてしまう。


 ん、待った。

 俺の世界に存在した?

 バベルの塔の神話は、俺の世界にも存在していた神話だ。となると、このハンスという著者も俺と同じ地球の人間である可能性が高いのでは。


 つまり、ハンスという人は俺と全く同じ境遇に遭遇したに違いない。

 きっとそうだ。

 なら、この人が体験して、俺はまだ体験していない何かがここに書かれているはず。


 俺は、その本を次々と読み進めていく。

 始めの方は、ハンスが異世界に迷い込んで苦労したこと、魔物に出くわして死にそうな思いをしたことが書かれていた。

 ただ、こうも記述されている。


『私の暮らしていた世界の文化とあまり変わらない』


 食品工場も無けりゃ、シャワーも碌にないんだ。

 そんなわけねえだろ、と思いながら、俺は言ったん本の間に指を挟み、出典を見てみる。

 どこどこ出版、なになに印刷、なんて会社名はやはり載っていなかったが、書き終えた日付はあった。


『1562年』

「古っ!」


 思わず、そんな言葉が出た。

 部屋のカレンダーでしっかりと確認したから知っている。この世界は、俺の住む世界よりも六か月早いだけなんだ。

 だから、今のこの世界は2014年。

 俺の元いた世界も、ちょうど2014年に入った頃だろう。

 だとすると、まあ、1500年代の人からすれば、ここの生活に馴染めていたのも分からなくはないか。


 五百年間、こちらの世界が発展していないという点が気がかりだが、バステリトが大規模な戦争を行わずに他国を吸収していったからということもあるのだろう。

 残念なことに、俺の住む世界が発展したのは、戦争の兵器たちが日常に取り込まれた結果なのだから。


 けど、こんなに古いとなると、やはりハンスさんはもう生きていないか。

 話を聞きたいと思い始めていただけに、残念だ。

 その後も、俺は本を読む。

 もう、別の本を探す必要もないと感じたから、空いた席に座った。

 この本によると、やはりその頃から七護は存在していたらしい。

 アイルズの言っていた、境虹についても記載されていた。だが、新しい情報は特にない。


 すると、早くも本の終わりを迎えそうだということに俺は気が付いた。

 集中して読んでいたからだろう。

 たった小一時間で、それなりの分厚い本を読んでしまった。

 この本は、本当に面白い。

 惜しみながらも、俺は最終章を捲る。

 題は――異世界からの帰還だった。



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